ヤマラ食堂

サトJun(サトウ純子)

「あんころもち」という名のぼたもち(脚本)

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〇立ち食い蕎麦屋の店内
菜々美「はい!ヤマラ食堂です!」
「もしもし? その声は、菜々美さんね?」
菜々美「あ、宮地さまですか? いつもありがとうございます!」
「いつもの、あれ。 みっつ欲しいのですが、あります?」
菜々美「はい!あんころもちですね! ありますよ。お取り置きしておきます?」
「夕方伺うので、お願いします」
菜々美「はい。お待ちしております!」
菜々美「大将ー!ぼたもち3個、お取り置きでーす! 宮地さまです!」
大将「あのばぁーさんか! どうせまた、「あんころもち」って言ったんだろ!」
菜々美「まあまあ、いいじゃないですか。 お得意さまなんだし」
大将「うちは和菓子屋じゃないってーの!」

〇立ち食い蕎麦屋の店内
宮地さん「こんにちはー」
菜々美「いらっしゃいませ!宮地さま。 いつもありがとうございます」
宮地さん「あまり、甘いもの食べすぎちゃいけないって言われてるんだけどねぇ」
宮地さん「ここのあんころもちはやめられなくて」
大将「だから、うちのは「ぼたもち」だってーの!」
宮地さん「はいはい。 たろちゃんもよく、そう言ってたけどねぇ。 これはあんころもちだよ」
大将「「たろちゃん」って。 あの偉大な先代のことを・・・」
菜々美「今日はここで食べて行かれます?」
宮地さん「いや、家で旦那さんと一緒に食べるから、包んでおくれ」
菜々美「はい!かしこまりました!」
菜々美「そうか・・・」
  今日は旦那さまの月命日か──

〇立ち食い蕎麦屋の店内
  菜々美がここでバイトをはじめた頃
  仲の良い老夫婦をよく見かけた。
おばあさん「まささん。孫たちにあんころもち買っていきましょうか」
おじいさん「そうだな。何個あれば足りるかな。 なにせ、食べ盛りだからなぁ」
おばあさん「・・・」
おばあさん「まささん」
おばあさん「・・・私も食べたいのですが」
おじいさん「おお、おお! もちろん、みよさんの分も買いますよ! 当然じゃないですか」
おばあさん「良かった! まささん、私の分、忘れてるんじゃないかと思いましたよ」
おじいさん「みよさんは食いしん坊だなぁ」
  その、食いしん坊のおばあさんが
  宮地さまだった。

〇立ち食い蕎麦屋の店内
菜々美「はい、ヤマラ食堂です!」
「あ、菜々美さん?宮地です」
菜々美「あ、宮地さま! 毎度ありがとうございます!」
「今日はいつものあれ、5つお願いしたいのですが、あります?」
菜々美「あんころもちですね! ありますよ。お取り置きしておきますね!」
「実はわたし、この間、足を挫いてしまって。 今、松葉杖なんですよ」
菜々美「ええええっ!大丈夫ですか?」
「ええ。ちょっと挫いただけなので。 食いしん坊は相変わらずですよ」
菜々美「そうでしたか。 どうぞ、お大事になさってください!」
「なので、今日は娘が取りに行きます」
菜々美「かしこまりました!」
  そんな日もあったり
宮地さん「いやぁ。今回の怪我を切っ掛けに 娘たちが一緒に住む事になって」
宮地さん「たまーに、外に出た孫たちも来るから 随分賑やかになったわ」
菜々美「良いじゃないですか! 楽しそう!」
宮地さん「ただ、子供たちはクッキーとか、ケーキとか?そっちが良いみたいで」
菜々美「わかります! 私もシフォンケーキとか、プリンとか。 大好きです!」
宮地さん「そういうもんかのぉ」
宮地さん「私はここのあんころもちが一番だがな!」
大将「だから!「ぼたもち」だって・・・」
大将「・・・」
大将「ま、いっか!」

〇立ち食い蕎麦屋の店内
  いろいろ状況が変わって行っても
  変わらず店は営業している
菜々美「いらっしゃいませ!」
愛美「あ、あの・・・」
菜々美「・・・はい?」
愛美「お品書きに無い商品を頼まれて・・・」
愛美「・・・どうしよう」
菜々美「ちなみに、何を頼まれたのですか?」
愛美「あんころもちって」
菜々美「もしかして、宮地さまにですか?」
愛美「そうです!祖母をご存知ですか?」
菜々美「もちろんです! お得意さまですから!」
愛美「良かった!」
菜々美「おいくつ準備しますか?」
愛美「二個、お願いします! 持ち帰りで」
菜々美「はい!かしこまりました!」
菜々美「大将!ぼたもち二つ、 持ち帰りでお願いしまーす!」
愛美「「あんころもち」ではなくて 「ぼたもち」だったのですね」
菜々美「宮地さまにとっては「あんころもち」 なんですけどね!」
愛美「・・・」
愛美「もしかして、菜々美さん、ですか?」
菜々美「はい。そうです!」
愛美「おばあちゃんが、私と同じくらいの子がいるって、いつも話してくれていたので」
菜々美「そうだったのですね! なんか恥ずかしいー」
菜々美「そういえば最近、宮地さま、 お見かけしてませんが」
菜々美「お元気ですか?」
愛美「・・・」
愛美「実は、祖母は、二ヶ月前に他界しまして」
愛美「今日、納骨なんです」
菜々美「・・・」
菜々美「・・・えっ?」
愛美「だから、祖母が大好きだった、ここのあんころもちをお供えしたくて・・・」

〇立ち食い蕎麦屋の店内
  家族でもない、友達でもない。
  名前と顔と電話番号しか知らない。
  他人さま。
  それなのに。
  ここで、当たり前のように顔を合わせ。
  声を交わし。
  関わった時間を重ねていく。
  「ここにいた」という、
  思い出を増やしながら──

〇立ち食い蕎麦屋の店内
  でも、きっと。
  宮地さまなら、向こうでも
先代「へい!らっしゃーい!」
宮地さん「たろちゃん。 いつものあんころもち、ちょうだい!」
先代「みよさん。だからよー。 うちのは「ぼたもち」なんだって」
おじいさん「たろちゃんの作るあんころもちは 最高なんだよ。ね!みよさん」
宮地さん「ねー!」
先代「あー、全く。 仕方がねーなー」
先代「で、いくつ食うんだい」
「二個!」
  ワイワイやっているよね?
  宮地さま!

〇立ち食い蕎麦屋の店内
菜々美「はい!ヤマラ食堂です!」

コメント

  • 短いけど、少し切なさもありながらの沢山の温かいものが詰まった物語でした。人との小さな繋が
    りも大事にしたいと思わせてくれます😭😭😭😭

  • 「ヤマラ食堂」は、人と人との優しい繋がりが描かれたヒューマンドラマでした。主人公の菜々美さんが働く蕎麦屋で、常連客である宮地さまとのやり取りが中心となっています。宮地さまは、いつもここのあんころもちを食べているのですが、それが彼にとっては大切な思い出となっていました。そんな宮地さまとの関係が、物語を通して温かく描かれていました。何気ない日常の中で、人との繋がりは大切だと感じさせられる作品でした。

  • あんころもち。
    私の両親も同じ様に言っていたのを思い出しました🥲
    さほど仲良くない知人が亡くなっても知っているというだけで、その人の良いところばかり思い出して寂しくなることがあります。この様な目に見えない感情を具現化された作品は心に響きますね🥺素敵な作品ありがとうございます。

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