断界七刀・エレクトラ(脚本)
〇空
天空領域ユピテリア──。
世界で一番高層に位置し、五つの巨大な浮島から形成される、繁栄を極めし国。
断界七刀───。
この世界に存在すると言われる七本の魔剣。
ただの魔剣ではなく、その刀身には精霊が宿ると言われている。
精霊はこの世界とは別の世界の住人とされ、謎が多い。
そんな欲望を掻き立てる魔剣を求め、名のある剣士や冒険者たちは世界を旅している。
剣士の間ではその名を知らぬ者がいない程の女剣士テッサ───。
彼女もまた、断界七刀を収集すべく、世界を転々としていた。
〇森の中
テッサは森の中を歩いていた。
木漏れ日が注ぎ、そよぐ風が優しく頬を撫でる。
思わず深呼吸したくなる程空気が美味い。
テッサ「ふぅ・・・そろそろ休憩を入れましょうか。 この辺りは休むのにちょうど良さそうですし」
テッサは大きな木の下に腰掛け、一息ついた。
テッサ「・・・・・・。 風が気持ちいい・・・」
木々の奏でる音色に耳を澄ましていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「『───いて〜!』 『どいてってば〜!!』」
テッサ「え・・・? さっきから、何か聞こえるような・・・?」
テッサは眉をひそめ首を傾げる。
「『もうっ!!』 『どいてって言ってるのに〜!!』」
テッサ「ひゃっ?!」
突然臀部を撫でられるような感覚を覚え、テッサは飛び跳ねるように起き上がった。
未知なるモノを見るような目で座っていた地面を凝視する。
よく見ると、細長い何かがうっすらと虹色に光り輝いていた。
そこから光の玉が生まれ、羽の生えた小さな人型を形成していく。
女の子「もう!! 危うく窒息するところだったじゃない!!」
テッサ「せ、精霊・・・!?」
女の子「見れば分かるでしょ?! これだから小動物は嫌なのよね!!」
テッサ「は、はぁ・・・」
テッサ(何だか騒がしい方ですね。 これ以上絡まれるのも面倒ですし、さっさと離れるとしましょうか)
女の子「ちょっと。 今「こいつ面倒くさっ!」って思ったでしょ」
テッサ「どうして分かったのですか?!」
女の子「顔に書いてあるわ!! 精霊を舐めないでよね!!」
本来、精霊は外界に姿を現す事はほとんどない。
その歴史と神秘性から、彼女らは自分達が至高であると信じて疑わない。
そんな彼女だが、なぜかテッサに対し親近感が湧いてくるのを感じていた。
女の子「ていうかあなた。 ちょっと反応薄くない? わたし、精霊なんだよ?」
テッサ「驚くには値しませんよ。 稀なケースだとは思いますが、精霊の姿は何度も確認されています。 断界七刀の事もありますし」
テッサは軽く息を吐き、淡々と説明した。
女の子「ふふん!! 聞いて驚きなさい!! 私がその断界七刀の一つなのよ!!」
精霊は得意気にふんぞり返る。
地面をよく見ると、細長い何かがうっすらと虹色を帯びていた。
その美しさに引き込まれる。
テッサ「はいはい。分かりました。 凄いですね」
女の子「えっ?! それだけ?!」
精霊といえば、この世界では珍しい存在だ。
目にするだけでも貴重であり、それが断界七刀の精霊ともなれば尚更だ。
テッサ「え・・・ 他に何か言う事でも?」
テッサ(・・・そんな目で訴えられても。 困りましたね。 何か言ってあげた方が良いのでしょうか?)
精霊は、今にも泣き出しそうな瞳でテッサに訴えかける。
テッサ「そうですね。 この辺りは何もないですので、餓死しないよう気をつけて下さい。 あと、夜は結構冷えると思います。 それでは」
女の子「へっ?! 何それ?! せっかく会ったのにもう行っちゃうの?!」
テッサは深々とお辞儀をすると、何事もなかったかのように精霊に背を向け歩き出した。
女の子「そんな・・・。 置いていかないでよ・・・」
女の子「うわぁーーーーん!!!」
穏やかな雰囲気をぶち壊すように、精霊の泣き喚く声が木霊した。
木の上で休んでいた鳥たちが一斉に飛び去っていく。
さすがに申し訳ない思いに駆られたテッサは、辺りをキョロキョロしながら戻ってくる。
テッサ「そ、そんなに泣かなくても・・・。 私が悪かったです。 謝りますから、どうか泣くのを止めてください」
女の子「ほんと・・・? じゃあ、わたしを連れてってくれる?」
テッサ「はいはい。 分かりましたから・・・」
テッサ「・・・・・え?」
女の子「わーい!! やったー!! 言ったからね?! にごんは無しだよ!!」
テッサ「・・・・・」
いつの間にか精霊のペースに巻き込まれていたテッサは、勢いのまま同行を承諾してしまう。
テッサ「い、今のは言葉のあやです。 そういう意味ではなくてですね・・・」
そうこうしているうちに、長刀が輝きだす。
女の子「無事けーやく完了だねっ♫」
テッサ(やはり、本物・・・ いや、だからこそ私は・・・)
勢いに押され、不本意ながら契約を交わしてしまうテッサ。
エレクトラ「そう言えば、名前を教えてなかったね! わたしはエレクトラ! 白銀の精霊・エレクトラだよ! よろしくね! テッサ♫」
テッサは、エレクトラの明るさに思わず笑みをこぼす。
テッサ「フフ。仕方のない人ですね。 こちらこそ。よろしくお願いします。エレクトラ」
こうして奇妙な出会いを果たした二人。
この出会いが、二人を壮大な冒険の旅へと導くのであった───。
〇森の中
断界七刀・エレクトラを携えたテッサは、街を目指して森の中をひたすら進んでいた。
テッサ「ふぅ・・・。 結構歩いたと思うのですが、まだ森は抜けられないようですね」
エレクトラ「もう疲れたの? テッサって体力ないんだね〜」
テッサ「これでも一日中歩いているのです。 それに、飛んでいるあなたに言われたくないです」
エレクトラ「むぅ!! 飛んでるだけでも結構疲れるんだよ?! 小さいからって生きるのが楽なわけじゃないんだよ! バカにするな!」
テッサ「いや、そこまでは言っていませんし、バカにもしていませんよ。 それに、精霊の事情なんて知りませんよ・・・」
テッサはふとその足を止める。
エレクトラ「どうしたの?」
テッサ「そう言えばあなた。 どうして私の名前を知っているのです? 名乗った覚えはないのですが・・・」
エレクトラ「あははっ!! 何だそんな事? けーやくすると主様の情報は共有されるんだ。 名前を知るなんて朝飯前だよ♫」
エレクトラは優雅にテッサの周りを飛び回る。
そして、テッサの目の前で止まりその紫水晶の瞳を覗いた。
テッサ「な、何ですか? そんなまじまじと見つめて」
エレクトラ「そんな・・・ あなたの旅の理由って・・・ なら、どうして・・・?」
何かを察したエレクトラの反応に、テッサの目の色が変わる。
テッサ「人の過去を覗くなんて、あまりいい趣味とは言えませんね」
エレクトラ「で、でもっ・・・!!」
テッサ「それ以上は口にしないで頂けますか?」
テッサは幼気な少女に向けるものとは思えない殺気立った目で、エレクトラを睨みつける。
有無を言わさぬ静かな圧力に、エレクトラはただ息を呑み頷くしかなかった。
エレクトラ「わ、分かったよ・・・ ごめんなさい・・・」
頭に血が昇っていたテッサは、ふと我に返る。
今にも泣き出しそうな表情でうつむくエレクトラ。
テッサ「申し訳ございません。 心の準備ができていなかったので・・・ あなたが悪いわけではありません」
テッサ「ただ、あまり詮索しないで頂けると助かります。 とても、心踊るようなものではありませんので」
エレクトラ「う、うん・・・ そうだよね」
エレクトラは、軽々しく記憶を覗いてしまった事を後悔した。
精霊とはいえ、その内容は衝撃的なものだったようだ。
テッサ「さあ。行きますよ。 もう少しで森を抜けられるはずです。 日が暮れてしまう前に街へ急ぎましょう」
エレクトラ「うん! そうだね!!」
元気を取り戻したエレクトラは満面の笑みで応えた。
テッサはふと歩みを止める。
テッサ「・・・何かいます」
エレクトラ「そう? わたしは何も感じないけど・・・」
突然、茂みから熊のような大型の魔物が飛び出してきた。
息が荒く、今にも襲いかかってきそうだ。
目が血走っている。
グルルルル・・・
エレクトラ「あははっ!! ほんとだ!! なんか鼻息荒いね!! おもしろーい♫」
今にも襲いかかってきそうな猛獣を前に、おどけた態度で指を指すエレクトラ。
テッサ「どうやら逃がしてくれそうもありませんね。 仕方がありません。 行きますよ。エレクトラ」
エレクトラ「はーい♫ それじゃ、ちょっと身体借りるねっ♫」
テッサの合図とともに、エレクトラは長刀の中へ消えていった。
雪のような美しい白銀の髪は、更に冷たい印象を与える青色へと変化していく。
テッサ=エレクトラ「・・・・・」
テッサ=エレクトラ「おお〜!! なにこの身体!! すっごくいい感じ♫」
断界七刀の力を100%引き出すには精霊を憑依させる必要がある。
互いの波長が合わなければ憑依は本当の意味で成功しない。
それどころか、反発し合い契約が解除されてしまう恐れもある。
本来、それくらい動きを合わせるのは難しいのである。
テッサ=エレクトラ「あははっ!! 思った通りだ! やっぱりわたし達相性いいんだね♫」
テッサ=エレクトラ「何か悔しい気もしますが、そのようですね」
テッサ=エレクトラ「あははっ!! テッサってば素直じゃないんだから♫」
テッサ=エレクトラ「さあ。さっさと片付けてしまいましょう」
テッサ=エレクトラ「はーい♫」
「グオオオーーー!!!!」
魔物は力強く大地を掴み、勢いよくこちらに突進してくる。
エレクトラは一呼吸置き、目を閉じゆっくりと長刀を構えた───。
急激な温度低下により、周囲が瞬く間に凍りついていく。
テッサ=エレクトラ「『散雪花(さんせっか)』」
一閃───。
すれ違い様に居合斬りすると、魔物の身体が裂け、一瞬で傷口が凍りついた。
魔物を凍らせた氷が弾け飛び、輝く氷の花びらとなって散っていく。
魔物は地面に倒れ大地を揺らした。
テッサ=エレクトラ「・・・・・」
テッサの姿が元に戻っていく。
テッサ「ふぅ・・・」
エレクトラ「あー!気持ち良かったー! やっぱり小動物の身体を動かすのってスッキリするね!」
テッサ「初めはどうなるかと思いましたが、あなたの言う通り私達の相性は良いようですね」
エレクトラ「ここまで気分良く使える体も珍しいよ! わたしの目に狂いはなかったって事だね!」
得意気に腰に手を当てるエレクトラは気分が良さそうだ。
テッサ「遅くなってしまいましたね。 少し急ぎますよ」
エレクトラ「はーい♫」
より互いの事を知ることで生まれた温かい感覚を抱きしめ、踏み出す二人の表情は清々しいものになっていた───。