告解③恩讐ノ輪(脚本)
〇炎
コレット「や、やめてッ・・・!」
コレット「どうか、この子だけは・・・!」
コレット「どうか、どうかッ・・・!」
〇黒
コレット「もう、奪わないでッ・・・!」
〇教会の控室
アン「おはようございます」
ロイド「アン」
ロイド「おはようございます」
アン「うなされておられたようですが」
ロイド「アンドロイドは夢を見ません」
アン「ですが──」
ロイド「これはメモリーの整理機能です」
ロイド「不要な記録を整理していたのです」
アン「思い出したくない記憶を消して おられたのですか?」
ロイド「いえ」
ロイド「思い起こしたくない記録こそ 留めておくのです」
〇空
ロイド「消してしまえば、何も残りませんから」
〇田舎の教会
セラ「おはようございます、ロイド神父」
ロイド「おはようございます」
セラ「こちら、本日収穫したものです」
セラ「この時期のベリーは風味がよろしいのです」
ロイド「ありがとうございます」
ロイド「有り難く頂きましょう」
アン「セラ様」
セラ「アン」
セラ「しばらく見ないうちに美人になったね」
アン「ふふ、ありがとうございます」
アン「セラ様はお変わりないようで」
アン「探し人とは会えましたか?」
ロイド「アン、頂き物を」
アン「まあ、立派なベリーですね」
アン「先日頂いたバターがありますので タルトがよろしいでしょう」
アン「生地の塩味がベリーの酸味を 引き立ててくれることでしょう」
ロイド「名案です」
ロイド「今晩にも準備しましょうか」
ロイド「食べ切れない分はジャムにしましょう」
アン「はい、神父様」
〇教会の中
〇黒
ロイド「神の慈悲を信頼し、貴方の罪を 告白なさってください」
セラ「僕は復讐を果たしました」
セラ「ですが、心が満たされないどころか」
セラ「悪夢に苛まれるばかりなのです」
セラ「この身に流れる血潮は不浄なる怨念に 穢されてしまったのでしょうか」
セラ「慈悲深き神よ、豊かな憐れみによって 私の罪を赦し、我が心をお清めください」
ロイド「神は常に貴方の行いを見ておられます」
ロイド「しかし、貴方の心まで見通すことは」
ロイド「たとえ万能の神と言えども 叶わぬことでしょう」
セラ「神であろうと、でしょうか?」
ロイド「神だからこそ、です」
〇白
ヒトとアンドロイドが異なるように
神もまた我らとは異なるのです
行いだけ見れば
復讐とは無意味かつ浅慮な愚行
しかしながら
貴方の怨念、無念、想念が見えぬ以上
貴方の罪を赦すことも罰することも
できません
この場は法廷ではありません
懺悔の場です
貴方の心に寄り添うことこそ
神の御心なのです
〇黒
セラ「僕は、赦されざることをしました」
セラ「愛する者を──手にかけたのです」
〇荒廃した市街地
20年前、僕は戦災孤児となり
知り合いの家を転々としておりました
その胸に復讐の念だけを抱いて
僕の父親は出兵し帰らぬヒトとなりました
そして、母親は──目の前で殺されました
アンドロイドの手によって
〇モヤモヤ
神父様の御前で口にすること
どうかお赦しください
僕にはあの感情のない瞳が
おぞましく感じられるのです
ヒトの命をモノのように扱うあの姿が
まるでヒトがアンドロイドを
モノ扱いするかのように
復讐を果たさんとしているように
思えるのです
僕は母親を手にかけたアンドロイドを
探し続けました
それだけが僕に残された母親との
繋がりだったからです
それしかもう、残っていなかったのです
〇西洋の街並み
そんな折、僕はこの街を知りました
機工都市【ノーザンハイツ】
またの名を──実験都市
戦後、不要になった戦闘型アンドロイドは
その多くがこの街に廃棄されたと
耳にしました
アンドロイドの可能性を見つけるため、と
国は説明しておりますが
敗戦国ゆえ、相手国の言いなりと
なったのでしょう
この街はアンドロイドの廃棄場です
夢も希望もございません
ですが
僕はこの街から一縷の希望を見つけ出さんと駆け回りました
そして、見つけました
それがエメです
〇怪しげな酒場
彼女は酒場の給仕を務めておりました
ターコイズブルーの艷やかな髪
水底のように深く、昏い瞳
見間違えようはずもございません
彼女こそ母親の仇であると
直感的にそう思いました
僕は殺意をもって彼女に近づきました
しかし
彼女はとても隙だらけで
まるで首を差し出しているように
思えました
エメ「ご注文はお決まりですか?」
セラ「ビ、ビールをひとつ」
エメ「どうぞ」
この地のホップはとても芳醇で
僕は初めてお酒で良い気分というものに
なりました
安堵したのかもしれません
これで僕の旅は終わりだ、と
最期だ、と
〇怪しげな酒場
酔い潰れた僕の傍には彼女がいました
まじまじと顔を見つめる僕に対し、彼女は
エメ「ごめんなさい」
エメ「貴方の顔はメモリーにないの」
と言いました
初期化されたのでしょうか
真偽がどうであれ、僕は迷いを覚えました
何も憶えていない彼女に復讐を
果たしたところで
心の靄(もや)は晴れるでしょうか
僕は──
右手の力が抜けてゆく感覚を抱きました
〇怪しげな酒場
それからというもの
僕は酒場に通い詰めました
彼女はまるで生まれ変わったかのように
あの日の残忍さは微塵も感じられません
でした
少しでもあの日の面影を見つけよう
ものなら
刺し違える覚悟がございましたのに
〇空
僕の復讐は果たされぬまま
この街へ来てからひと月が経っておりました
〇怪しげな酒場
僕はとうとう彼女に訊ねました
セラ「貴方が僕の母親を殺したのですか?」
エメ「ごめんなさい」
エメ「やっぱり該当する記録はないみたい」
セラ「殺した人間も憶えておられないのですか?」
その後、彼女は曖昧な笑みのまま
くるりと背中を見せました
エメ「不要な情報なので」
僕は愕然としました
そして──
モーター音が鳴り止んだ室内は
とても静寂で
ヒトの姿はどこにもございませんでした
感情のまま命を奪う者は
ただの殺戮者で
あの日のアンドロイドと
何も変わらないのだと実感しました
〇怪しげな酒場
僕はエメに恋をしておりました
意地の悪い笑みも
天真爛漫な性格も
酔っ払いを深夜まで気にかけてくれる
優しさも
全て機械的なアルゴリズムだと
存じておりますのに
彼女と話していると心穏やかになって
怨念が解されてゆくようでした
〇モヤモヤ
なので──決行したのです
決心が鈍らないように
僕の存在意義(レゾンデートル)が
無くならないように
〇教会内
アンドロイドを手にかけたところで
この国では罪に問われません
罰さえあれば、僕の心は解されていたことでしょう
誰にも赦されぬことがこの上なく
苦痛なのです
〇黒
ロイド「彼女が戦闘用アンドロイドであることは 確かでしょう」
ロイド「該当の機体をデータベースに見つけました」
セラ「やはり・・・」
ロイド「アンドロイドは不要な記録を整理します」
ロイド「しかしながら」
ロイド「データベースに接続すれば 削除データは復元できます」
ロイド「戦闘用アンドロイドは戦闘データを 常に保存しているのです」
セラ「でしたら、何故彼女は・・・?」
〇怪しげな酒場
感情をもたないアンドロイドにとって
復讐は無意味だからでしょう
現に貴方は決心が揺らぎました
彼女は
彼女の存在意義を変えたのでしょう
ヒトを殺める兵器から
ヒトを支える給仕へと
〇黒
セラ「彼女は僕を復讐から解放しようと してくれていたのですか?」
セラ「なのに、僕は」
ロイド「犯した罪は消えません」
ロイド「ですが」
ロイド「貴方の行為が赦されざるものだとしても」
ロイド「彼女は貴方を赦しました」
ロイド「貴方の怨念を受け止めました」
ロイド「ならば、神もまた貴方を赦すでしょう」
セラ「エメ・・・!」
セラ「慈悲深き神よ、豊かな憐れみによって 私の罪を赦し、我が心をお清めください」
ロイド「神の御名において、貴方の罪を赦しましょう」
セラ「アーメン」
ロイド「神に立ち返り、罪を赦されしヒトは 幸せです」
ロイド「ご安心ください」
セラ「ありがとう、ございました」
〇教会の中
セラ「神父様、本日はありがとうございました」
ロイド「彼女のことを偲ぶのであれば 懐の刃は留めておくことです」
セラ「やはり神父様には全てお見通しなのですね」
ロイド「神父だからではありません」
ロイド「アンドロイドだからです」
セラ「彼女を失った今、僕にはもう何もありません」
セラ「全部、終わりました」
セラ「ですから──」
ロイド「果たして、本当に終わったのでしょうか?」
セラ「え?」
ロイド「20年もの前の記憶に信憑性など ありますでしょうか?」
セラ「何を言って──」
ロイド「本当に彼女が貴方の仇だったのでしょうか?」
ロイド「私の顔をご覧ください」
ロイド「何か、思い出さないでしょうか?」
セラ「神父、様を・・・?」
〇荒廃した市街地
〇炎
〇黒
〇教会の中
セラ「あの日、あの場所に、神父様が・・・?」
セラ「エメよりも先に、僕たちの目の前に」
セラ「ならば、母の、仇は──」
セラ「・・・仇」
セラ「母さんの、仇ィ──!」
アン「神父、様・・・!」
セラ「アンッ・・・!?」
ロイド「何故・・・?」
アン「お収め、ください」
アン「ここは、神に祈りを捧げる場です」
アン「どうか、どうか・・・!」
アン「もう、奪わないでッ・・・!」
〇黒
コレット「もう、奪わないでッ・・・!」
〇教会の中
セラ「あ・・・ああ・・・!」
セラ「ごめんなさい・・・ごめん、なさい」
セラ「あ・・・」
ロイド「ヒトを傷つければ、裁きが下ります」
ロイド「また改めて、懺悔室までお越しください」
セラ「アン・・・」
セラ「ごめん・・・ごめん・・・!」
アン「セラ、様・・・」
アン「エメ様は、気づいておられたのです」
アン「セラ様が、復讐から、解放されたがって おられたことを」
アン「だから、記憶を整理されたのです」
〇白
アン「恩讐の輪廻より離れるために──」
〇教会の控室
ロイド「アン」
ロイド「申し訳ありません」
アン「神父様」
アン「復讐心を取り戻せば」
アン「セラ様は幸せなのでしょうか?」
アン「エメ様の無実を確信すれば」
アン「セラ様は満たされるのでしょうか?」
アン「私は」
アン「空虚な心を幸せで満たしたいのです」
アン「エメ様がセラ様をそうしたように」
ロイド「訊かないのでしょうか?」
アン「何をでしょう?」
ロイド「私が殺したのか」
ロイド「エメが殺したのか」
アン「それは復讐と同じく無意味なことです」
アン「神父様は」
アン「ただ、罰されたがっておられるのです」
アン「神父様にとって」
アン「その記憶には残す価値がある」
アン「それだけのことではないでしょうか」
ロイド「私の存在意義とは何でしょう」
〇炎
ヒトの命を摘み取ったこの手で
一体何ができるでしょうか
〇教会の控室
アン「ふふ」
アン「美味しいタルトを作れます」
アン「それからジャムも」
アン「ふふ、今晩が楽しみです」
ロイド「そう、ですか」
ロイド「では、腕によりをかけて作るとしましょう」
〇牢獄
恩讐の輪から外れるために