イオが届ける物語

ikaru_sakae

『五月の花嫁』(脚本)

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〇朝日
  こんにちは、イオです!
  前回のエピソードから、3か月くらい、期間があいてしまいました。
  作者のikaru氏は、
  その間、いろいろ他の仕事が忙しかったりしたらしく、
  わたしもちょっぴり、このままこの企画が自然消滅するんじゃないかと、
  まじめに少し心配してました。
  でも、
  どうやら企画は継続できるみたいで。
  わたしも、ほっと安心しましたよ。
  さて。今日はちょっとめずらしく、
  ふだんの森を離れて、
  遠くの海に来ています!
  海って何か、良いですよね。
  わたし、ほんとに大好きです。
  浜辺に立って、のぼる朝日をながめていると、
  もうそれだけで、世界はぜんぶ、これでいいんだ、
  大丈夫だから。わたしもこれから、ずっとどこまでも、
  このままのわたしで、そのまま歩いていって良いのだと、
  なんだか世界に許されたみたいな、そんな気分になりますよ。
  だから好きです、海は。
  いつでもほんとに大好きです!
  さて。では、
  そろそろ、作品の紹介にうつりましょうか。
  今日みなさんにお届けするのは、
  ikaru_sakae作
  「五月の花嫁」っていう、
  原稿用紙5枚くらいの、小さな作品です。
  舞台は5月の、うららかな、
  どこか田舎の、大きな旧家
  さあ。では、始めましょう。
  「五月の花嫁」、はじまりです!

〇ソーダ
  いとこのセリちゃんの結婚式が終わって、
  親戚みんなが一ノ宮の本家に集まった。
  『いやいやセリちゃん、きれいになったよねぇ』
  『あのドレス、きっと高かったんでしょうね~』
  さっそくお酒も入って、
  みんな口々、好きなこと言って盛り上がってる。
  一ノ宮家伝統の披露宴!とかなんとか言って、
  でもけっきょくは、お酒をやりながら大騒ぎしたいだけ。
  英輔おじさんは早くもべろべろだし、
  わたしに酒臭い息を吐きかけて、
  メグも飲め飲め!とか言って、
  しつこくお酒をすすめてくるし。。
  もう! わたしまだ、中学生だって言うのに!
  いとこの修と哲はと言えば、
  さっきから、わたしの興味ない格闘技やサッカーの話題で、
  勝手に2人で盛り上がってる。
  あーあ、退屈。
  これがこのあと、夜まで続くだなんて。
  トイレに行く、とわたしは嘘をついて、
  みんなが盛り上がっている大広間から、
  こっそり、ひとりで抜け出した。
  長くて暗い和風の廊下をずっと歩いて、
  裏庭に面した明るい縁側(えんがわ)までやってきた。
  日当たりのいい、この家の古い縁側は、
  一ノ宮本家の家の中では、まだしもほっと、息がつける場所だ。
  みんなの集まる広間から離れているから、
  いつもひっそり静かなのがいい。
  毎回、法事だのなんだのでこの本家までやってきて、
  ここに集まるジジ・ババたちの長話にうんざりしたときには、
  いつもわたしは、ここに逃げてくる。
  でも今日は先客がいた。
  多恵子おばあちゃん。
  もう死んじゃった、わたしのひいおばあさんの、
  妹さんに当たる人だ。
  背中をぎゅっと丸めて、多恵子ばあちゃんは、
  日当たりのいい縁側の隅に、ちょこんとしずかに座っていた。
  「ああ、メグちゃんかい?」
  おばあちゃんは顔を上げ、にっこりその場で目を細めた。
  やれやれ。面倒なことになったなあ。
  わたし正直、多恵子ばあちゃんは苦手だな。
  耳が遠くて話しづらいし、
  話が長くて、話し出したら止まらない。
  でもまあ、またあの騒がしい、お酒お酒の広間に戻るくらいなら──
  わたしはちょっぴり覚悟を決めて、
  多恵子ばあちゃんのとなりに、そのまま座った。
  長時間の正座でしびれた足を、庭の方に投げ出して、
  両手を上にのばして、わたしは大きく深呼吸した。

〇ソーダ
  そこからながめるお庭には、小さな池や、
  苔むした石の灯篭(とうろう)なんかがあって、
  見るからに古い和風の庭って感じだ。
  奥の垣根には、ツツジがたくさん植えてある。
  「わたし、披露宴っていうのが、昔からどうも苦手だねぇ」
  わたしと並んで庭を見ながら、
  多恵子ばあちゃんが、つぶやいた。
  「お酒とか、さわがしいのが嫌でねぇ。だからさっき、
  お手洗いに行くって言って、こっそりここまで、逃げて来たのよぉ」
  「あは!なにそれ、多恵子ばあちゃん、
  それじゃまるっきり、わたしと一緒じゃない?
  わたしたち、なんだか今日は共犯者、だね!」
  わたしが笑うと、多恵子ばあちゃんは、
  そっちも、ふふっと、小さく笑った。
  「でもそういえば、
  あの日もやっぱりおんなじだったよ」と、
  多恵子ばあちゃんは、もともと少し細い目を、
  さらに細めて、なんだかまぶしそうに、遠くに目を向けた。
  「なにそれ? あの日?
  それって何? いつのこと?」
  「あの日って言うのはねぇ、そう、
  わたしがここで、結婚式を挙げた日のことよぉ。
  もうずいぶんと、昔のことだがねぇ。
  その日もね、ちょうどこういう、陽気だったのよ。
  五月のはじめの、
  いちばん気持ちのいい季節。」
  おばあちゃんは、庭の垣根の、まだその向こうのどこかを見やり、
  まぶしそうに、二回、ゆっくりまばたきをした。
  ツツジの低い垣根のむこうには、
  見慣れた山間の、田舎の景色が見えている。
  ぽかぽかとした五月の午後の太陽の下、
  山の新緑が目にまぶしい。
  あちこち山際の水田で、田植えをやっている。
  遠くの農家の黒い瓦屋根が、日差しをうけて光ってる。
  その屋根の上では、
  大きな立派な鯉のぼりたちが、山際の風の中、
  ゆったりと空に、ひるがえっていた。
  「あの日もやっぱり、お庭のツツジが一杯さいていたわ。
  遠くのお山は、ほら、山藤(やまふじ)の花で、
  うっすら紫がかって見えていたねぇ。
  お天道様が、ぽかぽかと、ほんとにあったかくてねぇ。
  風が吹くと、藤の花の香りが、どこか遠くから、
  ふんわり香ってきたっけねぇ。それから、
  それから、遠くで、
  古いやさしい田植え歌が、ずっと夕方まで聞こえていたねぇ。」
  「ねえ、それっていつの――」と、
  わたしは言いかけて、とっさにハッと口をつぐんだ。
  なぜって。誰か知らない人が、今、そこにいたから。
  薄藤色(うすふじいろ)の、とっても上品な和服を着た、
  わたしよりも、いくつか年上の女の人だ。
  その人が、さっきまで多恵子ばあちゃんがいたはずの、
  その同じ場所に座ってる。
  見とれるくらいに、きれいな人だ。
  庭に降るひどく透明な光の中で、
  その人の横顔が、
  白くまぶしく輝いて見える。
  わたしはおどろいたのと、まぶしいのとで、
  思わず目を、二回三回、ぱちぱち閉じて、また開く。
  次に見たとき──
  でも、その人は、もういなかった。
  今そこに座っているのは、
  やっぱりいつもの、多恵子ばあちゃんだ。
  しみの多い、しわしわのほっぺた。
  だいぶん薄くなった、細くて白い髪──
  ふわりと風が吹いてきて、庭の木の葉がさわさわ鳴った。
  何十年と言う歳月が、
  その風にのって、どこかにしずかに、ふわりと消えてしまったみたいだ。
  なんだか急に、さびしくなった。
  なぜだかちょっぴり、悲しく感じた。
  「ねえ、おばあちゃん、
  そろそろ戻ろっか。みんなのところに?」
  そう言ってわたしは、
  多恵子ばあちゃんの小さな肩に、
  そっと自分の手をのせた──
  ・・・・・・・・・

〇朝日
  ・・・はい。ここまでです。
  「五月の花嫁」、いかがでしたか?
  あったかい時間とか、輝いている時間とか、
  そういうのは、みんな、
  みんな、あっというまに、
  風といっしょに過ぎていく。
  だから、今、目の前にそれがあり、
  いまこの手のひらで、いま、触れることができる、今このときに、
  大事な人や、大好きな人と、
  ゆっくり時間を、過ごせたらいいな、と。
  なんだかそんな気持ちにさせてくれる、
  小さなかわいい、お話でしたね。
  みなさんの五月は、今回、どのように過ぎていったのでしょう?
  みなさんの六月は、いま、どんなふうに流れているのかな?
  みなさん、それぞれ、その場所が、
  輝く風と光につつまれた、
  すばらしい時間でありますように。
  いまこの、オンライン世界の片隅の、ほんとの隅っこからですけど、
  わたくしイオからも、
  皆さんの過ごす時間が、皆さんの大好きな人たちが、
  きれいな初夏の風に包まれて、
  何もかもが、ぜんぶほんとに、うまくいきますように。
  こっそりわたしからも、祈っていますよ!
  これから始まる、みなさんのこの夏、
  ここから素晴らしい時間が、大きくひらけていきますように。
  今日は長い時間、一緒にここにいてくれてありがとう。
  じゃあまた、次に、会える時まで。
  みなさんも、元気でお過ごしください!
  『イオが届ける物語』、
  今日はこれにて、終わります。
  ではでは、またね。
  ばいばい!
  ・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・

次のエピソード:『竜の泉(前編)』

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