抽象画の似顔絵師

72

良い人でいるために(脚本)

抽象画の似顔絵師

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〇新橋駅前
香織「やっぱり・・・体力・・・落ちてるんだろうなぁ」
  疲れた表情で公園のベンチに座っている女性の名前は香織。まだ若いのに体力か無い事。香織はその理由を知っている
香織「もうちょっと・・・痩せた方が綺麗だと思うし・・・」
  香織は体重を落とすために、食べることと嘔吐することを繰り返している
  いわゆる摂食障害

〇一戸建て
  香織は裕福な家庭で生まれ、一人娘として育っていった
  香織の父の職業は大学教授。特別教育に厳しい訳ではなかったが、自身でも勉強を教えたり、効率的な勉強方法等も教えていた
  香織のお母さんは専業主婦。料理、掃除を完璧にこなし、夫が仕事に専念出来るよう、家庭では細かなところまで常に気にしていた
  子供にとって恵まれた環境を作る事で、香織がすくすくと育って行く事を望んでいた
  香織は、そんな両親からの期待を幼い頃から感じていた。両親が喜んでくれるように、学校では勉強を頑張っていた
  良い行いをすると、皆から褒められる。それは両親にとっても嬉しい事につながる。そのため香織は私生活でも良い人を演じていた
  そう「良い人」を演じていたのだった

〇教室
  香織は小学校卒業後中高一貫の私立の学校に通っていた
  優秀な成績を目指して日々頑張っていたが、多くのクラスメイトも同様に頑張っていた
  香織の成績は決して悪くなかったが、クラス内で上位になる事は難しく、頑張っても思い通りにいかないことに混乱をしていた

〇学校の校舎
  香織が通う学校の最寄り駅は、別の男子高の最寄り駅でもあった
  香織の通う学校が女子校という事もあり、勉強よりもオシャレを気にするクラスメイトも少なくはなかった
  香織は学校の先生やクラスメイトにも、「良い人」を演じていた
  クラス内でダイエットが流行ると、香織もそれに便乗した

〇花模様2
  ダイエットを始めた香織は、何かに目覚めた。体重管理だけは自分の思った通りになったから。食べ過ぎた時は吐けばいいだけ
  50kgを下回った時、友人に報告すると、「凄いじゃーん」と言われ、尊敬するような眼差しで驚かれた
  勉強は勉強で頑張っていたが、それ以上に体重管理にはまっていった。一番自分の思い通りにいく事に、自信も湧いていた

〇新橋駅前
香織「これでいいのかなぁ」
  香織は疲れきっていた。そして意識が遠のいていった

〇新橋駅前
  香織は幸せな夢を見ていた。目が覚めた後、その夢の事は忘れてしまっていたが、心地よかったことはなんとなく覚えている
  夢の内容を忘れたのは、目覚めた早々、現状の把握作業かとても忙しかったから
  最初に目にしたのは白い犬。なぜ、犬
  その犬は、じっと自分の顔を見ていた・・・一人と一匹の不思議な時間が数秒、香織には数十秒の感覚で流れていた
裕那「こんにちは。その白い犬はペルー。体は大きいですが、おとなしいので大丈夫ですよ。ちなみに私は似顔絵師の裕那といいます」
  香織はさらに混乱した。また登場人物が増えた・・・
香織「似顔絵師って・・・スミマセン、依頼をした記憶・・・無いんですけど」
  心配そうな表情で、香織は周りをキョロキョロと見渡していた
裕那「こちらこそスミマセン。似顔絵については、こちらで勝手に描かせて頂きました。気分がそんな気分だったので。つい」
香織「勝手にと言いますと・・」
  裕那は空を見上げながら目を軽く閉じ、少し「何か」を考えていた
裕那「私はその方の雰囲気を描く似顔絵師なの。お姉さんが寝ていた顔を見ていて、何でそんなに大変なのかなぁと考えてしまって」
裕那「どういう風に描こうかと考えていたら、勝手にお仕事してしまいまして。ですからお代はいりません」
裕那「ただ、受け取ってください。私のへんてこりんな絵を。私、出逢いは必然だと思っていますので」

〇草原
  その絵は似顔絵というよりかは風景画に近かった。まるで童話の「北風と太陽」のような絵
  ただ、北風も太陽も戸惑っているようだった。肝心の主人公は・・・とても細い人が2人、お互いが倒れないように支え合っている
  「入」でも「人」でもなくシンクロして、棒のような人がお互い後頭部をくっつけてもたれかかっている
  北風も太陽も、何故戸惑っているのだろうか
香織「本当にタダでいいんですか」
  裕那の笑顔に送り出された、香織は家へと帰って行った

〇豪華なリビングダイニング
  特に何かを考えていたわけではなかった。ただ、家に帰るとリビングに絵を飾り、シャワーを浴びて自室で就寝した
  香織が飾った絵を見て、両親は不思議な気持ちになった
  絵のデザインがどうこうではなく、これまで香織は家の共有スペースに、自分をアピールするような物を置いた事が無かったから

〇豪華なリビングダイニング
  翌朝目が覚めた香織は、裕那の絵を見つめていた
香織「棒の人・・・これ、私だ。でも何で2人いるんだろう。私が私を支えている・・・のかな」
香織「太陽はお父さんみたい。怒ってないのに熱くて近づきにくい。でも困っているのは何故だろう」
香織「北風みたいなものはお母さん・・・かなぁ。棒人間の私達に、風を送って良いものか悩んでいるみたいだ」
  絵を眺めていると、お父さんがやってきた
お父さん「悪い絵ではないけど、悲しい絵だね。太陽みたいなものも、風みたいなものも困っている。だけど一番困っているのはこの2人だね」
お父さん「でも、2人・・・なのかな。一人が頑張って自分を支えているような」
  気まずい雰囲気・・・それは香織もお父さんも感じていた
お父さん「ごめんな香織。いつの間にそんなに痩せ細ってしまっていたのか。そんな事にもお父さん気づかないで過ごしていたんだ」
  二人の会話が聴こえていた、お母さんも部屋に入ってきた
お母さん「おはよう。2人もこの絵を見ていたのね。少し悲しい感じはするけど、いい絵だよね」
  お母さんの発言に、香織もお父さんも少し驚いた。この絵がいい絵だなんて
お母さん「昨晩、この絵を見て思ったの。私はこの「北風」みたいな絵に似ているなぁって。いつも何かに流されていて」
お母さん「それでね、北風なりに考えたの。家族を旅行に誘ってみようって。久しぶりにどうかなぁ。都心から外れた自然豊かな場所に」

〇海辺の街
  それから一週間とちょっと過ぎ、3人は久しぶりに家族旅行をしていた
  少し緊張気味の香織とお父さん。ぎこちなく盛り上げようとする「北風」のお母さん。でも何かとチグハグな3人だった
  海沿いを車で走っていた時、ぎこちない3人の目に入ってきたのは、横断歩道で手を上げて待つ一人の女の子だった
お母さん「子供はしっかりルールを守っているのに、大人になると、いつの間にかやらなくなるのよね」
  何か意図するものではなく、何気なく出た自然な一言だった
お父さん「大人になると、手を上げるのは子供がやる事だと考えて、手を上げるのが恥ずかしくなるんだよね。大人が教えたルールなのに」
  再び沈黙の時間が流れた
香織「私、毎日ご飯食べているんだけど、毎回吐いているの。そうするとね、痩せられるんだよね」
  薄々わかっていた事ではあったが、香織の口から聴くと、改めて両親ともにショックを受けた
香織「友達がね、摂食障害だよって教えてくれたんだけど、やめられなくなっちゃっていて・・・私、どうしたらいいんだろう」

〇海辺の街
お母さん「ありがとう香織。よく話してくれたわね。とっても辛かったでしょ」
お母さん「でもあなたが教えてくれたから、私達2人も一緒に協力して、これからを進んでいけると思うは」
お父さん「私も優等生を求め過ぎて、本当の香織を見てこなかったかもしれなかった」
お父さん「ごめんな、お父さんはレールだけ引いて、しっかりおまえを見ていなかったようだ」

〇時計
  摂食障害から回復するためには数年かかると言われている
  香織の経過も同様だったが、両親の協力もあり、数年をかけて無事に回復へとつながる事ができた
  後に香織は精神保健福祉士の資格を取得し、心に障害を持つ方のサポートをする職業に就いて働くのだった

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