エピソード35(脚本)
〇簡素な一人部屋
本田ヨシオ「失礼する」
及川マスミ「失礼します」
本田と及川の二人は間に俺を挟む形で部屋に立ち入った。
俺にとっては学園内で唯一のプライベートな空間だが、
元より杜ノ宮学園の寮には月二回の定期的な検査があるので、実は教師を入れるのはこれで三度目である。
生徒からすれば自分の縄張りに他人を入れるのだから、今回の嫌疑に関わらず教師達の検査を歓迎することはなかったが、
学園側としては最低限とはいえユニットバスやキッチンなどの水場と火の元を備えた部屋を未成年者に貸し与えているのである。
保護者の代理として見回るのは当然の義務だった。
本田ヨシオ「ここを開けてみせてほしい」
「・・・わかりました」
通常の定期検査では備え付けのタンスの中までは見ないが、今回は靴の窃盗嫌疑が掛けられている。
俺は隠し場所になりそうな場所の開示を求められ、それに応じた。
本田ヨシオ「では、ここも」
「ええ」
タンスに続いて机とベッド下の収納も指摘されるが、元より私物の少ない部屋であるし、嫌疑自体が濡れ衣である。
俺は淡々と要求に応える。もっとも、日記を保管している抽斗(ひきだし)を開けた際は俺の心も穏やかでいられなかったが、
本田達が探しているのは女子生徒の靴である。
この時代では紙の日記帳は既に珍しい存在だが、内容を聞かれるようなことはなかった。
本田ヨシオ「異常はないようだな・・・」
続いてユニットバスの脱衣所とキッチンの下等、部屋のあらゆるところを調べ回った本田だったが、残念そうに結論を告げる。
もちろん、俺は本田が怪しい動きを示さないか最新の注意を払っている。
具体的にはどこかに隠し持った靴を俺の部屋から見つかったように工作することを恐れていた。
万が一、本田が漏えい事件の黒幕なら、俺を靴盗難事件の犯人に仕立てあげれば、俺の信用はゼロとなる。
そうなれば、これまでレイと一緒に調べ上げた漏えい事件に関する証拠や推測が学園に取り上げられることはなくなるだろう。
及川マスミ「一応、この中も調べましょうか?」
本田の反応に対して及川が玄関先に無造作に置かれていた青い袋を指摘する。
それは授業中に洗濯が終わって戻ってきたばかりのランドリー袋だった。
〇簡素な一人部屋
本田ヨシオ「良いかね?」
「ええ、どうぞ」
下着等の特にプライベートな部分が含まれているため、同性である本田が俺の許可を得てから袋の口を開ける。
正直に言えば、他人に洗濯物を見られたくはないが、はっきり白黒つけて早く部屋を出て貰いたかった。
本田ヨシオ「・・・まさか・・・ここにあったとは・・・」
直ぐに納得するだろうと思われた本田はそう呟くと、中から靴を取り出して玄関先に並べる。
それも一足だけでなく、同サイズと思われる学園指定の革靴を合計三足だ。
「そ、そんな馬鹿な! それこそ自演・・・」
その事実に俺は本田が自分を陥れるために靴を持ち込んだのだと指摘しようとするが、途中でその訴えを飲み込んだ。
本田は長身で痩せ型であり、オーダーメイドと思われる身体に合ったスーツを着ている。
そんな体型で隠し持てるのは、せいぜい片足一個分程度だろう。三足分となるとどんなトリックを使ったとしても物理的に不可能だ。
三足分の靴は最初から袋の中に存在したと判断するしかなかった。