エピソード1(脚本)
〇古いアパート
とあるアパート
朝、男子高校生が母親の声で目覚めた
〇ダイニング(食事なし)
「悠人、おはよう。もう時間よ」
「う~ん、おはよう」
〇木造の一人部屋
悠人は、時計を見た
「―もうこんな時間か―」
悠人は、朝の支度を手早く済ませた。
〇ダイニング(食事なし)
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
〇古いアパート
悠人の一日は時間通りに進んでゆく。
毎日がルーチン化している。
8時ちょうどに家を出て学校へ行き、
夕方5時には帰宅する。
5時には、というより
5時ちょうどに家のドアを開ける。
7時にお風呂に入り、10時に布団に入る。
〇木造の一人部屋
「早く寝なさい」
「はーい」
いつもと変わらない1日が過ぎてゆく。
悠人は別段几帳面という人間でもない。
ただ、
いつも時間通りに1日が過ぎていった。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
「おっといけない」
悠人はおもむろに起き上がり机に向かった。
机上には、可愛いキャラクターの描かれた包装箱に乗った目覚まし時計と、若い女性の写真が置いてあった。
「おやすみ」
〇古いアパート
その日は、大学の入試の日だった。
〇木造の一人部屋
悠人は机上の写真に話しかけた。
「今日は早く家を出ないといけないんだ」
「頑張ってくるよ。 僕自身やり切ったと思えるくらいやり切ったよ。 自信あるけど、応援してね・・・」
「じゃあ、行ってくるよ」
〇古いアパート
悠人が玄関のドアを開けると、冷気が頬をなでた。
〇空
空には、はるかかなた水平線からこぼれでたであろう太陽の光を受け止めた大きな雲があった。
10年前のあの日と同じ光景だった。
〇病室のベッド
ママ「ごめんね、ゆうと。なにもしてあげられなくて」
病院のベッドの上で母が小さくつぶやく。
悠人「何言ってるの?これからも、いろんなことしてよ!」
ママ「ネネおばちゃんの言うこと、よく聞いてね」
悠人「いやだ、ネネおばちゃんなんてイヤだ」
ママ「そんなこと言わないで。ネネおばちゃんはママの大好きなお姉ちゃんなんだから」
悠人「でも・・・いやだ」
〇病室のベッド
僕はぐずったまま、母のベッドで眠ってしまった。
〇病室のベッド
朝、けたたましい靴音と会話に起こされた。
僕は、茫然としていた。
何もわからない、分かりたくもなかった。
病室の窓越しに見えた雲は、
下の方だけ焼けていた。
〇レトロ
数日後、伯母から『ママからのプレゼント』と言われ、小さな箱を渡された。
それは、小さな目覚まし時計だった。
添えられた紙には、母の文字がのっていた。
悠人 ありがとう。
ママは いつも悠人がいてくれて うれしかったよ。
悠人は がんばりやさんだから 大きな がっこうへ行って りっぱな おとなになってね。
べんきょう おうえんしてるね。
それと おじかん ちゃんとまもろうね。
おじかんを まもれる人は すてきな人になれるよ。
だから ママから かわいい とけいさんを
ぷれぜんとしてあげるね。
なかよく してあげてね。
悠人 ほうとうに ありがとう。
悠人のママで ほんとうに うれしいよ。
〇時計
悠人は、中学卒業まで伯母の家で育てられた。
そして、母の残してくれた財産と伯母の援助で高校入学前にアパートに移った。
〇木造の一人部屋
初めての一人暮らし。
机の上に最初に取り出したのは、目覚まし時計だった。
悠人(まずは、アラームを合わしとかないとな)
悠人は、箱の中から目覚まし時計を出した。
色褪せた可愛い時計とともに黄ばんだ紙が机に落ちた。
悠人(取説もこんなに黄ばんじゃったな。 もう、破れかけてる。テープを貼っときゃなきゃ)
取扱説明書など読んだこともないし、無くてもかまわないんだが捨てることに抵抗があった。
悠人は 取扱説明書を優しく広げた。
何気なく取説の文章を見ていると『音声入力』という文字が目に入った。
悠人(自分の声も録音できるのか)
悠人(なになに、アラーム音を押して⑤~⑭を選ぶ)
悠人(そして、メモリーを押して声を吹き込む。再度、メモリーを押して終了、か)
悠人は、アラーム音を押し続けて⑤を選んだ。
そして、声を吹き込もうとメモリーを押そうとした瞬間、悠人の視界が流れ落ちていった。
悠人「ママ、ママの「おはよう」だ」
〇時計
悠人はもう一度アラームを押した。
アラーム⑥。
「行ってらっしゃい」
母の声がスピーカーから流れ出た。
悠人はスイッチを押し続けた。
ママ「お帰り」
ママ「お風呂の時間よ」
ママ「もうすぐご飯にしようか」
ママ「いただきます」
ママ「ごちそうさま」
ママ「明日の準備はできた?」
ママ「今日も頑張ったね、早く寝なさい」
ママ「おやすみなさい」
〇空
悠人は玄関のドアを閉めた。
そしてドアに向かって大きく語りかけた。
「行ってきます」
あの日と同じ空が、悠人を見守っていた。
おしまい
悠人の1日の行動がルーチンなのではなく「亡き母の声を聞く」ことがルーチンだったことが分かった瞬間、切ない思いがこみ上げてきました。時空を超えて毎日鼓膜を揺らす声のプレゼントは、彼の今とこれからの人生を支える大きな拠り所となるんでしょうね。
冒頭では、悠人くんは学生なのに時間にキッチリしているなー、という感じで読み進めていたのですが、その理由に驚きです。母子の愛情、目頭が熱くなりました……