第28話 1791年 逃亡(脚本)
〇貴族の応接間
──1791年6月20日
アントワネットに逃げて貰う日がきた。 俺は深呼吸し、アントワネットの部屋に入る。
鳥居「ご機嫌よう、アントワネットさん」
アントワネット「あら、ご機嫌よう」
俺は真剣な表情と声色を作り、語る。
鳥居「アントワネットさん、やはり逃げるべきです。 民衆の王政廃止の声は高まっています」
鳥居「仮にあなたが逃げなくても革命の火は消えない」
アントワネット「確かにそうかもしれません。 でも、私は逃げません」
俺は、心が痛みつつアントワネットを脅す。
鳥居「いや、このままでは国王ルイ16世、アントワネットさん、あなたの子供まで命が脅かされる」
アントワネット「陛下に・・・私の子供まで・・・?」
流石にアントワネットも顔色が変わる。
鳥居「更に言うとあなたがフェルセンと関係を持っているという根も葉もない噂も流れている。フェルセンも危ない」
アントワネット「そんな・・・フェルセンまで・・・ し、しかし私は・・・」
俺は合図に咳払いをする。
するとフェルセンがドアを開けて入ってくる。
フェルセン「君、今の話は本当か!?」
鳥居「あぁ、このまま逃げなかったら全員犬死にもあり得る」
フェルセン「なんてことだ・・・」
アントワネット「フェルセン・・・あなたを巻き込むわけには・・・でも、私は・・・あぁ、一体どうすればいいの・・・」
フェルセン「僕の手をお取りください。 お逃げする覚悟があるのであれば」
そしてアントワネットは、手を一度は上げてから下ろすも、やがて震える手でフェルセンの手を取る。
フェルセンはアントワネットを抱き寄せ、口付けをした。
驚き目を見開くアントワネット。しかしすぐに目を閉じる。
結ばれぬ運命の二人は今この場に限り結ばれた。
これでアントワネットは逃亡する。作戦成功だ。
作戦といっても大したものじゃない。
俺が脅して心が弱ってるところをフェルセンに演技をさせ、説得してもらうというものだ。
ただ、フェルセンが予想以上に活躍してくれた。
伊達に前回アントワネットを逃げさせた男ではない。
フェルセン「ありがとう、君のお陰でアントワネット様は逃げる決心をされた」
鳥居「気にするな、俺のためでもあるからな」
そう、歴史を正すためにアントワネットには逃亡に失敗して断頭台に登ってもらわなくてはならない。
残酷だが仕方のないことだった。
アントワネット「すみません、あなたのお陰で逃げないと誓ったのに」
鳥居「・・・いえ、俺も逃げるべきだと思いますから」
アントワネットには申し訳なくて目を合わせられなかった。
フェルセン「ヴェルサイユ宮殿ヘ帰れたら君の望みを何でも叶えよう」
鳥居「気にするなって言ったろ」
アントワネット「革命は今しばらく続くでしょうが私は逃げた先で少しでもオーストリアの力を借りず革命を終わらせる方法がないか模索しますわ」
せっかく逃げない決意をしたのにそれを揺るがした事、そして失敗してもらう事。
この2つは俺の中の罪悪感を大いに刺激した。
鳥居「・・・すみません」
アントワネット「何故謝るのですか? ヴェルサイユ宮殿ヘ帰れたら一緒にお茶しましょう」
鳥居「・・・はい」
そして俺は二人を見送った。
今から数時間後にはアントワネットは見つかり、逃亡に失敗する。
この時代でやるべきことを、俺は一人でやった・・・!
だが本番はここからだ。
俺はダイヤルを眺める。ダイヤルゲージは100%。
これが最後だ。深呼吸し、ダイヤルを1から0に合わせる。
カチリッ
いや、まだだ。
ダイヤルは0になるとA世界の男の元に行き、また悲劇が繰り返される。
緋翠は二回回せるようにしたと言った。
だからもう一回、回せるはずだ。
しかしめまいが想像以上に強烈で、腕に力がこもらない。
まずい、このままだと台無しになってしまう・・・!
そのとき、ふと手に何か覆い被さる感覚がした。
これが何かは分からない。だが腕に力が入る。
鳥居「回れぇえええええ!!」
俺は渾身の力を込めた。
そして針は0を超えた位置に合わさる。
カチリッ
そして俺は意識と共に、記憶が薄れゆく。
緋翠。この2文字だけを胸に刻んで。