第29話 2023年 決着(脚本)
〇教室
どうやら眠っていたようだ。
確か俺は授業を受けてて・・・
ん?授業?
教師「鳥居、ようやくお目覚めかね」
しまった、今は俺が大嫌いな世界史の授業中だった。
教師「お前は居眠りが多すぎる。また補習を受けたいのか? 反省文2000字か大論述600字3問・・・好きな方を選びなさい」
周囲もクスクス笑っている。何が楽しいのだろう。
教師「まあいい、この問題が解けたら見逃してやる。 ヴァレンヌ逃亡事件が起きた年月日を言ってみろ」
要するに見逃す気はないと言いたいのだろうが、俺は遠慮なく答える。
鳥居「・・・1791年6月20日」
周囲から感嘆の声が上がり、教師は一瞬唖然としてチョークを落とすもすぐに拾って咳払いし、約束通り解放してくれた。
そして授業終了を報せるチャイムが鳴る。
クラスメイト「でさ、そのマンガが面白くてさ・・・」
クラスメイト「俺は表紙のグラビアアイドルのほうに目が行ったよ」
クラスメイトがくだらない話をしている。
特に混ざることもなく、俺は早々に帰宅する。
〇古いアパートの部屋
鳥居(今日はカレーにするか。 でも一人じゃ食べきれないし困ったな・・・ まあ数日かけて食べればいいか)
そしてカレーを作り、食べる。
いつもと変わらない味。そして風呂に入り、少しPCを触るとなんとなく早めに寝た。
〇古いアパートの部屋
PCを触っていると、チャイムが鳴る。
訪問客・・・珍しいな。
石井「久し振りだな」
鳥居「! 石井!」
石井「私を呼び捨てにするとはな。 まあいい、あいつはどこにいるか分かるか」
鳥居「知るか! 帰れ!」
しかし石井は無断で部屋に入る。
石井「狭い部屋だな・・・まるでウサギの小屋だ」
鳥居「くそ、無断で入りやがって・・・ 要件だけ聞いてやる。 他のことを喋ったらすぐに警察を呼ぶ」
石井「要件なら話したろう、あいつはどこだ、と。 相変わらずお前とは会話が成り立たんな」
ふと石井はダイヤルが視界に入ると、目を見開き、それを拾う。
石井「こ、これが例の物の完成形・・・? しかし何故ここに・・・?」
鳥居「返せ!」
俺は慌てて石井から奪い取る。
しかし石井はため息をつくと、ポケットからスタンガンを取り出し俺に向ける。
石井「そうだな、貴様を実験台にしようか。 回せ!」
スタンガンで脅されてはどうしようもない。
俺は回した。
しかし反応は無かった。
石井「貴様、手を抜くな、この!」
鳥居「ぐぁあああああああ!!」
石井にスタンガンを押し当てられる。
この威力、改造してあるのか──
石井「ずっとお前のような出来損ないが息子だと言うのが受け入れられなかった。 こんなゴミを産んだあいつもだ」
なおも石井はスタンガンを俺に押し当て続ける。
鳥居「ぐぅううううう!!」
石井「黙れ! 私は貴様の何倍苦しんだことか!」
石井「貴様が遺伝性の障害者だから私まで障害者の疑いをかけられたのだぞ! だから研究でも第一線から降ろされ劣る者に従事した・・・」
石井「これがいかに屈辱なことか!」
石井はタオルを拾うと俺の首を絞める。
鳥居「ごほっ・・・」
石井「それから私はあんな低俗な奴らから離れ独自に研究していたが今度は学会から追放ときた」
石井「そしてここにきてあの女の持ち出した書類が必要になった・・・どいつもこいつも何故私の足を引っ張ることしか出来ないんだっ!」
石井は俺に蹴りを食らわす。
俺はもはや立ち向かう気力がなかった。
石井「ふん、大人しくなったか。 しかしこの例の物さえあれば私はいくらでもやり直せる。私を追放した奴らを見返せる・・・!」
自分を追放した研究者への復讐。
そんなちっぽけなものが石井の望みだった。
石井はまたもスタンガンを俺に押し当てる。俺は半ば意識を保つのを諦めていた。
ふと俺のポケットから何か落ちたのか、石井がそれを拾う。
石井「なんだこれは? 手紙?」
石井はそれをビリビリに破くと、俺の目の前に捨てる。
ふと、その断片の文字が視界に入る。
緋翠より
緋翠。その文字を見た瞬間脳内で高速で映像が流れる。
緋翠「さてはあなたが私を攫った犯人ね! 覚悟しなさい!!」
ヨシュア「みんなを・・・許して・・・やってくれ・・・」
緋翠「もう、誰でもいい!誰か助けて!」
ポール「ソフィア・・・君だけでも・・・幸せに・・・」
緋翠「シャキッとなさい鳥居! なにかしらきっかけがあるはず! ここでくよくよしてもしょうがないでしょ! 一緒に考えるわよ!」
ミハイル「あぁ。それでは・・・無事を祈る」
緋翠「そして私はバッドエンドの世界からこの世界に来た。どういう訳かまだ分からないけど」
アントワネット「何故謝るのですか? ヴェルサイユ宮殿へ帰れたら一緒にお茶しましょう」
緋翠「わたしというイレギュラーを忘れないで」
脳内に流れる情報。
その一つ一つが俺が確かに経験したことだった。
ヒスイの手紙。この世界に存在しないイレギュラーは書き換えられず残る。
それが持ち物にまで影響が及んでいたようだ。
鳥居「はは、俺なんで忘れてたんだ・・・」
前の世界の、B世界の記憶を完全に取り戻した。
石井「なにを訳の分からんことを・・・ おかしくなったか? 回せ!」
鳥居「あぁ、回すよ」
石井「早くしろ役立たず!」
鳥居「・・・ただし、このダイヤルは膨大な演算処理を必要とするんだ。 だからAIがない限り、いくら回しても意味は無い」
それを聞き、石井は呆然とする。
何故こいつがそんなことを知っている?とでも言いたげに。
その一瞬の隙を突いて俺は石井の顔面に思いっきりダイヤルを投げた。
しかし石井は意外と反応が良く、かわした。
石井「小癪な!」
またしても俺にスタンガンを向ける。
俺は慌てて距離を取る。
俺と石井は睨み合いになる。
やがて石井は深くため息をつく。
石井「・・・貴様、さては過去に行ったな」
鳥居「!」
俺が僅かに動揺した隙を突いて、またも石井はスタンガンを押し当ててきた。
鳥居「ぐぅ!」
しかし当たったのが一瞬だったため、ダメージは軽かった。
石井「過去に行ったなら結果を洗いざらい吐いてもらおう。 それを教訓に私はタイムマシンを完成させる」
鳥居「誰、が言うか・・・!」
石井「・・・心底不快だ。 私は過去をやり直す。 貴様を孕ませたという過去を」
石井はスタンガンの出力を上げる。
石井「貴様という歴史を否定してやる!」
俺も咄嗟に反応するも抵抗はむなしく、出力最大のスタンガンは服越しからも威力が絶大で、一瞬気が遠のいた。
まずい、石井に勝てないかもしれない。
思えば俺が産まれたから石井は人生が狂った。
やはり俺なんて産まれなければ・・・
ふと、頭の中で前の世界の声が響いた。
ありがとう、緋翠。
最後まで君には助けられっぱなしだ。
石井「観念したか!」
出力最大のスタンガンは紛れもなく俺に当たっている。
しかし俺は石井のスタンガンを握る手を掴む。掴んで・・・力を込める。
石井「!まだ歯向かうか・・・!」
そのまま俺の体から離す。
そして石井の腕ごとスタンガンを石井の体に押し当てようとする。
石井「欠陥品が・・・どこにそんな力が・・・!」
鳥居「平和な世界にあんたはいらないっ!」
そしてスタンガンは石井の首に接触した。
石井「ぐがぁあああああ!き、きさ、きさま!!」
石井は必死に引き剥がそうとするも、出力が最大になったのが仇となり、徐々に力が衰えていく。
石井「離せ!離せぇ!」
やがてスタンガンはバッテリーが切れたのか電源が落ちる。
俺はダイヤルを拾うと、動けないでいる石井の顔面に向かって思いっきり投げつける。
こいつの威力は過去に顔面に食らったことでよく分かっている。
それは石井の顔面にクリーンヒットし、石井は意識を失った。
鳥居「まぁ回せ回せ言ってたから回してやったよ、あんたの目を。お星様が回って・・・げほっ! ・・・格好つかないなあ」
それから俺は警察に通報した。
そして家宅捜査の結果、不正な研究が次々と明らかになったという。
警察に連行され、今後どうなるかは分からないがダイヤルに眠る緋翠もいい気味だと笑っていることだろう。
そして石井が捕まったことで緋翠が殺され、ディストピアになることはなくなり、A世界のルートは完全に途絶えた。
ダイヤルも回らない。ループも解除されているため、B世界のルートも途絶えた。
そして新たな世界、C世界に到達できた。
・・・俺はやり遂げた。
〇教室
クラスメイト「でさ、その新連載のマンガが面白くてさ・・・」
クラスメイト「あぁ、あれな。確かに面白いよな」
今日もクラスメイトはくだらない話をしている。
なんていつもは気にも止めなかっただろう。
だが俺は勇気を出して話しかけた。
鳥居「あのさ。実は俺も好きなんだ、そのマンガ」
クラスメイト「え?鳥居が? なんか意外だな。マンガとか興味なさそうに見えるのに」
鳥居「こう見えてマンガ喫茶に寝泊まりするのが趣味なんだ」
クラスメイト「渋い趣味してるな・・・じゃあさ、俺んち来ない? その作者の前のマンガ持ってるんだ」
鳥居「いいのか?ありがとう。 後で遊びに行くよ」
クラスメイト「なんか無口だから俺達にも興味ないのかなって・・・ でも思ったよりいい奴じゃん」
鳥居「はは、これからよろしく」
クラスメイト「ああ、よろしくな! なんてちょっと恥ずかしいな」
こうして友達がいなかった俺にも友達が出来た。
クラスメイトからは急に明るくなったと評判だ。
それから時は流れ・・・