孤独な天才の伝わらにゃい苦悩(脚本)
〇レトロ喫茶
朱里「九条さん、書籍化に続きアニメ化なんて流石です! ファン第一号として鼻が高いですよ!」
九条は、書きたくもない異世界物を適当に書いたら大ヒットした。
そのささやかな祝いが開かれていたが、適当に書いた〝駄作〟が評価されて嬉しいはずなどなかった。
九条は独特の感性の持ち主で周囲から理解されず、自分を分かって貰うために小説を書いていた。
しかしその作品は認められない。
そんな彼が嫌々書いた駄作が評価されるのは一種の屈辱で、不快で、不可解でしょうがなかった。
九条「なぁ、あれのどこが面白いんだ?」
朱里「え? だって凄く痛快で面白いじゃないですか! 前のは陰鬱としてたのに・・・」
九条「そんな、前の作品よりあれが面白いだと?」
唯一の理解者にまで手のひらを返された。
九条は絶望する。
九条「君なら、君だけは俺のことを分かってくれると思ったのに!」
朱里「あっ! 九条さん!」
九条はこれがきっかけで、密かに想いを寄せていた朱里との縁も切れた。
〇明るいリビング
自分が本来書きたい小説を書くことは自分を理解して貰うためのコミュニケーション手段だった。
それが否定された。
そして駄作を書くことで評価されることが心底不気味で、不快でしょうがなかった。
出版社からまたメールが届く。
アニメ化の次は映画化だった。
名声は高まる一方だが、九条は書きたくもない作品を書くことに限界を感じていた。
九条(周りが求めているのは本来の俺ではなく、嘘で塗り固められた俺なんだ)
九条(なんだ、だったら本来の自分なんて必要ないじゃないか)
九条(俺が本当に書きたい作品も、俺の苦悩も誰にも分からない。これ以上生きていてもこの葛藤に苦しむだけだ)
九条は最後に遺書代わりに自分が本当に書きたい小説を書くと、躊躇いなく首を吊った。
──はずだった。
マキ「えー、好きな子に作品否定されたくらいで首吊っちゃうの?」
マキ「ちょっと豆腐メンタルすぎてウケるにゃwww」
九条「な、なんだ・・・・・・? 誰だ? どこから来た?」
マキ「私はマキ。 ハッピーエンドの守護者だにゃ」
現れた謎の少女は雰囲気はおろか絵柄までも完全に浮いていた。
BGMまでもすっかり陽気な物に変わってしまった。
マキ「この作品はラム25って作者が書いた作品で唯一バッドエンドなんだにゃ。 そんなの許せないにゃ」
九条「作品・・・? 何を言っているんだ?」
マキ「俺の苦悩は誰にも分からないんだにゃ・・・」
マキ「これ以上生きててもこの葛藤に苦しむだけなんだにゃー!!」
マキ「ちょっと悲劇に酔いしれすぎじゃないかにゃ? そりゃそんなの誰だってわからないにゃ」
九条「なっ・・・! 俺は子供の時から誰にも理解されなかった。 そんな俺を理解して貰う手段が小説を書くことだったんだ!」
九条「・・・だがその自信作を唯一の理解者にまで否定されたんだ。 何が可笑しい!」
マキ「ちゃんとその人と話し合ったの?」
九条「え?」
マキ「その人に否定されておしまい? もう一度認めて貰おうと思わなかったの?」
マキ「その人と真剣に向き合ったの?」
九条「それは・・・確かに一方的に話を切ったのは俺だが・・・」
マキ「だったら今すぐ謝って仲直りする! そしてもう一度作品書く!」
九条「・・・そうだな。 世間では受け入れられなくても、朱里さんに読んで貰うためだけに書いてみよう」
マキ「ファイトにゃ!」
そして九条はもう一度、自分の書きたい作品の執筆に取りかかった。
〇レトロ喫茶
九条「朱里さん、この間はごめん。 俺、あれから自分なりにもう一度表現したい作品を書いたんだ」
朱里「もう! 作品褒めたのに怒られて凄いショックだったんですよ!」
九条「ほんとごめん。 ディストピアの小説を書く事は俺の全てだったんだ」
朱里「・・・作品、読ませてください」
九条「! もちろんだ!」
朱里「・・・」
九条が渡したのは2500字程度の短編だ。
内容は産まれた瞬間から酷く差別される主人公が階級社会に立ち向かうというもの。
朱里「う、うぅ・・・」
九条「朱里さん!?」
朱里「主人公が自分に唯一優しくしてくれたヒロインのために差別にも負けず前向きに生きる姿に感動しました・・・」
九条「本当か!? 良かった・・・」
マキ「うぅ、いい話だにゃ・・・ こういうのでいいんだにゃ、こういうので・・・」
九条「げ、お前は!」
朱里「この子は?」
マキ「私、九条さんの恋人のマキと申しますの。 いつも彼がお世話になってます」
九条「ば、馬鹿! 何適当言ってるんだ!」
朱里「・・・九条さん? 本当ですか?」
マキ「冗談にゃ! おじゃま虫は去るにゃ〜」
朱里「冗談ですか。 よかった・・・」
九条「え? それって・・・」
朱里「あ、あぁいや、恋人がいたら執筆に集中出来ないんじゃないかって意味です!」
九条「なんだ、そうか・・・」
〇明るいリビング
九条(ん? なんで電気がついてんだ?)
マキ「お帰りにゃさい! お風呂にする? ご飯にする?」
マキ「それとも・・・」
九条「なんでうちにいるんだ」
マキ「お前こそなんであの子連れて帰ってこなかったんだにゃ! どう見てもお前に惚れてるのに・・・」
九条「うぐっ、そ、それは・・・」
マキ「まあいいにゃ! ハッピーエンドに出来たしインスタに自撮りあげるにゃ!」
九条「結局お前は何者なんだ・・・」
こうして九条は死を思い留まり、朱里とも和解した。
こうなったのは言うまでもなくマキのおかげだろうか。
マキ「お前のしょぼくれた顔も写してやるにゃ〜」
・・・マキの前ではシリアス風なモノローグで締めくくろうとしても意味は無かった。
マキ「む、まだバッドエンドの気配がするにゃ! それじゃーにゃ!」
マキの活躍はまだまだ続く。
そこにバッドエンドがある限り。
「シリアス・ブレイカー!」は、コメディの作品である。
九条は、自分の理解者がいないために小説を書いていたが、朱里に評価されることができた。しかし、朱里の要望で書きたくない異世界物を書いたため、本当に書きたかった作品を否定され、絶望する。その後、謎の少女マキの助言で再び朱里と和解し、自分の書きたい作品を書くことができた。コメディというジャンルにふさわしい、軽快な展開であり、笑いと感動がある作品である。
無事にハッピーエンドになってよかったです!
この世界では主人公の遺作は生まれなかったかもしれませんが、代わりに後世に残るディストピア作品をいっぱい書いてほしいですね😊
駄作を書くことで評価される苦しみも、無邪気に前作を否定されることも、小説しか方法が無い気持ちも、あるあるだな…と思っていたらなぞの生き物がすべてをかっさらってくれました(笑)
最後はちゃんと、自分の描きたいものが伝わってよかったです!