吸血鬼ハンターの油断

ヤッピー

吸血鬼を憎む男(脚本)

吸血鬼ハンターの油断

ヤッピー

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〇シックなバー
  ここは王都にある小さな酒場。
  私はここを経営するマスター。
  深夜、まばらに来ていた客も皆帰っていった。
  私は使用したグラスを洗いながら店じまいの準備をしていた。
  いつも通りの日々、いつもの作業──
  私は手を抜くことなく真摯に日常を過ごしていく。
「ギイッ──」
カルロス「・・・邪魔するぞ」
マスター「生憎ですがお客様・・・ 今日はもう店じまいです」
カルロス「いや・・・ 飲みに来たわけじゃないんだ」
  その男は静かにカウンター席に座った。
  店に入ってから座るまでの身のこなしから、私は彼が強者であることを感じ取った。
カルロス「セーラ・クロウ── この名前に心当たりは?」
マスター「・・・!」
  セーラ・クロウ──
  その名には聞き覚えがあった。
  彼女は私の店に来ていた吸血鬼ハンターで、私と吸血鬼の話を何度も交わしていた。
  彼女はここ数年姿を見せていない。
  彼女の身に何かあったのだろうか
カルロス「彼女に助言をしたそうだな。 西の湿地帯に潜む吸血鬼について」
マスター「ええ、何度か。 ・・・その様子だと、彼女は私の助言を役立たせることは出来なかったんですね」
カルロス「いいや、その逆さ」
マスター「逆?」
カルロス「彼女は見事、湿地帯の吸血鬼を滅ぼした。あんたの助言通り動いてな」
マスター「・・・そうですか。 では、彼女は?」
カルロス「死んだよ」
マスター「・・・!」
カルロス「彼女はまた別の吸血鬼に挑んだんだ。 北の雪原の吸血鬼にな」
マスター「・・・そうですか。それはとても残念です。そのことで私に恨みを?」
カルロス「いや、あんたが気に病むことは無い」
カルロス「あんたは正しい助言をしたんだ。 間違ったのは彼女の方さ」
カルロス「俺は彼女と同じように吸血鬼を追っている。だが彼女と同じような失敗はしない」
カルロス「あんたから話を聞かないという失敗をな ・・・吸血鬼には様々な力があるんだろう?」
マスター「・・・なるほど。それであなたも私から助言を聞きたいのですね」
カルロス「その通りだ。・・・まず、北の雪原の吸血鬼についてだが──」
  彼は矢継ぎ早に私に質問をした。
  私は知りうる限りの情報を伝え、彼はそれを鋭い目付きで聞き入れた。
  彼の質問に一旦の区切りが訪れたタイミングを見計らい、私は彼に質問を返した
マスター「カルロス・・・ あなたは何故、吸血鬼ハンターを?」
カルロス「ああ、それは・・・」
  彼は話を始めようとしていたが、その眼差しには少し疲れが見て取れた。
カルロス「この続きは明日にしよう。明日の夜、またここに会いに来る」
マスター「昼に来ても構いませんよ?」
カルロス「ああすまない、昼間は寝るんだ」
カルロス「獲物を狙う時は、獲物の慣習に合わせなくてはな」
マスター「ふふ、そうですか。 ではまた明日の夜に・・・」
  彼は静かに店を立ち去った。
  私は店の明かりを消し、静かに自室へと向かった。

〇シックなバー
  翌日、彼は更なる質問を持って私の元に現れた。
  昨晩の時よりも具体的に質問をし、私の知識の及ばぬことまでも質問してくる。
  質問が一段落したところで、彼は思い出したように私に別の話を始めた。
カルロス「・・・俺は幼い頃、家族を吸血鬼に殺された。全ての吸血鬼をこの手で仕留めるまで、俺は立ち止まったりしない」
カルロス「そういえば、あんたはどうして吸血鬼についてそんなに詳しいんだ?」
マスター「・・・若い頃、妻と幼い娘を吸血鬼に殺されたのです」
マスター「されど非力な私は吸血鬼に挑むことを恐れた」
マスター「・・・それでも私は、娘たちの無念を忘れられず、吸血鬼について様々な情報を調べていたのです」
カルロス「そうか・・・ だがそれは正しい行いだったな」
カルロス「あんたが俺に情報を教えてくれることで家族の仇を取ることが出来るんだからな」
  彼はぎこちなく笑った。
  私に気を遣いながらも励まそうとしてくれている。
  私も静かに微笑み返し、彼の好意に誠意を表した。
カルロス「さて、俺はそろそろ狩りに行く。 数日は戻らないだろう」
カルロス「必ず戻ってくる。あんたの情報がどれほど役に立ったのかを伝えるためにな」
マスター「ええ、分かりました。 どうかお気をつけて」
  私は足早に外へと向かう彼を見送った。

〇シックなバー
  数日後、彼は話した通り私の元へ戻って来た。
  彼は顔に新しい傷を作っていたが、満足気な表情を浮かべていた。
カルロス「あんたの助言はとても役に立ったよ。 奴が霧に姿を変えられることを知らなければ、俺は命を落としていただろう」
  彼は得意げに自らの勝利を伝えてくる。
  私はその様子に安堵した。
カルロス「だが、あんたの知らない情報が一つあるんだ」
マスター「それは一体なんでしょう?」
カルロス「奴らが霧に姿を変えている時、体の一部分だけを実体に戻すことが出来るんだ」
カルロス「暗がりの中、突然足を掴まれた時は心臓が止まるかと思った!」
マスター「それは凄いですね・・・ そして、恐ろしいものです」
マスター「奴らに不意を付かれて尚、生きていられてるとは・・・本当に運がいいお方だ」
カルロス「俺は『運』なんてものは信じない」
カルロス「信じられるのは己の知識と、血の滲むような訓練の賜物だけさ」
マスター「本当にお強いお方だ。貴方に狙われた吸血鬼の方は『運』が悪かったのでしょう」
カルロス「悪かったのは『運命』の方さ」
  彼はその後も様々な吸血鬼の話を私に聞いてきた。私は要望に応え、知識が悲鳴を上げるまで伝え続けた。
  彼は多くの吸血鬼を倒し、強大な吸血鬼ハンターに成長していった。
カルロス「今回の獲物は中々大変だった。 影に入り込むと聞いていたが、全てを照らしても現れなかったんだ」
マスター「そうですか・・・ では一体どうやって?」
カルロス「逆に光を全て消したんだ。そして小麦粉で作った煙幕を使ったんだ」
カルロス「俺は粉の揺れ方を肌で感じ取り、暗闇の中でも奴の居場所を突き止めたのさ」
カルロス「居場所さえ分かれば、俺の剣で袈裟斬りに出来る。これで俺は勝利を得たって訳だ」
マスター「お見事・・・ いにしえのシルヴァ族までも撃破するとは・・・」
  彼はますます力を付けていく。実戦で得た知識は次に生かされ、彼は比類なき吸血鬼ハンターへと成長した。
カルロス「さて、そろそろ・・・ 王都に住む吸血鬼について教えてもらおうか」
マスター「ええ、もちろんです」
  私は彼に、知りうる限界までの知識を与えた。
  かつて王都に複数居た一族は争いに敗れ、一種族のみがここにいること
  飢えていても見た目を殆ど普通の人間のまま保ち続けられること
  一度の『食事』で長きにわたって生き続けられること
  どの地域の吸血鬼よりも教養があり、高度な文明と知識を兼ね備えていること
  様々な情報と憶測を彼に伝えた。
カルロス「それは・・・骨が折れるな。 不意をつくことはおろか、見つけることすらままならない」
マスター「ええ、きっと貴方にとって最も難しい獲物となるでしょう」
カルロス「だが、俺は必ず見つけ出して仕留める。 そしてあんたに必ず報告するさ」
カルロス「そしたらまた俺に教えてくれ・・・ この大陸の外に住む、異国の吸血鬼共のことを!」
マスター「・・・!」
  私は彼の思いに答えるように頷いた。彼はきっと、世界から吸血鬼が消え去るまで戦いを続けるのだろう。
  そのためなら彼は、全ての真実を知ることも厭わないはずだ。私はそんな彼の思いに胸を打たれていた。
  私は希望に満ちた彼を見送り、静かに店の明かりを消した。

〇シックなバー
  彼はひと月経っても戻ってくることはなかった。
  遂に彼が私の店に現れた時、彼の表情は暗く、かつての輝きを失っていた。
カルロス「あんたの言う通りだった。 どこを探しても見つからない・・・」
マスター「・・・いいえ、そんなことはありません」
カルロス「何処にも居ないんだ!何処にも! 本当は王都に吸血鬼なんて居ないんじゃないのか?」
マスター「・・・」
カルロス「くそっ・・・」
  彼の目には以前の輝きは見られなかった。他の人間と同じ、取るに足らない者に落ちてしまった
マスター「・・・もう、諦めてしまうのですか?」
カルロス「無意味なんだ。居ないものを探そうなどと・・・。俺は明日、別の大陸へ向かう。この大陸に吸血鬼はもういない!」
マスター「そうですか・・・それはとても──」
マスター「残念です」
マスター「・・・」
  今日は二年振りの食事となった。
  彼は絶命するその間際に、全ての真実を知ることが出来ただろう。
  この大陸で私を脅かす別の吸血鬼の一族は全て滅んだ。少なくとも私に仇なす可能性のある強き一族は
  ・・・やはり、『運』というものは信じられる。
  私は幸運だ。質のいい食料を手に入れたと同時に、この大陸で最も恐れられる吸血鬼ハンターを仕留められたのだから
  〜〜 Fin 〜〜

コメント

  • この作品はファンタジーの世界観がとても素晴らしいですね。吸血鬼や吸血鬼ハンターという設定が興味深く、物語に引き込まれました。また、マスターとカルロスのやり取りがとてもリアルで、人間味あふれる描写が印象的でした。特に、カルロスが吸血鬼ハンターになったきっかけを語る場面は感動的でした。そして、彼がどんどん強くなっていく姿勢には、勇気と希望を感じました。簡潔ながらも深みのあるストーリー展開が、読み終わった後も心に残りました。

  • まさかのマスターが吸血鬼だったとは⋯びっくりしました

  • 二人芝居の舞台を見ているような緊張感がいいですね。マスターかハンターのどちらかがそうなんだろうと思って読んでいましたが、そう思って読んでも、それがどちらなのか今一つ決め手にかけたまま焦らされて、ラストの種明かしまで楽しめました。

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