第15話 2023年 挫折(脚本)
〇渋谷のスクランブル交差点
アスファルトの地面、走る自動車、無機質な建物群。
見慣れた光景を見て感慨に浸る。
帰って、来れた・・・!
そう思った。
人々が聞き慣れない言語を話していなければ。
緋翠「どういうこと? なんで皆知らない言語を喋ってるの?」
ダイヤルなら翻訳もしてくれたのに何故翻訳されないんだ?
このダイヤルは古代ローマでもビザンツ帝国でも完璧に機能した。
トルコ兵が言ってることだって翻訳した。この世に存在する言語には対応していると思っていたが・・・いや、もしや・・・
鳥居「この世に本来存在しない言語・・・」
緋翠「え? どういうこと?」
すると男に話しかけられる。
男性「あなた達が話してるのは日本語ですよね? でも日本語の話者は限られてるはず・・・ 私は日本語の研究が許されたものですが」
どうやら日本語で話しかけられているらしい。
彼の話はこうだった。
ここは2023年の日本で日本人はイスラーム教徒に課税しないため虐げられていると。
さらに深く、話を聞くとこうだ。
オスマントルコ帝国のメフメト2世はコンスタンティノープルを攻め落とせずに援軍を呼ばれ攻略に失敗。
そして以後トルコとビザンツ帝国は同盟を結び、ビザンツ帝国はそれなりに永く繁栄、人口も増えたという。
これだけ聞くとハッピーエンドだがそうはいかない。
やがてトルコは条約を破棄しビザンツ帝国を支配下に置く。
その猛攻はバルカン半島を超えて西ヨーロッパもトルコの領土になる。
そのうちにトルコはアジアへも活動を広げてついには日本まで支配下に置き、世界を統一したことで世界共通言語を作ったという。
特に反抗の激しかった東アジア人は差別の対象にされ、貧民としての地位は免れない。日本人も餓死により人口が減っていると言う。
緋翠「いや、でも待って。 どうしてビザンツ帝国が長続きしたことが世界のイスラム化になるの? 普通逆じゃない?」
鳥居「コンスタンティノープル陥落は1453年だったか・・・14~15世紀にルネサンス・・・」
鳥居「15世紀中頃に大航海時代・・・次は1517年に宗教改革・・・」
ここに来てあの歴史の教師の授業が役に立つとは思わなかった。
教師が特に西洋史に明るかったため、こういう知識はあった。
緋翠「それがなにか関係あるの?」
鳥居「ヨーロッパの近代化はルネサンス、宗教改革、大航海時代の3本の柱から成り立つ。そのどれか、あるいは全てが折れたのだろう」
俺は授業を思い出しながら語る。
鳥居「コンスタンティノープルの陥落により多くの知識人や貴族が西ヨーロッパに逃げて古代の知識が持ち込まれた事がルネサンスの一因だ」
ルネサンスは再生、復活を意味し、これが近代的な人間中心の思想へと大きな影響を与えた。
緋翠「それが上手く起きなかったからトルコに追い越されたって事?」
鳥居「更にビザンツ帝国が滅びてお膝元の地中海交易が衰退したことで外海に目をつけて大航海時代が始まるのだが恐らくそれも・・・」
緋翠「大航海時代まで・・・」
大航海時代によりヨーロッパは直接スパイスを獲得したりと豊かになり、奴隷交易を始めたりなどした。
鳥居「宗教改革はビザンツ帝国が滅びてキリスト教徒が危機感を抱いた事が要因の一つだ」
宗教改革は中世に腐敗したキリスト教的価値観を生まれ変わらせた。
民衆レベルにまでその影響は及ぶことになる。
緋翠「つまりビザンツ帝国が存続したことでヨーロッパの近代化が妨げられたって事?」
鳥居「推測でしかないが・・・そうなんだろうな・・・」
それで西ヨーロッパの成長が鈍化している隙にトルコが力をつけ逆襲される。
これが俺の導き出した答えだった。
緋翠「もう一度ダイヤルを回しましょう! また戻れるかも──」
鳥居「・・・戻ってどうするんだ? 今回は何が悪いのかも分からないのに」
そう、今回俺達はなにもしていない。
まさかミハイルと会話したことが原因という事は無いだろう。
もしかしたら俺たちがヨシュアを逃したから、領主を止めたから歴史が変わった、と言うのも思い上がりなのかもしれない。
世界はランダムで出来ていてやり直すたびに結果がシャッフルされる・・・俺たちがいた現代はもう戻ってこないのかもしれない。
なんだろう、この虚脱感・・・力が入らないし思考も靄がかかったみたいにはっきりしない。ああ、これは、絶望──
しかし緋翠はそんなことを考えた俺をビンタする。
緋翠「シャキッとなさい鳥居! なにかしらきっかけがあるはず! ここでくよくよしてもしょうがないでしょ! 一緒に考えるわよ!」
緋翠は無茶振りを仕掛けてきた。
だが俺は彼女ほど強くはなれない。
今回ばかりは何が悪いのか本当に分からないのだ。
せいぜいちょろっと見回って戦況を見ていただけ。
とても歴史に影響を残すことなどしていない。
緋翠の強さは尊敬するが・・・
いや、緋翠は強いのか?
昨日見せたあの弱さが偽物とは思えない。
そうか、弱い緋翠が俺のために強く奮起してくれているのだ。
今回のは絶望ではなく挫折。
俺はまだ戦える。
鳥居「すまなかった、俺ばかり弱って」
緋翠は俺の腹を小突く。
緋翠「さて、元気も出たことだし作戦会議といきましょうか。 何か歴史で習ったそれらしいこととかない?」
鳥居「あとはトルコは艦隊を山越えさせて奇襲したとか・・・」
緋翠「それはあまり関係なさそうね・・・ 他にはない?」
鳥居「他に・・・あ、そう言えばビザンツ帝国は門の鍵の閉め忘れで滅んだと教師が言っていた」
これが事実かは分からない。
アインシュタインの脳は行方不明で、どこかの機関が研究している・・・
そのような胡散臭い話をさも事実のように語るのが俺の通う高校の教師だからだ。
緋翠「閉め忘れ、ね・・・ あれほど開けてはいけないと言われてたのに閉め忘れるとは思えない。 多分内通者がいたんじゃないかしら?」
内通者。
考えられる線ではこれだ。
俺達は前の世界で図らずも内通者を邪魔してしまったのだろう。
緋翠「怪しいのは仮面の男よね」
鳥居「だが、怪しすぎて逆に違うような気がする。 内通者ならばれないようにするはずだ」
緋翠「そうなると、あと私たちが関わったのは・・・」
鳥居「・・・フランゼスと、ミハイル」
あの人当たりの良いフランゼスかミハイルが内通者・・・?
考えるとちょっとくらくらした。
俺たちに優しく接する一方でビザンツ帝国を売り渡そうとしていたというのか・・・
とりあえず次の目的は内通者を探しそれを応援する、だ。まったく酷い内容だと言わざるを得ない。
だが歴史を正すには失敗したルートをあえて辿り、成功へ導く。
辛いがこれが一番歴史を正すのに確実だ。
緋翠も最近調子が悪いみたいで、ややぼーっとしている。
なんとか宿に泊まって休ませられないかと考えた。
しかしお金が使えないだろう。
ふと、日本人がトルコの商人に鞭打たれる様を見て気分を害した
緋翠「ダイヤルを、回しましょう」
緋翠は俺が気遣ったことに気付いたのか、そう言った。
俺は申し訳なく思いつつ、ダイヤルの針を4から3へ合わせる。
カチリッ
そしてまた不快感に襲われる。