泣かない蝉

真庭

エピソード2(脚本)

泣かない蝉

真庭

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〇田舎の病院の病室
リュウ「ソラっ」
ソラ「・・・っ」
  ハッとして飛び起きる。
  ──そこは、夕陽が差し込むいつもの病室だった。
ソラ「──リュウ、さん・・・」
リュウ「魘されていたぞ、お前」
  ベッドの傍らで座っていたリュウさん──わたしの後見人となってくれている男の人だ──が、額に張り付いた髪を払ってくれる。
リュウ「汗もひどいな・・・ショウ呼ぶか?」
ソラ「・・・ううん、大丈夫」
ソラ「ちょっと、こわい夢を見ただけだから」
  飛び起きた時は激しかった鼓動も、落ち着いてきている。
  ショウさん──主治医を呼ぶほどではなさそうなのは事実だ。
リュウ「お前が平気なら、良いが・・・」
リュウ「きつい時は、ちゃんと言うんだぞ」
ソラ「・・・うん」
ソラ「ありがとう、リュウさん」
  リュウさんは強張った表情を弛めると、
  勝手知ったるなんとやらと言わんばかりに棚からタオルと替えのパジャマを取り出した。
リュウ「まだ風呂の時間には遠いが、汗だくだと気持ち悪いだろう」
リュウ「身体が冷えると風邪も引くしな」
リュウ「とりあえず身体を拭いて、着替えた方が良い」
  たらいにポットのお湯と水を入れてぬるま湯にし、濡らして絞ったタオルを渡される。
リュウ「俺は部屋を出るから、身体を拭いて着替えたら呼んでくれ」
リュウ「髪はしてやるから」
ソラ「うん」
  わたしが頷くと、リュウさんはベッド周りのカーテンを引いて病室を出て行った。
  後見人とはいえ律儀な人だと思う。
  今の季節ならタオルを濡らすのも水で良いはずなのに、熱くなく、しかし冷たくもない温度のぬるま湯でしてくれる。
  異性とはいえ子どもの着替えにもカーテンを引いた上で退室もする。
  元々の性分が世話焼きなのか、
  ──リュウさんがわたしの両親に対して抱いている恩義がゆえのものなのか。

〇田舎の病院の病室
  ──着替えの後、宣言通りリュウさんに髪を拭かれ、乾かしてもらって、少しさっぱりした。
  しかし、眠る気にはどうしてもならない。
リュウ「夢見が悪い時はそんなもんだ」
リュウ「それに、寝過ぎて夜寝れなくなっても困るだろう」
  そう言って、リュウさんはいつも着替えや見舞品──大体は絵本──を入れている袋から、何冊か本を取り出した。
ソラ「──あ!新しい本だ!」
リュウ「目敏いなあ」
  リュウさんが見舞品として持って来てくれる本は、多岐にわたる。
  子ども向けから大人向けまで──
  時には専門分野の入門書のような本もある。
リュウ「ソラに夢ができた時、どんな分野であれ、知識があるに越したことはないからな」
  ──子ども向けとはいえ専門分野の入門書を持って来てくれた時、リュウさんはそう言った。
  純粋に、わたしの未来を信じてくれているのだろう。
  持参したノートパソコンで、子ども向けの実験動画を見せてくれたこともある。
  危ないことをしないなら、という条件付きで先生たちの許可をもらって、病室で一緒に工作もした。
  わたしは心臓を患っているから、外にはほとんど行けない。
  身体を動かすこともほとんどできない。
  かくれんぼや鬼ごっこ、キャッチボール──ただの縄跳びやブランコ、滑り台だって知識でしか知らない。
  それを苦痛に思ったことはない、と言えば嘘になる。
  ──だけど。
  わたしは、わたしの人生を不幸だと思ったことはないのだ。

〇サイバー空間
  ──だから。

〇田舎の病院の病室
ソラ「──ごめんね」
ソラ(みんながいる場所には、行けない)

〇田舎の病院の病室
リュウ(──発作の兆しは・・・ねえな)
  見舞いに持って来た新刊の絵本を読むソラの表情は穏やかだ。
  ──今日この病室を訪れた時、ソラは寝ていた。
  それは良い。
  ソラは心臓に先天性の疾患を持っている。
  それは絶えず心臓に負担をかけるため、穏やかに眠ることすら難しい。
  眠れているなら、俺としてはそれが昼間でも構わなかった。
  ──だけど。
リュウ(魘されていた)

〇田舎の病院の病室
ソラ「カ・・・タちゃ・・・ユ・・・ハル・・・く・・・ミ・・・くん・・・ア・・・姉さ・・・ナ・・・兄さん・・・」

〇田舎の病院の病室
  全部が聞き取れた訳じゃない。
  だが、それが人の名前──複数の男女であることくらい察しがつく。
  そして──
リュウ(・・・多分、全員亡くなった奴だ)
  この病院に入院していた──病死した子どもたち。
  ソラはその全員を知っている。
  物心ついた時から関わった人々を、覚えている。
  退院した者も──亡くなった者も、ソラは覚えているのだ。
リュウ(ソラの人間関係は、この病院の中で完結する)
リュウ(ひどく、狭い世界だ)
  そんな狭い世界で出会い──退院した子どもも病死した子どもも覚えている。
リュウ(──普通なら、忘れる)
  どんなに仲が良かった相手だろうと悪かった相手だろうと。
  痛みも悼みも、薄れる。
  ──そうでなければ、二人の恩師から託された忘れ形見をこうして見舞うこともできなかっただろう。
リュウ(──ショウには、言っておく必要があるな)
  ソラがどうして、亡くなった子どもたちの夢を見る羽目になったのか。
  それは解らない。
  そして、知る必要もない。
リュウ「ソラ」
リュウ「俺はショウと少し話して帰る」
リュウ「本はいつも通り置いて行くから、程々にして休めよ」
ソラ「はあい」
ソラ「・・・いつも、ありがとうございます」
リュウ「気にすんな」
リュウ「じゃ、またな」
ソラ「はい、また」
  ゆるやかに手を振るのに応え、部屋を出た。

〇大きい病院の廊下
  見舞の刻限が近いからか、人通りが少なくなった廊下を歩く。
  時折医師や看護師とすれ違うが、彼らも慣れた様子で軽い挨拶と共にすれ違って行った。
  そして、その中に。
リュウ「よ、お疲れ」
ショウ「あ、見舞いの日だったんだ」
  柔和な笑みを佩いた──小児科医師としては当たり前だが──腐れ縁を呼び止める。
リュウ「今から少し時間取れねえか?」
リュウ「──ソラについてだ」
ショウ「・・・ま、そうだよね」
ショウ「君がソラ以外のことで動くはずないし」
ショウ「今日はこのまま帰れる予定だから、家で聞こうか」
リュウ「わかった」
リュウ「じゃあ、メシ作っとく」
ショウ「うん」
ショウ「また後で」

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