渋谷行きのバス(脚本)
〇道玄坂
──気持ちのいい朝。
僕は井ナ頭通り沿いのバス停でいつものバスを待っていた。
(今日は1限かぁ・・・)
────。
(きたきた)
バスが停まり、扉が開く。
運転手『渋谷駅行きです』
僕はバスに乗り込んだ。
〇バスの中
平日朝にしてはすいており5、6人の乗客が座っている。
(安定の左側一人席!)
なんとなく窓の外を見る僕。
─────。
運転手『渋谷駅行き出発します』
(ん・・・?)
バスのずっと後ろの方から手を挙げて走ってくる女の人が見える。
女性「・・・ま~す!」
何か叫んでいる。
女性「乗~り~ま~す!」
女性の声が微かに聞こえてくる。
僕はちらりと運転手さんの方を見る。
(待ってあげるのかな?)
運転手『・・・』
もう発車時刻は過ぎている。
(待つにはちょっと遠すぎるかなぁ・・・)
待つか待たないかの絶妙な距離。
女性「すみませ~~~ん!」
運転手『(咳払い)えぇ渋谷駅行き~発車します』
(ドアが閉まる音)
(うん、仕方がない。 直前で扉が閉まるのはショックだから、まだ遠い今のうちに出発した方が良いよね)
(ま、次のに乗ればいいよ)
〇宮益坂
────。
(おや?)
(!!? あの人まだ走ってるぞ)
(次のバス停で乗る気だ!)
女性「ハァ・・・ハァ・・・」
女性はさっきよりも遠くに見える。
(運転手さんは?)
(気づいてる! サイドミラーちらちら見てる!)
(相当急いでるんだなぁ)
〇Bunkamura
──数分後──
Runkamura前のバス停に停まり、何人かの乗客が入ってくる。
(あの人間に合うかな・・・)
サイドミラーをチラチラと見ている運転手。
(まだちょっと距離がある・・・)
(扉の閉まる音)
運転手『発車しまーす』
(さすがに間に合わないか・・・)
バスは動き出す。
(仕方がない。運転手さんだって仕事だもんなぁ)
(きっと乗せてあげたい気持ちはやまやまなんだろうけど・・・)
〇公園通り
PARBO前の赤信号で停まった。
(これは・・・チャンス!?)
サイドミラーに映る女性は徐々に大きくなっていく。
(今回は、キタか?)
女性「ハァ・・・ハァ・・・」
信号はまだ変わらない。
遂に、女性がバスの横にゴールインする!
(おお!!)
(でも・・・)
運転手『(バス停ではないので扉を開けることはできない)』
女性「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
扉の前に立ち、息を切らしている女性。
運転手『・・・(もどかしい)』
信号が青になり、バスは発車する。
(あぁ~)
女性は諦めずに走り出す。
(まだ走るのか!!)
女性はバスと並走するが、さすがに疲れた様子で徐々にバスに差を付けられていく。
僕だけじゃない。左側の席の乗客、運転手でさえも心の中で彼女を応援している。
(頑張れ!!!!)
運転手『・・・』
心なしかバスはゆっくりと走った。
〇東急ハンズ渋谷店
次のバス停に近づいたとき、ストップボタンが押された。
──次、停まります。停留所に停車するまでそのままでお待ちください──
バスは停留所に停まったが誰も降りなかった。
「お降りの方いらっしゃいませんか?」
運転手は咳ばらいをして言った。
「発車しまぁす」
(誰かが時間稼ぎのために押したんだ・・・!!)
〇SHIBUYA109
バスが100前のバス停に近づくと、女性が肩で息をしながら立っていた。
女性「ハァ・・・ハァ・・・」
バスの扉が開く。
運転手『渋谷駅行きです・・・!!』
運転手はどこか情感のこもった声で言った。
〇バスの中
女性は息切れしながらICカードをタッチした。
女性「ハァ・・・すみません・・・ハァ・・・」
(はぁ。良かった・・・)
みんな女性の方は見ないが、心の中で彼女に拍手を送りこう叫んだ──
ナイスラン・・・!
渋谷駅まであと一駅。
一駅分だったらこのまま走っても良かったんじゃないか?
運転手『渋谷駅行き発車しまーす』
──しかし、この女性はホッとしたように僕の斜め前の席に座った。
みんなから応援されていたことなど彼女は知らない。
〇渋谷の雑踏
バスは渋谷駅に着いた。
乗客がぞろぞろと降りていく中、
僕はその女性を見た。
彼女は呼吸を整え、スタスタと降りて行った。
僕がバスを降りると、彼女の姿はもう人混みに紛れており──
プシューっと扉が閉まると、運転手も知らない運転手に戻った。
彼女は何で急いでいたんだろう。
彼女の名前すら知らないんだからわかるはずもない。
一台のバスに乗っていた乗客たちは渋谷の街へ散らばっていく。
────。
言葉を交わすことのない公共交通機関。
しかしいつも
他人同士の絶妙な距離感の中に
気持ちのやり取りが起きている。
〇渋谷駅前
──おわり──
くすりと笑いながら読んでしまいました。
「あと1つなら歩いた方が」のあたりでは、つい声を出してしまったほどです。
何より皆さんが優しくて、暖かい気持ちにさせられました。
面白かったです😆
誰も声を出さず静かに見守っている、絶妙な他人同士の距離感がリアルで面白かったです。
読みながら思わず「頑張れ!」と心の中で応援してしまい、自分も乗客の一員になったような気分でした!
読んでいてもナイスラン!と言いたくなるお話😆w
それにしても都会のバスは走れば追い付けるんですね(゜ロ゜;
自分の地元のバスだったら陸上選手でも無理なのでそこも驚きました😂