第21話 1791年 トラウマ(脚本)
〇高級マンションの一室
──あれは10歳になる頃だっただろうか、俺がMITの偏微分方程式の問題を解いたのは。
公式を当てはめれば計算して解ける比較的簡単な問題だったが両親は大いに喜んでくれた。
「お前は才能があるかもしれん。 頑張れば小学生にして1から100まで足した数を瞬時に計算したガウスのようになれるかもな」
「知能検査の結果が楽しみだわ」
俺は数学へのセンスにより周囲からの期待は大きな物だった。
しかしその検査結果は両親を酷く落胆させることになった。
〇病院の診察室
医者「言語性IQは非常に高いのですが動作性IQに遅れが見られました。 お子様は自閉症スペクトラムの疑いがあります」
「自閉症・・・? 発達障害だと? 私の息子が? どういうことだ!」
医者「あの、あくまでIQに明確に偏りが見られた事や数字にこだわりがあることなどその傾向があるということでして・・・確定では──」
「原因はなんだ! どうすれば治る?」
医者「治療法は今の医療技術ではありません。 原因は遺伝が考えられます」
「まさか私から遺伝したとでも言うのか!? ふざけるな!」
医者「数字へのこだわりの強さ、論理的思考を好むなど自閉症の傾向は確かにありますがそれを特性、個性として活かして頂ければ・・・」
「何が個性だ! 障害者の面倒なんか誰が見ると言うんだ!」
こうして両親はどちらから遺伝したかとかいうくだらない言い争いの結果離婚したと聞かされた。
障害の疑惑のある俺の面倒を見るのは嫌だったのか父親も母親も引き取りを拒否。
その結果親戚に預けられそこでも上手くいかず、やがて一人暮らしするようになる。
俺は両親から見捨てられたことと障害者の疑いで周囲から掌返しされたことを受け人付き合いが怖くなり避けるようになった。
それでも俺なりになんとか平穏に生きてきたのにダイヤルに巻き込まれ今に至る。
忘れ去りたい過去が浮かんだのがまるで走馬灯のようだ、と思いどこか可笑しくなる。
しかし笑うだけの気力もないようだった。
〇城の客室
緋翠「鳥居、しっかりして!」
項垂れる俺に緋翠はビンタをする。緋翠なりの励ましだったのかもしれない。彼女らしい励まし方だ。
しかし逆に俺の心の暗い部分を刺激した。
鳥居「でも見ただろう!?」
鳥居「ヨシュアを逃しただけで世界は崩壊した! 領主を止めただけで世界は瓦解した!ただ門にいただけで世界は破滅した!」
鳥居「どうせ今回は俺がアントワネットに強く言えなかったから悪いんだろ!?」
緋翠「・・・鳥居?」
鳥居「だから人と関わるのはごめんなんだよ! いつだって俺が一方的に悪者にされて・・・俺が何したって言うんだ!」
鳥居「俺は傷つけるのが、傷つけられるのが嫌だから人と距離を置いて慎ましく生きてるのに! なんで俺ばっかこんな目に遭うんだよ!」
緋翠「鳥居、落ち着いてってば!」
鳥居「落ち着いてなんていられるか! 人ともろくに会話出来ないでいつも代わって貰っているだろ!」
鳥居「こんなお守りされてる人間に何が出来るって言うんだ! 何も出来やしない! いや、状況を悪化させることしか出来ないんだ!」
緋翠「それはわたしも同じよ・・・わたしのせいで事態が悪化したこともあったし」
鳥居「いや、違うね! 歴史だって、世界だって俺がダイヤルを回したからこうなったんだ! 俺が回したんじゃなければ・・・」
鳥居「そう、別の誰かならきっと上手いことやれた! ヨシュアだってもしかしたら救えたかもしれない!」
鳥居「ポールだって死ぬことなく無事だったかもしれない! コンスタンティノープルも滅ばずに持ち運べたかもしれない!」
鳥居「俺が全部悪いんだよ! 俺なんかが! 回したから!!」
鳥居「俺なんか、産まれてこなきゃよかったんだ・・・」
気づくと俺は肩で息をして弱さ、醜さを吐露していた。
ヒスイに当たっても何も変わりやしないのに・・・
ヒスイも俺に失望したことだろう。
だがこれが俺の本質・・・根源なんだ。
あぁ、ヒスイが手を振りかぶるのが見える。
俺は反射的に目を瞑る。
痛いのが怖い。殴られるのが怖い。怒られるのが怖い。・・・嫌われるのが、怖い・・・
頬にヒスイの手が触れ、ビクッとする。
しかし痛みはなく、温かい。
緋翠「そんなに自分を責めないで。 鳥居が悪いなんて誰も思わないわ」
緋翠「確かに鳥居は私に頼りっきりなところあるけど・・・私だって鳥居に頼りっきりよ」
緋翠「鳥居はコミュニケーション能力がない、私は知識と思慮深さがない・・・お互いない同士でいいじゃない」
鳥居「でも、無かったら、足りなかったらどうしようもないじゃないか!」
鳥居「出来ないことから目を背けたってそんなの現実逃避でしかない! 無いものはねだるしか・・・」
緋翠「だから助け合いましょう。 私ができないことはあなたがやる。 あなたが出来ないことは私がやる」
鳥居「助け合い・・・?」
その言葉を聞いてはっと目が覚めるような感覚がした。
俺は思うと助けてくれる人間に出会うことはなかった。
誰かを助けることもしてこなかったかもしれない。
きっと人を避けるうちに助け合いという概念が抜け落ちていたのだろう。
ああ、思い出した。俺がコンスタンティノープルでヒスイを励ました時に浮かんだ何か。
助け合いだ。
俺は緋翠にこんなにも助けて貰ってるのにさっき助けてくれなかった事を恨んでいた。
そんな自分が恥ずかしくてたまらなくなる。
鳥居「・・・こんな俺を、助けてくれるのか?」
緋翠「えぇ! その代わり倍助けて貰うけどね」
鳥居「・・・はは、相変わらず手厳しいな」
ようやく笑うだけの気力が戻った。
いや、気力だけじゃない。
もっと何か大切な物が俺の中に戻った気がする。
上手く言語化出来ないがそれで良いと思った。
鳥居「緋翠、聞かせて貰っていいか。 君がさっき見たものを」
緋翠「えぇ!」
そして緋翠は語る。