ひと夜の甘いエチュードを(脚本)
〇明るいリビング
蓮「風呂お先に・・・って あれ、まだ書き終わらなさそう?」
葵「うん、ごめん・・・」
蓮「そっか、大変だなあ」
蓮「まあでも、仕方ない」
蓮「ウチの奥さんは人気小説家だからな」
葵「そんな、やめてよ人気とか・・・」
そう、私は主に恋愛小説を書いている小説家。
そしてこの人は私の夫の蓮。
私たちは大学の演劇サークルで
脚本担当と役者として出会い──
──意気投合して付き合うようになり、
昨年結婚した。
蓮は社会人劇団に所属し
会社員をしながら、
今もたまに舞台に立っている。
そしていま──
私は、新作の執筆中・・・
というか絶賛行き詰まり中だ。
蓮「それで?何に行き詰まってるの?」
葵「ちょっとセリフで悩んでるところがあって・・・」
蓮「そうかあ。どんなシーン?」
葵「ヒロインがアプローチされるシーンなんだけど」
蓮「ヒロインはOLだっけ?」
葵「そうなの」
葵「・・・例えば蓮なら、 どんな風に気持ちを伝える?」
蓮「え〜俺なら? もしも葵と職場で出会ってたら・・・」
蓮「『君がいつも頑張ってるの、知ってるよ』」
蓮「とか、 相手のことを見てるよってアピールしつつ 好意を伝えていく・・・とか?」
葵「なるほど!」
葵「そうだ!ちょっと付き合って!」
蓮「なんか嫌な予感・・・何に付き合うの?」
葵「ヒロインをキュンとさせるシーンの即興劇、やってみてくれない?」
蓮「え〜?そんな無茶ぶりを・・・」
葵「即興劇って劇団の稽古にもあるんでしょ? ねえ、お願い!」
蓮「確かに稽古ではやるけど・・・」
葵「あのね。ヒロインは普通のOLさんで 相手は、えっと・・・先輩!」
蓮「はあ、もう絶対やる流れなんだね」
葵「休みの日に会社のお花見をするから 2人で場所取りするの」
蓮「あれ、相手は同期って前に言ってなかった?」
葵「ええと、あの、変えたの!」
葵(本当は同期のつもりだけど、 蓮の先輩役が見てみたい!)
蓮「なるほどね、わかったよ。 うーんと・・・」
〇桜並木
ヒロイン(葵)「すみません、先輩まで一緒に準備してもらっちゃって」
先輩(蓮)「何言ってんの。 俺もまだまだ新人だし、 一緒にやるのは当たり前だよ」
先輩(蓮)「ほら、場所はここでよさそうだから準備を始めたよう?」
〇明るいリビング
蓮「みたいな?」
葵「うん!私服姿の先輩が見える! 続けて続けて!」
〇桜並木
先輩(蓮)「ほんと、こういう準備とかも 一生懸命やるのが、君のいいところだよね」
ヒロイン(葵)「そ、そうでしょうか・・・」
先輩(蓮)「うん、偉いなと思っていつもみてるよ」
先輩(蓮)「時々心配になるくらい、頑張り屋だよね」
先輩(蓮)「でもさ、もっと僕に頼っていいんだよ?」
先輩(蓮)「先輩としてはもちろんだし──」
先輩(蓮)「・・・できれば仕事以外でも、 君に頼ってもらえる権利がほしいんだけど、どうかな?」
〇明るいリビング
蓮「──みたいな?」
葵「わ〜よかったよ!キュンとした!」
蓮「ならよかったです。 はい、じゃあ即興劇終りょ──」
葵「えっと、あの!」
蓮「な、なに・・・?」
葵「実は・・・ヒロインの方が先輩 ってパターンも? アリかなって思ってて」
蓮「ええ、悩んでるのはセリフだけじゃなかった?」
葵「いや・・・設定から考え直してもいいかなと」
葵(ごめんね蓮、でも この際他の設定もやってみてほしい!)
蓮「しょうがないなあ。 ヒロインの後輩でしょ?えっと・・・」
〇桜並木
後輩(蓮)「先輩!準備から何から 手伝ってもらってありがとうございました!」
ヒロイン(葵)「楽しい会になってよかったね!お疲れ様!」
後輩(蓮)「先輩のおかげです!」
後輩(蓮)「教え上手で優しくて仕事もできて・・・ 俺、先輩のこと、すげー尊敬してます!」
後輩(蓮)「今はフォローしてもらってばっかですけど 早く一人前になれるように頑張るんで!」
後輩(蓮)「その時はもう少し・・・ 男としても意識してほしい・・・です」
後輩(蓮)「とゆーか、させますんで! 覚悟しておいてくださいね!」
〇明るいリビング
蓮「──とか?」
葵「うん!後輩もいいな〜!」
蓮「それはよかった」
蓮「ちょっとは気晴らしになった?」
葵「え?」
蓮「本当は、設定までは決まってるんじゃない?」
葵「な、なんで・・・?」
蓮「だって、いつも設定は最初に決めてるでしょ?」
葵「う、うん・・・。 実は本当は、前に言ってたみたいに同期の設定で決めてる・・・」
蓮「やっぱり。 セリフに悩んでたのは本当だけど──」
蓮「──即興劇はただ色んなキャラで キュンとさせて欲しくなっただけ。違う?」
葵「その通りです。 なんだ、全部バレてたの・・・」
蓮「ははは、君、演技の方はニガテだからね」
葵「分かってて、付き合ってくれたの?」
蓮「まあね、俺は君には甘いから。 悪ふざけに乗っかってみました」
蓮「キュンとされてくれた?」
葵「うん。ありがとう・・・。 さすがの演技力でした」
蓮「それは良かった」
蓮「まあ、奥さんのためなら? 即興劇でも何でもサービスするけどさ」
蓮「でもこういうのは、演技じゃなく ちゃんと”旦那さんとして”言わせてほしいかな」
葵「え?」
〇明るいリビング
蓮「仕事でも何でも 君がいつも頑張ってるの、俺は知ってる」
蓮「そういうまっすぐさが好きだし、 君のいいところだと思う」
蓮「俺のこと、いつも思いやってくれることも ありがとうって毎日思ってる」
蓮「でもさ。しんどい時は、ちゃんと頼ってね」
蓮「してほしいことは、言ってくれていいんだよ? 俺たち夫婦なんだからさ。・・・分かった?」
葵「はい。ありがとう・・・」
蓮「ふふ。今のは小説に使えそう?」
葵「ううん、使わない。 大事に心の中にしまっておきます」
蓮「それは光栄です」
蓮「じゃ、PC閉じて。 話の続きは寝室で・・・ね?」
葵「ええ?」
この後どうなったかは──
──それも、私の心の中にしまっておくことにしようと思う。
演技なのか本心なのか…。
第三者目線で見れば本心かな?とはわかるけど、当事者ならどう感じるんだろあなぁ。素直に嬉しく思うのかな?
旦那さんにキュンさせて欲しい奥さんがかわいかったです。
旦那さんもノリノリでやってて、言葉一つとってもキュンが詰まってますよ!
初々しさあふれる若い夫婦の、まだお互いに遠慮というリスペクトがある雰囲気が甘く伝わりました。旦那様がこうして奥様を労い励ます流れ、夫婦仲が悪くなるわけがないですよね。初心に戻り、私も可愛い妻でありたいと思いました。