エピソード5 窃盗謝(せっとうしゃ)(脚本)
〇黒
きっかけは、ほんの些細な出来心からだった。
〇電車の中
坂頭 優「・・・・・・」
満員電車で、目の前の人はスマホに夢中
そして鞄のチャックは空いていて、
少し手を伸ばせば、すぐにでもポーチが取れそうな位置にあった。
坂頭 優(誰も見てないな・・・)
別にそのポーチが欲しかったわけではない。どうせ入っているのも化粧品がせいぜいなのはわかっていた。
でも、なぜか俺の手はそれを盗んでいた。
〇改札口前
でもすぐに要らなくなった。
当然だ。こんなもの持っていても仕方がない。なので
坂頭 優「お姉さん、これ落としましたよ」
乗客「え?」
乗客「あれ? 本当だ。何でだろう?」
坂頭 優「鞄が空いていて、はみ出していたんです。落ちそうだなとはずっと思っていたんですが」
乗客「そ、そうだったんですか」
乗客「あの」
坂頭 優「はい?」
乗客「ありがとうございます」
妙な高揚感を覚えた。
感謝されたのなんて何年来かもわからないし、それに優越感もあった。
俺に盗まれたとも知らず、素直に礼を告げる。
その無邪気さに、ほの暗い笑いが込み上げてくる。
まるで自分が全てを操っているかのような、そんな優越感に満たされた。
〇休憩スペース
常世 零「やっぱり坂頭さんだが、あまり信じない方がいいかもしれん」
来栖 誠司「なんだよ、藪から棒に」
常世 零「その、この前──」
来栖 誠司「あーあーあー、おじいちゃん。食べ零してるよ」
おじいちゃん「おお、すまんなぁ」
おじいちゃん「ところで、ワシの飯はまだかいのぉ」
来栖 誠司「じゃあ、今何食べてると思ってるの?」
俺たちは今、老人ホームで介護のボランティアに参加している真っ最中だった
常世 零「なぁ、来栖」
来栖 誠司「何だよ、お前も飯か?」
常世 零「違う。そうじゃなくて──」
おばあちゃん「いやぁ、あんた本当に男前だねぇ」
常世 零「え? いや、あの」
おばあちゃん「若いころの旦那にそっくりだわ」
常世 零「はぁ、ありがとうございます」
おばあちゃん「どうだい。この後、私の部屋にでも」
常世 零「いえ、遠慮しておきます」
おばあちゃん「やぁねぇ、最近の若い子は」
おばあちゃん「草食系というのは本当なのねぇ」
来栖 誠司「全くですねぇ」
来栖 誠司「常世。お呼びなんだから行ってやれよ」
おばあちゃん「あんたでもいいわよ」
来栖 誠司「え、いやぁ、遠慮しておきます」
〇渋谷駅前
来栖 誠司「はぁ、疲れた」
来栖 誠司「なんであんな癖の強い人ばかりなんだよ」
常世 零「年をとっても楽しむことを忘れない」
常世 零「立派なことだろ」
来栖 誠司「まぁね」
来栖 誠司「それでさ、俺に何か用か?」
来栖 誠司「さっきからやたらと話し掛けようとしてるだろ」
常世 零「ああ、実はな」
来栖 誠司「お、あれは」
来栖 誠司「坂頭さん!」
来栖 誠司「おーい!」
常世 零「お、おいちょっと待てって!」
〇広い改札
来栖 誠司「あれ? この辺来たと思ったんだけどな」
来栖 誠司「見失っちゃったや」
常世 零「はぁ・・・はぁ・・・」
常世 零「ちょっと待てよ、来栖」
来栖 誠司「おう? なんだ?」
常世 零「坂頭さんのことだけどな──」
見ると、女性が階段から落ちていくところだった。
「まずい!」
今から向かっても間に合わないのはわかり切っていた。
それでも諦めまいと駆け出そうとしたところで、
坂頭 優「おっと」
坂頭さんが彼女を受け止めた。
坂頭 優「危なかったね」
乗客「あ、えっと」
未だに困惑から抜けきらない彼女だが、次第に状況が呑み込めてきたようで
乗客「はい・・・」
乗客「ありがとうございます」
坂頭 優「礼には及ばないよ」
来栖 誠司「さっすが坂頭さん!」
来栖 誠司「なぁ?」
常世 零「・・・・・・」
来栖 誠司「常世?」
常世 零「待て!」
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