〇屋上の端
彼女「君は今から、どこに行くの？」
　　彼女は、星一つ見えない真っ暗な空を見上げながら、そっと呟いた
僕「どこに行くんだろう？」
僕「僕にも分からないよ」
彼女「じゃあ、なんでそんなとこにいんのさ」
　　はっはっは、と豪快に彼女は笑う
　　可愛らしい彼女には、全く持って似合わなかった
僕「笑わないでよ」
彼女「笑ってもいいでしょ」
彼女「どうせ君は、笑われるのが嫌になって、そんなとこにいるんじゃないの？」
僕「うっ・・・」
　　言葉につまってしまう
　　彼女の言葉は、僕の本心を的確に指摘してきていた
　　浅い、浅い、僕の本心を
　　例え浅くても、僕を暴かれてるみたいで、いやなもんだ
　　顔を下へと向ける

〇渋谷のスクランブル交差点
　　夜も深まり、まばらにしか人がいないスクランブル交差点
　　暗い今みたいな時間。僕の姿は誰にも見えてはいないようだ
　　だけどね、たとえ人が少なくても、交差点の真ん中に目をやってしまえば・・・

〇屋上の端
僕「うぅ！」
　　ムカデが背中を這い上がってくるような不快感が、全身を駆け巡る
　　思わず目を閉じ、背中に触れていた柵へともたれ掛かっていた
彼女「なんだなんだ、どうしたんだい君？」
僕「ちょっとまた一段と渋谷が嫌いになっただけだよ」
彼女「はっはっは」
彼女「なにそれウザイ」
僕「ウザイとか言われても・・・・・・」
彼女「そっかそっか。じゃあね」
彼女「『僕、渋谷大好き!!』」
彼女「って言ってくれたら、許してあげる」
僕「それは・・・」
　　一瞬だけ、目を開く

〇屋上の端
　　暗い暗いビル群が、一瞬見えただけ
　　それだけでは、なにかは分からない
　　だけど
　　今自分がいるのは渋谷って思い出して
　　また目を閉じた

〇屋上の端
僕「・・・・・・それだけは、無理かな」
彼女「君は、仕方のない子だなぁ」
　　聞き分けのない子供を諭すかのような、優しい声色
　　何様だって、突っ込みたくなる
彼女「君の代わりに、私が言ってあげよう」
彼女「『僕、渋谷大好き!!』」
僕「似てない似てない。声、高すぎるよ」
彼女「じゃあ、さ」
彼女「お手本どうぞ」
僕「僕、渋谷大好き」
　　今の僕に、一番似合わない言葉が、僕の口から出てきていた
　　気がついて、すぐに口を両手で塞いだけれど・・・
　　時すでに遅し
彼女「君、ちょろすぎない？」
僕「ちょろくて結構」
僕「もう死ぬから」
彼女「ふーんそっか」
　　心底興味なさそうな彼女の声
　　こいつなにしに来たんだよ
　　──と振り返って彼女を睨みつける
彼女「でもまあ、私も渋谷を好きって言ってくれた方が気分が良いや」
　　いつの間にか、僕がもたれる柵へと手をのせていた彼女
　　彼女の瞳は、なにも映していない
　　僕の方を見ているのに、僕自身には、心底興味なさそうな感じだ
僕「本当になんなんだよ、お前は・・・」
僕「なんでそんなに、渋谷にこだわるんだよ・・・」
　　──今聞いておかなければならない
　　僕にとっての悔いとなりそうな気がしたからだ
　　だから
　　これが最後の質問だと、自分自身に言い聞かせておく
彼女「うーん・・・」
彼女「ナーイショ」
　　よし死のう
彼女「──って、言いたかったんだけど、君が本当に死にそうだから教えてあげる」
　　なんでもいいから、とっとと吐いてほしかった
彼女「私ね、渋谷愛っていうんだ」
彼女「苗字が渋谷で、名前が愛」
彼女「だからね、渋谷を嫌いっていわれると、私のことを嫌いって言われてるみたいで──」
彼女「嫌なんだよね」
　　なんだ
　　なんだよそれ
彼女「だから、私は渋谷にこだわるんだよ」
彼女「さあ」
彼女「君も」
彼女「明るい渋谷に帰っておいで」
　　そして、彼女は、僕の方へと手を差し伸ばしてくる
　　目を閉じ、頬を緩め、彼女は僕が手を取るのを、待っているようだった
　　だけど僕は──
僕「ぶっ」
彼女「ぶっ？」
僕「ぶっははははははは!!!!!!」
　　気がつけば笑いだしていた
　　彼女の言葉の全てを、真面目に受け取っていた自分がばかみたいだった
　　勝手に、彼女が僕のために言葉を尽くしてくれたんだ
　　そんな勘違いしていた、自分がおかしかった
　　なにより、渋谷を愛するために生まれたような彼女が
　　今
　　僕の目の前にいたことが、一番おかしかった
僕「ねえ、一つだけ聞いてもいい？」
彼女「なに？」
僕「君はなんで、こんなところに来たの？」
彼女「うーんとね」
彼女「今日は誰かと出会える気がしてね。ちょっとした深夜の散歩だよ？」
　　ちょっとしたおかしな偶然
　　だけど、そんな偶然のせいで、ちょっと今は死ぬ気にはなれなくなってしまった
　　だから僕は──
　　そっと彼女の手をとったんだ