ヒステリック・ヒストリー

ラム25

第8話 800年 豹変(脚本)

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〇農村
領主「おい、収穫量が少ないじゃないか! 農奴どもはなにをしている! それともお前の使えない目を抉るか?」
監査人「め、滅相もございません。 農奴どもは領主さまのために休まず働いております。 しかし今年は気候が寒冷で・・・」
領主「ふん。 一番収穫量が少ない農奴はどれだ」
監査人「はっ、あちらのブドウ畑の領土を賜ってるポールという農奴でございます!」
領主「そいつを鞭打ち30回にしろ、今すぐにだ!」
監査人「はっ!」
  俺たちは騎士の、いや、領主の変貌ぶりに愕然としていた。
  この騎士は昨日はあんなに紳士的だったじゃないか。
領主「おや客人、これから使えない農奴を鞭打ちにするのだよ。 見学されてはいかがかな?」
  この時代は娯楽が少なく、魔女狩りですら一種のエンターテイメントだったと聞く。
  しかし誰が見学なんてするか、そう思ったが・・・
緋翠「素敵な見世物をご提供下さりありがとうございます」
鳥居「!」
  緋翠の真意を察した俺は、大人しく見学に向かった。

〇牢獄
監査人「・・・」
  先ほどの男が鞭を振り上げた所に緋翠が話しかける。
緋翠「ねえおじさん、鞭打ちなんて疲れるでしょ? わたしが代わりにやるからいいわよ」
監査人「おっと、すみませんな。 人を鞭打つなど教えに逆らうようで・・・」
緋翠「・・・と言うわけでポール、とか言ったかしら? もう大丈夫よ」
ポール「本当か!? 領主さまもついに僕の価値に気づいたか?」
ポール「改めて自己紹介すると、僕はポール。 僕は無知だからか鞭に好かれてね、やれやれ」
緋翠「それにしても酷いわね・・・みんなこんな扱いなの?」
ポール「あぁ、特に僕は気に入られていないみたいだ。 それより今晩はうちに来てくれないか。 是非お礼がしたい」
  1日家を空けて領主が機嫌を損ねないか心配だったが、お世話になることに決めた。

〇暖炉のある小屋
ソフィア「おかえりなさい、ポール。 あら、そちらの方々は?」
ポール「紹介するよ、彼らは僕を鞭打ちから助けてくれたんだ。 で、彼女はソフィア」
緋翠「ソフィアさん、すっごい美人ね! もしかしてポールの恋人?」
ポール「ああ、僕は彼女を愛してる。 でもまだ結婚は出来ないんだ」
緋翠「え?どうして?」
ポール「結婚するには結婚税が必要なんだ」
  そう、この時代の農奴は結婚税、死亡税、十分の一税などの多くの税の他にかまどの使用料の支払いやただ働きが課せられている。
緋翠「そう、悪いこと聞いたわね・・・」
ポール「でももう少しで貯まるんだ! 本当に、もう少しで・・・!」
  それからソフィアに夕飯をごちそうになった。出されたのは野菜と豆類を煮込んだスープに固いパン、それに大麦粥。
  野菜のスープはトマトみたいな味の濃い野菜が中世ヨーロッパには存在しないために薄く、パンも固い。
  必死になって咀嚼しているとソフィアにスープに漬けて食べるんですよ、と言われる。
  そうして食べると仄かに甘みが広がる。それでも食べられないことはないと言うレベルだが。
  大麦粥に至っては味を感じなかった。
  お世辞にも美味しいとはいえなかったが時代が悪いのだと納得した。
ポール「ソフィア、料理上手だろ? くぅ、結婚が待ち遠しいぜ!」
ソフィア「ポール、あまり大声で結婚結婚言わないで!」
  そう言うもソフィアは幸せそうだった。
ソフィア「式にはあなたたちも招待させてください」
緋翠「えぇ、ありがとう!」
  そこからはポールののろけ話が始まった。
ポール「で、ソフィアに間違えて水をぶっかけられてね。 狼狽える彼女に言ったんだ、君の瞳に濡れたみたいだってね」
ソフィア「ポールはセンスはダメダメだけどやるときはやる人なんですよ!」
緋翠「なるほど・・・それが2人の出会いなのね」
ポール「あぁ。だからソフィアは僕が世界一幸せにする!」
  しかし恋愛の話の何が楽しいのだろう。なんとなくうんざりしていた。
  興味なさげに聞いている俺を見てかポールは謝罪する。
ポール「あっ、すまない。 でも君たちもお似合いに見えるぞ」
鳥居「お、俺と緋翠はそんなんじゃ・・・」
ポール「僕、応援するよ。 恋愛ならアドバイス出来るぜ! こう、率直に思いを口にするんだ。君は僕のオンリーワンってね」
鳥居「だ、だから俺と緋翠はそんなんじゃないって・・・」
緋翠「2人してなんの話?」
ポール「何、男同士友情を語ってたのサ。 ね?」
  そう言いポールはウインクするも無視した。
  そして夜も遅いから、と眠ることになった。ダイヤルのパーセンテージは57%。
  増えてはいることに安心した。

〇農村
  翌日、俺たちはやることがないためポールの農作業を手伝った。
  しかしその作業は想像以上にハードだった。
緋翠「はぁ、はぁ・・・ねえ、まだこんなにあるの?」
ポール「あぁ、やらないとまた領主様に鞭打たれる。だがここは僕に任せて君たちは無理はしないでくれ。僕は慣れてるから、さ」
  俺たちは葡萄畑に水やりをしていた。葡萄は艶やかな色と甘い香りをして、とても美味しそうだったが手をつけるわけにはいかない。
  この水やりという作業に苦しめられていた。いちいち水汲み場まで木のバケツで水を汲み広い葡萄畑に水をやらねばならない。
  中世ヨーロッパは暗黒時代と言われている。
  世界史を選択した時はファンタタジーを期待していたが授業を受けて酷く落胆した。
  中世後期なら多少華やかな所もあるが今は中世初期。
  この中世ヨーロッパは西ローマが滅んでから1000年も続くことになる。
  流石に疲れて、丸太に腰掛けている間も、ポールは大麦を収穫していた。
ポール「手伝ってくれてありがとう。 今日のところは・・・ん?」
ポール「やった!──遂に、遂に! 結婚税が貯まったぞ!」
緋翠「ほんと!? やったじゃない!」

〇綺麗な教会
  そして急遽結婚式が開かれることになった。
  夕方、唐突に開かれたにも関わらず式は沸き立っていた。
「お前にはもったいない奥さんだから大事にしろよ-!」
緋翠「ソフィアさん、あまりポールを尻に敷いちゃ駄目よー!」
  ポールとソフィアは笑顔で手を振っている。
  質素ながら実に和やかな結婚式。
  ──だった。
領主「邪魔するよ」
  領主も祝いに来てくれたようだ。
  そんな甘い考えが一瞬浮かんだが周囲は途端に静まりかえった。
領主「君がソフィアか。 結構結構」
  領主は舐め回すようにソフィアを見つめる。
  思わず後退するソフィア。
領主「これより初夜権を行使する! ソフィア、着いてきたまえ」
ソフィア「!・・・はい」
  そう言えば教師が言っていた、中世ヨーロッパには農奴の妻を1日自由に出来る権利があったと。
  それが初夜権なのだろう。
緋翠「ちょっと! ソフィアさんとポールはやっと結ばれるのよ! なんで邪魔するのよ!」
領主「客人? どこに行っていたんだ? 帰ってこないから心配したよ」
緋翠「心配なんていいわよ! 手を出さないで!」
領主「私は当然の権利を使っているだけだが・・・」
ポール「お願いします!ソフィアに手を出さないでください!」
領主「なんだ、君の妻だったのか。 よし、分かった」
領主「こいつを鞭打ち30回にしろ」
  くそ、なんて横柄な・・・!
  しかし俺達には止めるすべがなかった。
  そして領主もソフィアを馬車に乗せると去っていく。
緋翠「ちょっと!逃げないでよ!」

〇牢獄
ポール「ぐぅっ・・・!」
緋翠「ちょっと! 代わりにやるから今すぐ辞めて!」
監査人「おっと、すみませんな」
緋翠「ポール、大丈夫!?」
ポール「僕はなんてことない。 だが、ソフィアが・・・!」
  涙を流して悔しがるポール。
ポール「こうなったら、あいつは・・・」
  そのつぶやきが俺たちの耳に入ることはなかった。

〇農村
  しかし悲報はこれで終わりではなかった。
  翌日、馬車が来たものの降りたのは領主一人だった。
  馬鹿な、初夜権は一日限りのはずだ。
領主「やあ、ポール、とか言ったか。 あれは反抗的なので壊したよ、すまないね」
  壊した?
  まさか殺したのか?
  しかしどのみちソフィアに幸せは待っていないだろう。
ポール「・・・」
  射殺さん勢いで領主を睨みつけるポール。
領主「ん?お前も反抗的だな。 まあいい、お前はこの手で処罰しよう」
  そう言い懐から鞭を取り出す領主。
緋翠「ソフィアさんをどうしたの!? 二人の幸せを返してよ!」
  そう言い緋翠は領主の腕を掴む。
領主「君たち、何故邪魔をする? これは私の所有物だ。 どうしようが私の勝手だろう」
緋翠「ポールは、人間は物じゃないわ!」
  その一瞬のことだった。
領主「ぐはっ・・・きさ・・・ま・・・」
  ポールは隠し持っていた刃物で領主の胸を貫き、領主はあっけなく息絶えた。
  本当に、あっけなく・・・
  ポールはたちまち連行された。
緋翠「ねぇ、ポールは・・・」
鳥居「おそらく八つ裂きの刑・・・残酷な刑罰が待っている」
  なんとも後味の悪い話だ。
  しかしダイヤルはパーセンテージが100%になっていた。
鳥居「今なら回せるかもしれない。 回すぞ・・・ ダイヤルを」
緋翠「・・・えぇ」
  俺はダイヤルの針を7から6へ合わせる。
  カチリッ
  不快なめまいがし、意識が遠のく。

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