五十七歳の地図

五十七歳の地図(脚本)

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〇居酒屋の座敷席
「えー、ではでは、 東山部長の早期退職を祝して・・・」
女性社員「・・・って、 「祝して」は失礼でしょ!? ここは「新たな門出を」とか、」
東山 急一「まあまあ、僕は気にしないよ。 さ、飲み物がぬるくなる前に乾杯と行こうじゃないか」
男性社員「では改めまして・・・」
「かんぱーい!!」
  僕の名前は東山急一。
  渋谷にある一部上場企業で、部長を勤めている。
  57歳になる今年、早期退職を決めた。
男性社員「ところで、退職した後の予定は決まってるんですか? 何かやりたい事とか・・・」
東山 急一「まあ、なくもないんだけど・・・ 妻があまり乗り気じゃなくてね」
男性社員「ひょっとして、夫婦でカフェやろうとしてるとか!? ああいうのは採算取れないって言いますから、奥様の判断は賢明かと・・・」
女性社員「バカね。 部長と言えば音楽に決まってるじゃない」
女性社員「部長は学生時代、有名なバンドマンで、 デビュー前の『尾崎』と共演したこともあるんだから」
女性社員「そうですよね、部長!」
東山 急一「共演って・・・ たまたま同じ学校で、文化祭のステージで一緒だっただけだよ。 別にそんなに親しくもなかったしね」
東山 急一「ただ、歌は当時から圧巻だったよ」
東山 急一「だから彼の歌を聞いてすぐ、音楽はスパッと諦めちゃったんだ。もう未練はないよ」
女性社員「・・・」
東山 急一「・・・まあ、今ではその判断は正しかったと思ってるよ。 就職して、素敵なお嫁さんにも出会えて、」
東山 急一「君たちのような、優秀な部下にも出会えたわけだからね」
男性社員「部長・・・」
東山 急一「だから、今日は大いに飲もうじゃないか! こんなおじさんの老後より、君たちの未来の話を聞かせて欲しいな」
  その晩、私は気心の知れた部下と、
  楽しい時間を過ごした──。

〇ネオン街
男性社員「ぐへへ・・・もう飲めない・・・」
女性社員「では部長! 私はこいつをタクシーに放り込むので、 ここで失礼します!」
東山 急一「頼んじゃって申し訳ないね。 今日はありがとうね」
女性社員「・・・あの!」
女性社員「・・・私は部長の歌、聞いてみたいです」
東山 急一「え、ええっ? 急に何を・・・」
女性社員「たとえ奥様は反対でも、今はネットで情報発信できる時代です。 やり方はきっとあります」
女性社員「だから、やりたいことをやらないのは勿体ないと思います」
東山 急一「・・・そうだね。ありがとう」
東山 急一「じゃあ、僕は ちょっと寄っていきたいところがあるから ここで失礼するよ」
女性社員「頑張ってください!」
男性社員「がんばえ~~」

〇歩道橋
  渋谷クロスタワー前──
東山 急一「・・・よお、尾崎。 久しぶりだな」
東山 急一「見ろよ、俺ももう57歳だ。 会社じゃ部長と呼ばれ、子供ももう家を巣立っていった」
東山 急一「お前はいいな。ずーっと若いままだ。 ・・・なんて言ったら、ファンの人に怒られるかな」
東山 急一「思い出すよ、あの日のこと」

〇教室
尾崎「なあ、この間オーディション受けたって言ったろ? あれの結果が来てさ」
尾崎「俺、デビューすることになった」
東山 急一「すごいじゃないか、尾崎! やっぱりお前は天才だよ」
尾崎「お前が「口だけじゃなくて行動しろ」って言ってくれたおかげだよ」
尾崎「・・・でさ、実はレコード会社の人から、君の周りで他にバンドマンはいないかって言われててさ、」
尾崎「俺、お前を推薦したいんだけどいいかな? お前はギターの腕も丁寧だし、歌声にも落ち着きがあるっていうか・・・」
東山 急一「・・・」
東山 急一「・・・ごめん、気持ちは嬉しいけど、 遠慮しておくよ」
東山 急一「お前のついででデビューしたって、それは俺の実力じゃない。 俺は俺のやり方で、大人たちに認めさせてやりたいんだ」
尾崎「・・・そっか、悪いな。 この話は忘れてくれ」
尾崎「しかし東山って、見た目のわりに結構ロックだよな(笑)」
東山 急一「見た目のわりに真面目なお前と違ってな」
「はははは(笑)」

〇歩道橋
東山 急一「・・・結局、俺はデビューできなかった あの時、お前についていってたらどうなってたかな」
東山 急一「少なくとも、周りに「バンドに未練はない」なんて嘘をつくことはなかったかもな」
東山 急一「・・・でもいいんだ。 この選択が、この俺が俺なんだ」
東山 急一「『どんな生き方になるにしても  自分を捨てやしないよ』」
東山 急一「お前が見れなかった未来を、 俺はもう少し見てみようと思う」
東山 急一「・・・じゃあな、また来る」

〇オフィスのフロア
  3か月後──。
男性社員「せ、先輩、大変です! これ見て下さいよ!」
女性社員「はあ? 私いま忙しいんだけど・・・」
男性社員「それどころじゃないですって! ほら! この動画!」
女性社員「動画・・・?」
???「さあ始まりました、 『くわえ煙草の57's map』チャンネルー!」
???「どうも! キューちゃんです!」
女性社員「こ、これって・・・」
男性社員「・・・はい、どう見ても部長です」
女性社員「まあ、イマドキ動画配信なんて珍しくないし、 こういう形の音楽活動も・・・」
キューちゃん「さあ! 今日は「目隠しde利き日本酒」ということで!」
女性社員「おいいいいいい!! 音楽は! 音楽はどこにいった!!」
キューちゃん「ということで、嫁ちゃんに日本酒を運んできてもらいましたー」
嫁ちゃん「さーて、どれがどれだかわかるかなー!?」
女性社員「嫁えええええ!! ノリノリじゃねえかああああ!!」
  これは、ルーズな生活に縛られても、
  素敵な夢を忘れやしないオジサンの物語──。
  あなたも、行く先も解らぬまま走り出してみては?
  完

コメント

  • てっきり音楽の世界に行くのかと思いきや、ネタ芸人になるとは思わなかったです。笑
    でも、なんだか楽しそうですよね!
    やっぱり人は好きなことをやってる時が輝いてるのかもしれません。

  • 何歳になっても新しいことにチャレンジすることって
    とても素敵なことだなと思うストーリーでした✨
    なにがキッカケになるかわからないものですね😌

  • こういう話好きです。未来が楽しみになるなぁ。
    夢があってがむしゃらにやるもよし、新しいことに挑戦するもよし、流れに流されてみるもよし、こういうストーリーを読むとなんだか安心感を覚えます。

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