抽象画の似顔絵師

72

優しいヒナ鳥(脚本)

抽象画の似顔絵師

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〇風
白い犬「吾輩は犬である。名前はペルー。一緒に生活をしている人間、裕那がつけた名前である」
白い犬「とはいえ、先に裕那を人間の世界に送ったのは神であった時の私だ。児童施設を出た後、面倒を見る為に後から生まれたのが私である」
白い犬「私は裕那に、学んで欲しくない感情からは遠ざけるよう、出逢いの時期を考えて、犬として生まれたのだ」
白い犬「ただし私は神の時の記憶と力を少し持っている。犬として裕那を守るためには必要な力だからだ」
白い犬「裕那には人との出逢いと別れから、気持ちの豊かさを学んでほしいと思っている。私の役目はその出逢いを少しだけサポートすること」
白い犬「しかし今のこの状況。素直に受け入れられない私もまた、学びが必要なのかもしれない」

〇新橋駅前
萌歌「お姉ちゃん、このワンちゃんおりこうさんだね。さっきからたくさんナデナデさせてくれるから、モカとっても嬉しかった」
  東京で独り暮らしを始めた裕那。都心の街中で似顔絵を描いて生活している
  児童施設を出た後、都心で出会った異国の女性に、白い犬を委ねられた
  一緒に過ごして世話をする事に決めたが、なぜかその日から、生活に関する不自由がほとんどなくなった
  あまり食事を摂らなくても元気で過ごす事が出来、お風呂に入らなくても洗濯をしなくても、不思議と毎日きれいなままでいられた
  雨の日には白い犬が、空き家を探して連れて行ってくれている。裕那はその不思議な犬に「ペルー」という名前をつけた
  幸せを運んでくれる白い犬。私に委ねてくれた女性の母国を名前にすることにしたのだ

〇新橋駅前
  生活に必要なお金はいつもギリギリだったが、不自由することはなかった
  この日のお客さんは小学一年生の女の子。無料で描かせて欲しいと言って、自分から誘ったお客さん
  お客さんに選んだ小さな女の子の名前は「萌歌」。可愛らしい笑顔に重い悲しみを感じたのは何故だろう
  裕那は自分の感じた悲しみの理由を絵にする事で、萌歌の何かを変えられると感じ、絵を描かせてもらう事の相談したのだった

〇アート
  裕那は自身の成長と共に、絵の描き方も変化をしていた。クレヨンと色鉛筆からアクリル絵の具へと
  乾きが早く、立体的にも描きやすい絵の具は、抽象画で似顔絵を描く裕那にピッタリとはまったのだった
  それでも絵の具が乾くまでには時間がかかる
  その時間、お客さんはペルーに声をかけたり、体を触ってみたりしている
  お客さんと程よい関係を築くのが上手いペルー。おかげで絵の具の乾く時間はあっという間に過ぎていく
  絵が乾いた後、お客さんに絵を確かめてもらい、紐で取手を付けた厚紙に絵を挟んでお客さんに手渡す。そこまでが裕那の仕事だ

〇新橋駅前
  絵を見せてもらった萌歌はちょっとビックリした
萌歌「私はこの絵、大好きだけど、お姉ちゃんってあんまり絵は上手じゃないかもしれないよ」
萌歌「でもありがとう。多分この絵はずっとずっと大切にすると思うから。いつかちゃんとお金も渡しに来るから。ありがとう」
  相手の心の中を見て、自分の思うがままに描く裕那の抽象画。小学一年生の萌歌が理解するには難しくて当然
  それでも大切にすると言ってくれた萌歌の言葉。その日の裕那にとっては充分な報酬となった

〇アパートの玄関前
  家に着いた萌歌。ドアを開ける前にはいつも呼吸を整えて、心の中でお願いをする
  ママがいますように
  ママがいますように・・・と
  お義父さんじゃありませんように・・・
  ポケットから取り出した鍵でゆっくりドアを開ける

〇アパートのダイニング
  家に居たのはお義父さんだった
  パーン ! !
  萌歌が頬を叩かれた事に気がついたのは、叩かれた少し後になってから。あまりにも急だったから
  今日はどんな悪い事をしてしまったんだろう。頭の中では何かがぐるぐる回っている
お義父さん「お前、何時だと思ってるんだ 俺はお前が帰ってきたら、缶コーヒーを買ってきてもらおうと考えてたんだ」
お義父さん「なのになぜお前は、俺の考えを裏切る事をするんだ。なぜお前は毎日俺を苛つかせるんだ・・・」
  最初の言葉以外、頭の中には入ってこない
  ただ言われている言葉は毎日言われている言葉の数々
萌歌「おとうさんゴメンナサイ。私が悪い子でゴメンナサイ。私が悪い子でゴメンナサイ・・・」
  いつも失敗ばかり。怒られるのは自分が悪い子だから。良い子だったら怒られないはずだからと、萌歌は必死に考えていた

〇アパートのダイニング
加奈子「ただいま」
  ママの加奈子がドアを開けた瞬間、厚みのある週刊漫画雑誌が飛んできて、加奈子の腕に直撃した
お義父さん「なんで今日は親子揃って帰りが遅いんだ。せっかく今日は仕事が早くも終わって帰ってきたのに」
お義父さん「お前らは誰のおかげで生活出来ていると思ってるんだ」
加奈子「ゴメンナサイ。あなたの気に障るような事をしてしまって。許してください」
  お義父さんとママが出逢う前、萌歌達はとても貧しい生活をしていた。お義父さんとの生活が始まると、貧しさからは抜け出せた
  でも、笑い合うこともなくなった
萌歌「ママを・・・いじめないでください」
  萌歌は声を絞り出した
お義父さん「偉そうな事を言うな〜」
  萌歌の頭は揺れ、そして記憶を失った
  怒って投げた目覚まし時計が萌歌の頭にぶつかったのだ

〇病院の待合室
  救急車を呼び、加奈子が付き添って病院に行った
  気が動転していた加奈子。なぜか萌歌のランドセルを持ってきていた
  中を見ると、見慣れない2枚の厚紙が入っていた。その片面にはメッセージが書かれていた
  「萌歌ちゃん、しあわせになってね」と
  厚紙には一枚の絵が挟まっていた
  白く輝く鳥のヒナのような絵だが、ヒナはところどころ傷ついていた。ヒナの後ろにはピンク色の玉子があった
  誰かの気を引く為に艶やかになったようなピンク色。まるで自分のようだった。そして玉子を囲う巣のような物
  濃い青と紫色が色混じり毒々しく見えた。ピンク色の卵なようなものの一部も色が移り始めていた。巣はまるで夫のようだった
  加奈子はふと我に返った。このヒナは萌歌。自分のために夫の暴力にも耐え、必死に自分を守ろうとしていたのだ

〇病院の診察室
加奈子「先生ゴメンナサイ、さっき私は萌歌が転んだと言って嘘をつきました」
加奈子「本当は夫に暴力を振るわれたのです。萌歌を助けてください。夫から助けてください。お願いします」
  実は救急車で運ばれた後、医師から原因を聴かれた時、家庭の事を知られたくないと思って嘘をついたのだった
  しかし裕那が萌歌に渡した絵を見て、自分が萌歌を守らなければいけない事に気がついたのだった
  医師は萌歌の頬の赤み等から、最初に聴いた母の言葉に違和感を感じていた
  しかし加奈子の話しを聴いて、急遽市役所等へ連絡。二人を緊急に保護してもらい、そのまま別の地域へと移してもらった

〇綺麗なキッチン
  傷の癒えた萌歌と加奈子は新しい道に移っていった。萌歌の義父は児童虐待を行ったとして警察から取り調べを受けていた
  手元にあった荷物で急いで逃げた二人。アパートには足りない物も多かった
  裕那から貰った絵も持ってきていたが、急いでいたこともあり、絵の具はかなりかすれてしまっていた
萌歌「ママ、この鳥さんみたいなの、ママに似ているね」
  絵の具がかすれた裕那の絵は、最初に見た時とかなり変わっていた

〇幻想2
  ヒナ鳥のような絵は傷が羽のようになり、成長したかのようだった。ピンク色の玉子の色も薄れて、桃のような色合いになっていた
  毒々しい巣の色も暗い色が削られ、ターコイズブルーになっていた。澄んだ水のように

〇綺麗なキッチン
  まるで絵の中の二人の立場が入れ替わったようだった
  生活をするには、まだまだ足りない物ばかり。加奈子は新しく仕事を探さなければならないし、萌歌も学校を転校することになった
  決して恵まれた環境ではないが、二人は幸せな生活か始まる事を実感していた
  それは不思議な絵が?二人を応援してくれているから

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