第10話 2033年 冷遇(脚本)
〇研究施設のオフィス
──2033年
多くの研究員が働く広大な研究所。そこに人工知能の研究をしている才能溢れる若い男がいた。
男はモニターと向き合い、タイピングをしている。男はあるプログラムを作成していたのだ。
やがて、その画面を眺めてプログラムが無事動いたことを確認する。
普通なら喜ぶところだが男は眉ひとつ動かさない。
男が行っていた研究はあまりに高度で、この広い研究所でも彼を手伝える者はいなく、一人で〝使命〟を果たすため研究をしていた。
そして画面をしばらく眺め、またタイピング作業に戻ろうとした時、同僚に声をかけられる。
同僚「なあ、悪い! またエラーが出たんだ、見てくれ!」
男は立ち上がると同僚の席に向かい、コードの羅列を見る。
そしてほぼ一瞬でエラーの原因を特定した。
「このブール値が原因だ。ここをFalseにすればいい」
男の指摘通りコードを修正するとたちまちプログラムは動いた。
同僚「うお、流石だな。 いくら見ても原因が分からなかったのに。 それにあんたの得意言語じゃないんだろ?」
そして男はまたタイピングに勤しむ。
同僚は興味があるのだろう、その様子を後ろから眺めていた。
同僚「しかしC言語は難しいのにあんたは手足のように操るな」
「これしか能が無いからな」
同僚「確かあんたは向こうの大学を数年早く出てシリコンバレーから帰ってきたんだったか」
帰ってきた、と言っても脅されて、であったが。
「ああ、日本が恋しくなって帰国した」
しかし男は深くは語らなかった。
同僚「で、あんたの研究はどれくらい進んでんだ」
「・・・50%」
同僚「まだ半々ってとこか。 あんたでもそんな手を焼く事があるなんてな」
「いや、人間の意志を50%再現できた。あとはこれを高めるだけだ」
同僚「人間を・・・意志を再現? まさか人間を生もうとしているのか?」
途端に男に疑いの目を向ける同僚。
この男の研究が何を目指しているのか分からなかったのだろう。
しかし男は相変わらずモニターから目を離さずに言う。
「あぁ、だからまだ公表はしない。 これが悪用されたら世界は破滅してしまうかも分からないからな」
プログラムで、AIで世界がそこまで変わるものなのか?同僚は首を捻るも、それより男が作るAIで何が出来るかに興味があった。
同僚「なあ、それが出来たらどうなるんだ?」
「知能が飛躍的に育つ。 これから見せるのはほんの一例だ」
そして男はサンプルに作ったプログラムを見せる。画面にはカメラからの映像が映し出されている。
しかし男が玩具のエアガンを懐から取り出すとカメラの映像は赤くWarningと表示され、ズームされる。
すると銃の構造を分析した結果玩具と判明したのか画面の警告は消え、カメラの視点は元に戻る。
同僚はそれを見て目を輝かせる。AIが秘める未知の世界をこの男なら実現してくれるのかもしれない。
同僚「凄いな、銃が本物かまで見わけるなんて。 これなら万引きなんてとてもじゃないが出来ないな」
「他にも作ってあるのは六法全書や判例を学習させたAI。誤審や冤罪を無くし最適な判決を下すんだ」
「それに膨大な医学書やカルテを学習させたAIなら最適な診察システムも出来上がり病から救われる人も増えるだろう」
「そしてこれらに意志を持たせたら医学、法学を飛躍的に発展させることが出来る。不幸な人を一人でも減らせられる」
ただAIに学習させるだけなら既に出来るが意志を持ったAIなら自ら進化する。
それが男が作ろうとしているプログラムだった。
同僚「AIにそんな可能性があるとは思わなかった。 あんた普段は無口だがそんなすげえこと考えてたんだな」
元々男がスカウトされた天才という事は有名だったが実際に何の研究をしているのか知る者は少なかった。
経歴だけの無能とのレッテルを貼る者もいたがこの男は本物だと同僚は確信していた。
「あぁ、ただしAIが人間に取って代わるようなことだけは避けてるんだ」
「AIと人間の平和的共存。AIが人間を幸せにする世界。それを作るのが俺の使命だ。だから慎重に研究している」
実際男が作った司法プログラムや診察プログラムが世に公表されたら法律家や医者は失業してしまう。
そのため男は慎重に安全と判断したプログラムを公表しているために目立った成果はなく、無能と囁かれているのだ。
しかし同僚はそれを聞きますます目を輝かせる。
同僚「俺は、さ。この仕事は給料貰うための物だとしか思ってなかった。 だがあんたみたいな男がいるとはな」
そして同僚はある決断をした。
同僚「なぁ、俺にもあんたの研究を手伝わせてくれよ!」
「だがお前が使うプログラミング言語はPythonのはず。C言語を今から学んでも・・・」
同僚「いや、俺はあんたに惚れた! 寝る間も惜しんで勉強する。な、いいだろ?」
断りたかったが同僚のこの様子ではそれも面倒そうだ、と男は形だけ受け入れることにする。
「・・・分かった。 これからよろしく頼む」
そして同僚は手を差し出す。
固く握手する男と同僚。
この同僚は男の相棒として今後の研究を支えていくことになる。
しかし・・・
「部署から外す、だと? どういうことだ?」
男には左遷が言い渡された。
男にかけられた研究資金も期待も絶大な物だが応えられなかった。
以上が理由である。
同僚「待ってくれ、彼の腕は確かだ!人間の意志を・・・」
「よせ、それはまだ言うな」
同僚「しかし、あんたならもっと出世だってなんだって出来るのに・・・」
「・・・そういうわけで俺の研究を手伝って貰うことは出来なくなった。すまない」
しかし同僚は笑みを浮かべる。
同僚「何言ってんだ、こうなったら一蓮托生だ! 俺はどこまでもあんたに着いてくぜ」
「しかし・・・」
同僚「あんたの研究はきっと多くの人を助ける。 だから俺があんたを助ける。 それが俺の使命だ」
「・・・物好きな奴だ」
男のその顔は僅かに微笑んでいた。
こうして男は恵まれない境遇で研究していくことになる・・・