第18話 2045年 シンギュラリティ(脚本)
〇研究所の中枢
──2045年
「長かった・・・あとはこのAIを移植すれば・・・!」
バックライトのみが輝く薄暗い、無機質なコンピュータが並ぶ閉鎖的な研究所。陰鬱としたその場にいるのは男と培養液で眠る少女。
そしてもう一人・・・
この男はマッドサイエンティストというべき存在であり、研究のどれか一つでも発覚すれば極刑は免れない悪魔だった。
しかし男は娘を蘇生するためにこの悪魔に魂を売った。
意志を持ったAIを創るには既存のC言語ではまだ処理能力が足りず新たな言語・・・D言語が必要だった。
男はこのD言語の開発に最も苦労することになる。
C言語を超えた完璧な言語の創出・・・その労力は想像するのも難しいだろう。
しかし血の滲むような研究と気の遠くなるようなエラーを重ね、そしてついに奇蹟がD言語を作ることが出来た。
奇蹟と言うのは、コンピュータが突如エラーを起こし、それを解析したらなんとD言語の原型が出来ていたというものだ。
プールに時計のパーツを沈めてかき混ぜたら時計が完成していたかのような・・・
本来あり得ない奇蹟。それが起きた。
「再現度100%のAI・・・実に苦労した。 99.9%から0.1%を埋めるのにどれほど労力を費やしたか・・・」
こうして男は倫理の壁、言語の壁、予算の壁。その3つを超えたのだ。
そしてモニターに目を移す。
『Historical Intellect Sienece Unlimeted Integration』
「このAIで娘は蘇る・・・!」
男は震える手でエンターキーを押す。
すると何やら機械が作動し培養液の中の少女は光に包まれ痙攣する。
しばらくして光が収まるとコンピュータのモニターには100%と表示されていた。
男「出来たかね」
「あぁ、あんたが作ったクローンに俺の娘の意志を再現したAIを宿す・・・ これで俺の目的は果たした」
男「そうかね、ご苦労」
悪魔は男の肩に手を乗せるも、振り払う。
しかし悪魔は特にそれを不快に思わず、静かに告げる。
男「もう用済みだ」
その瞬間、男は視界がくらみ転倒する。
肩に手を当てられた時に何やら細工をされたらしい。
男「素晴らしい。素晴らしいぞ! これさえあれば私は・・・!」
子供のようにはしゃぎ、男の研究成果を略奪するのは・・・石井だった。
(そうか、最初から俺の研究成果を奪うのが目的だったのか。 あんなものならくれてやる。 だが娘は・・・)
石井「そうだ、意識を失う前に面白い話をしてやろう。 貴様にたびたび手伝わせた例の物・・・」
石井「あれの正体を教えてやろう。 アインシュタインの脳が行方不明という話は知っているだろう?」
石井「だが私は運良く手に入れ、解析する機会を得た・・・ 結果タイムマシンの基礎理論を手に入れた」
石井「だがタイムマシンは膨大な演算処理を要求する。 それこそ貴様のAIでなければ処理しきれないような・・・」
石井「しかしタイムマシンとクローン人間があれば私を追放した奴らを・・・いや、世界を統べることすら・・・!」
石井は天才と呼ぶに相応しい優秀な科学者だった。
しかし〝アクシデント〟により第一線から降ろされ、独自の研究を始めた。
だがその研究は危険視され、学会から追放された。
それから石井は狂ったかのように、いや狂っていたのだろう、非合法な研究に手を染めた。
その一環がクローン人間の製造だった。
しかし石井のクローンは2〜3年で成人するも、脳に欠陥が生じるという問題があった。
だが男の作った意志を持ったAIなら石井の思い描いた、いや、それ以上のクローン人間が出来上がる。
それもタイムマシンというおまけと呼ぶにはあまりに豪華な物までついて。
石井「貴様はずっと目障りだった。 だから利用してやろうと思ったがこうも上手く行くとはなぁ! 貴様はいい傀儡だったよ!」
(俺がしたことはすべてこいつの・・・くそ、意識が・・・)
ふと石井は少女を包むカプセルが視界に入ると、それを撫でて見るのもおぞましい醜悪な笑みで語る。
石井「貴様が必死になって作った娘・・・ こいつを〝また〟利用するのも悪くないな」
その言葉が男の逆鱗に触れた。
(また、利用するだと? 石井と娘に接点などないはず・・・ あるとすれば・・・まさか娘の死に関与していたというのか!?)
完全に石井の手のひらの上で踊らされていたことに気づいた。
男の血のにじむような研究は、娘の人生は全て石井の為に・・・!
腕に力を込め、指を口元へ運び親指の爪を噛み、一気に引き抜く。
その強烈な痛みで多少は意識が戻った。
男はふところから拳銃を取り出すと、背を向けている石井に照準を合わせる。
もとより石井を警戒していた男は護身のために銃を携帯していたが、引き金を引く覚悟は出来ている。
そして・・・引き金を引いた。
石井「ぐあっ・・・きさ、ま・・・」
それは石井の背中に当たった。
男は振り返った石井をもう一度撃つと、今度は腹部に命中した。
石井「くそ、私としたことが・・・ だが・・・地獄を見るのは貴様だ・・・」
そう言うと石井はデバイスを取り出す。
ホログラムの爆弾の映像が映り、その導火線に火がつく。
「どういう意味だ? ・・・何をした」
石井「貴様の・・・研究とそれを私が発展させたデータ・・・ 視界からデータを共有し・・・それを公表した」
「!」
石井「ふははは・・・AIを備えたクローン人間・・・アンドロイドによる地獄の幕開けだ・・・そう、貴様のせい・・・だ・・・」
ホログラムに映された爆弾は爆発してキノコ形の雲を背景にThe Endと浮かぶ。
石井が持つマイクロコンピューターから全世界へ向けて包括的にクローン人間と男のAIの技術は公表された。
その公開の規模は民間人へも及ぶほどのものだった。
こうして世界は大混乱し、ディストピアへと向かうことになる・・・
〇沖合
鳥居「なるほどな・・・いや、全然分かってないが」
石井・・・この過酷極まりない旅の元凶がなぜここで登場するのか。
まあ奴は優秀な科学者だから顔が広くても違和感はないが。
緋翠「ねぇ鳥居、私人間じゃないの?」
その記憶が確かならクローン人間・・・アンドロイドと言うべきだろう。
緋翠「わたし、ね・・・怖い。記憶を取り戻せば安心できるって思ったのに記憶を取り戻すたび怖いの、嫌な現実が見えて」
鳥居「緋翠・・・」
緋翠「私は造られた存在・・・ゾンビなの? なんのために生まれたの?」
気付くと少女は涙を流していた。
少女、と表現したのはそれほど目の前の緋翠がか弱く見えたからだ。
鳥居「きっと緋翠は、歴史をやり直すためにここに来たんだと思う。 未来の男・・・君のお父さんは君に託したんじゃないかな」
緋翠「でも、こうして世界は混乱している。私が生まれた意味なんて無い・・・私はなんの価値もないゾンビ・・・」
緋翠「私はもう何も分からない・・・ 私が何者なのかも・・・」
鳥居「・・・その、さ。俺も家族も友達もいないけど、自分はこういう人間だってアイデンティティがあれば違うんだと思う」
鳥居「緋翠のアイデンティティその1、明るい!」
緋翠「・・・え?」
突然のことにキョトンとする緋翠。誰かを慰めるなんて人生で初めての経験かもしれない。だから我流を貫き通す。
鳥居「緋翠のアイデンティティその2、優しい。緋翠のアイデンティティその3、その、かわいい」
鳥居「緋翠のアイデンティティその4、凶暴。ほら、君にもこんなにアイデンティティがあるじゃないか」
緋翠「・・・鳥居」
鳥居「君は紛れもなく明るくて優しくてかわいくて凶暴な緋翠だ。 死んでたとしても昔の話だ」
鳥居「造られただって?人間と何が違うんだ。 バッドエンドなんて言ってもまだ終わってない、ここからハッピーエンドを目指すんだ!」
俺の慰めがどれほど効果があるかは分からない。
正直時間旅行に疲れて俺が慰めてほしいくらいだった。
しかし俺の慰めは意外と有効だったようで、緋翠は涙を拭うと笑顔を浮かべる。
緋翠「・・・ありがと!」
緋翠の笑顔を見てなんだか俺も慰められた心地だった。
こう言うのをなんて言うんだっけ・・・
緋翠「それじゃ鳥居、ダイヤル回すわよ!」
鳥居「あぁ!」
しかし流石に疲労が溜まっているのかよろめいてしまい休むことにした。
そして俺達は部屋に戻って久々に長く眠り英気を養い翌朝、ダイヤルが100%になっているのを見て針を3から2へ合わせる。
カチリッ
そしてめまいに襲われる。
面白かったです!ありがとうございます!