限界特急

分子

限界特急(脚本)

限界特急

分子

今すぐ読む

限界特急
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇古いアパート
  仕事を終え、帰宅したのがクリスマスの5分前。
  ポストに詰まったチラシの中から俺はそれを見つけた。
  乗車券だ。
俺「嘘だろ」
  次の瞬間──
  地鳴りのような轟音が響き、爆風が起こった。

〇黒
車掌「乗るのか乗らねーのか!?」
  リムジンなんて比じゃないバカでかい車体が目の前に停まり、
  そこから降りてきた男が叫んだ。

〇古いアパート
車掌「オメーに言ってんだよ!!」
アパートの隣人「乗ります」
  なぜか、急に現れた隣人に割り込まれた。
車掌「切符」
  車掌は切符きりのハサミをカチャつかせながら手を突き出した。
車掌「ないのか!? ないんだな!?」
アパートの隣人「ないので買います。 栃木の実家までだといくらですか?」
車掌「悪ィけどそーゆーのじゃねェんだわ」
俺(だろうな)
  それくらいのこと俺でもわかる。
車掌「切符!!」
俺「あ、はい!!」
車掌「さっさと乗れ!!」
俺「あ、はい!!」
  限界特急はしょぼい汽笛をあげて出発した。

〇クリスマスツリーのある広場
  非モテなら誰でも一度は耳にしたことがあるであろう、限界特急の噂。
  幸福を信じられなくなった限界独身男女のもとに現れる、クリスマスからの逃避行・特急。
  それが限界特急だ。

〇新幹線の座席
俺「静かだな」
俺(客は俺だけか?)
  と思ったら結構いた。
車掌「全席指定、私語厳禁だ」

〇新橋駅前
  車窓の風景は普通の電車と大差ない。
  うとうとするくらいしかやることがなかった。

〇新幹線の座席
チャラい乗客「君、どこまで行くの?」
俺「いや、俺は別に・・・」
  話しかけてきたのは、車掌が外していたかららしい。
  すぐに台車を引いて戻ってきた。
車掌「飯の時間だ」
  よくあるシ○マイ弁当が全員に配られた。
  そういえば腹が減っていた。
女の乗客「ヒィィィッ!!」
女の乗客「なんで苺が入ってるの!!」
車掌「シーズンだからだ。何が悪い!?」
女の乗客「苺なんて見たくない!!」
チャラい乗客「たしかにここに本来入るべきは杏だ」
  コイツ、偉そうに何を言うかと思えば。
モブA「そういう問題じゃない!! 限界特急の車掌ともあろう者が・・・」
モブC「クリスマスを連想させるものを出すなんて!!」
  一言も口きけなかったくせにお前ら息ぴったりだな。
車掌「騒ぐな!!」
車掌「俺はお前らと違って妻子持ちだ」
車掌「残業はしない!! 面倒は困る!!」
車掌「すぐに降ろしてやるからおとなしくしてろ!!」
  ”妻子持ち”という言葉の棘が刺さったらしい輩は、一瞬でおとなしくなった。
女の乗客「いや・・・なんで私が・・・ 愛してるって言ったのに・・・」
車掌「チッ。発作か」
  車掌は舌打ちしてどこかへ消えた。
チャラい乗客「可哀相に。クリスマスアレルギーだ。 あの子、フラれたんだよ」
チャラい乗客「同じ駅から乗ったんだ」
俺「いったいどこから?」
チャラい乗客「悪山町だけど?」
  ラブホ街で聖夜にヤリ捨てかよ!!
  えっぐ!!
  本当に恋人だったのかどうかも怪しいぞ。ホストか!?
  車掌が戻り、女の前に立った。
車掌「予定変更だ。 お前から降ろす」
  列車は停車姿勢に入り、派手に揺れて止まった。

〇結婚式場のテラス
車掌「降りろ」
  どう見てもホストクラブの前なんだが!?
俺(フラれた元凶に叩き返すか、普通?)
  俺は自分の行先が不安になってきた。

〇広い公園
  次に停まったのは公園の前だった。
  モブが一人、公衆トイレの前で降ろされる。
俺(トイレくらい自力で行けなかったのか?)

〇神社の石段
  次に停まったのは、雪がチラつく山の中だった。
  ボーッと明りに照らされた、長い階段の先に山門が見える。
俺(寺?)
チャラい乗客「じゃ、お先」
  俺はヒントを求めてヤツの切符を見ようとした。
俺「どこなんだここは!? あんたの駅って・・・」
チャラい乗客「高校の時、出家したんだ。 俺の初恋の人」
  判読できたのは『本命』の2文字。
チャラい乗客「今でも忘れられない」
  男は寂しそうに笑って降りていった。
  いい話かよ。

〇新幹線の座席
  これが限界まで渇望した今だからこそ本心を遂げる場だとしたら。
俺(俺の本心は何だ?)
  切符を調べようとしたとき、車掌が俺の前に立った。
車掌「お前の駅だ」

〇雪に覆われた田舎駅
  俺の実家の限界田舎の無人駅だ。
  深々と雪に覆われた町は、都会以上に季節感が強烈で
  今までになく激しく、クリスマスを叩きつけてくる。
俺(よせ、気にしすぎると発作が出る)

〇古いアパート
  数日前
母「クリスマスには帰ってくるでしょ?」
俺「いやァ・・・その日は予定が・・・」
母「あら、彼女でもできた?」
俺「まァ・・・俺も一応いい歳なわけだし?」

〇雪に覆われた田舎駅
  非常に帰りにくいが、ここまで来て躊躇ってたら凍え死ぬ。
  選択の余地なし。

〇昔ながらの一軒家
俺「ただいま」
母「あら、早かったのね」
母「寒かったでしょ? 早く暖まりなさい」
  何も訊ねない両親の優しさに涙を堪えるのには苦労したぜ。

〇実家の居間
  こたつで猫を撫でながら、無事にクリボッチの致命傷を回避したことを実感する。
母「お腹は空いてないの?」
俺「何かしら食べた気はするんだけど」
母「何か作ろうか?」
俺「いいよ、テキトーにつまむから」
  俺はそう言って冷蔵庫を覗いた。
  クリスマスケーキの残りだ。
俺(夫婦でホール買ったのかよ)
  ──と一瞬思ったが、
  やはり俺の帰省は見越されていたようだ。
俺「これ食べていい?」
  強がったわけじゃない。
  俺の発作の正体は、追憶の感傷だと気づいたのだ。
  恋人がいた経験がない俺は、いない痛みを知るよしもない。
  世間の過剰反応に乗せられて限界特急まで呼んでしまうなんて、まったく俺らしくもなかった。

〇イルミネーションのある通り
  『ポー○ーエクスプレス』のサンタも言ってたじゃないか、
サンタ「本当のクリスマスは君の心の中にある」
  つまり、子供時代を過ぎたら、本当のクリスマスはもう心の中にしかないんだ。
  クリスマスとは永遠のないものねだりなのだ。

〇実家の居間
  切符には『こたつ猫』と書いてあった。
  それが今の俺に唯一信じられる有形の幸福なのだ。

コメント

  • クリスマスという一日を世間の風潮に合わせて自分を背伸びさせる必要もなければ、それに便乗することもない。本当に温かくなれる場所や人は自分の心に耳を澄ませばきっと見えてきますね。

  • 幸福の在処は人それぞれなんだなぁ…と思いましたが、トイレの前でおろされた人が気にかかります。
    いいですよね、こたつで猫。
    想像しただけで幸せな気持ちになれます。

  • 確かに逃避したくなるシーズンってありますよね。
    それに毎日の仕事や学校の日々から皆が逃げ出したいかもしれない…、そんなときにこんなのがあったらなぁ…少しは楽になるのかなと思いました!

コメントをもっと見る(6件)

成分キーワード

ページTOPへ