執刃のサティリシア

jloo(ジロー)

【第一話】復讐の始まり(脚本)

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〇怪しい実験室
  噴きつける黒煙と、機械油の匂いが鼻につく。
  ジェント伯爵の所有する地下工場で、僕はいつものように設備の日常点検を行っていた。
  散らばった細かい金属片を送風機で払い、刃物に緩みは無いか確認する。
ハル「・・・・・・ふぅ」
  一息つき工具を片付けていると、ジェント伯爵が向こうから歩み寄って来るのが見えた。
ハル「おはようございます、ご主人様」
  ジェント伯爵は、手に持った資料を指で弾きながら機械を一瞥する。
ジェント伯爵「今は、どの工程だ」
ハル「はい。日常点検が終わったので、試運転を開始するところです」
ジェント伯爵「ほう・・・・・・」
  ジェント伯爵は、顎に手を当てて考える仕草をしている。
ハル「・・・・・・何か、気になることでもあったでしょうか」
ジェント伯爵「刃は、手動で製品に当てて確認したか」
ハル「いえ、それは・・・・・・」
ジェント伯爵「貸してみろ」
  ジェント伯爵は、ハンドルを回して機械に当たる刃の位置を調整していく。
  手慣れたものだ。その手捌きに、惚れ惚れしてしまう。
ジェント伯爵「ハル、前にも言っただろう・・・・・・これでは、刃が機械を傷つけてしまう」
ジェント伯爵「ガイドラインが引いてあるだろう、それに従うんだ」
ハル「はい、すみません」
ジェント伯爵「まあ良い、試運転を開始してくれ」
ハル「かしこまりました」
  僕は、指差し確認を行った後で機械の電源を入れる。
  機械から発せられる音が、次第に音量を増していく。
  蒸気圧により動き出した歯車やピストンが、部品を組み替えていくのが見える。
ジェント伯爵「よし、いけそうだな」
  準備が終わったのを確認し、レバーを引いた。
  するとゆっくりと刃が降りていき、やがて鉄板に触れる。
  一瞬にして、鉄板は真っ二つになった。・・・・・・成功だ。
ジェント伯爵「問題無さそうだな・・・・・・私は、これから用事がある。後は、任せたぞ」
ハル「はい、お任せください」
  ジェント伯爵は、地下工場から出て行った。
  終業時間がきて、機械を止めない限りこの作業は終わらない。
  黙々と、鉄板を切り続けるしかないのだ。
シャベル「ちょっと、ハル。良いかしら」
ハル「と、突然・・・・・・何ですか」
  振り返ると、そこにはメイド服姿の女性が居た。
  彼女は、シャベルさん。
  僕より前から、この邸宅で働いている。つまり、先輩だ。
ハル「シャベルさんとは長い付き合いになるけど、ちょっと距離が近くないかな」
シャベル「すみません。人とのコミュニケーションは不慣れなもので」
ハル「それって普通、心の距離を測るのが苦手な人が言うものじゃない」
ハル「シャベルさんは、物理的に距離が近いんだよな」
シャベル「すみませんでした」
シャベル「それより、ハルに用事です。この前、買い出しに行った店を覚えていませんか」
ハル「お店って、えーっと・・・・・・確か、大通り沿いのパン屋だったかな」
シャベル「成るほど、ではその時と同じものを買ってきてください」
シャベル「ジェント伯爵のお父様が、大層そのパンを気に入られたらしいんですよ」
ハル「成るほど、分かりました」
シャベル「仕事の引継ぎについては、ご心配なく」
シャベル「機械の操作を知ってる方がいらっしゃったので、頼んでおきました」
ハル「ああ、僕が前に教えた子だね」
  一時期、別の機械に担当が変わるかもしれないという話があった時だ。彼は、僕の後任に当たるはずだった。
  結局その話は白紙になったので、彼に教えたのは一度きりなのだが。
ハル「大丈夫かな・・・・・・」
シャベル「心配でしたら、もう一度手順を教えて差し上げれば良いかと」
シャベル「それほど、急ぎの用件ではありませんから」
シャベル「それでは、私はこれで失礼いたします」
  シャベルさんはそれだけ言うと、階段を駆け上がっていってしまった。
ハル「じゃあ、ちょっとだけ機械の復習をしてもらおうかな」
  少年の元に向かうと、彼は既に準備を始めていた様だった。
  そして機械の前に立つと、細かい手順を教えるまでも無く彼は一通りの操作をこなして見せた。
ハル「ちょっと、自信無くすよな」
  この様子なら、問題無さそうだ。最後にトラブルの対処方法だけ説明し、僕は工場を後にした。

〇古い洋館
  工場の外に出ると、強い日差しが目に刺さる。
  僕のような身分の人間が、外に出して貰える機会は、そう多くは無い。
  こういった買い出しは、余程人手が足りないとき以外は雇われのメイドが行うことになっている。
ハル「身に余る、待遇だよね」
  孤児だった僕は奴隷商に拾われ、すぐに売りに出された。それを購入したのが、ジェント伯爵。
  本来は、ぼろ雑巾の様に扱われるのが筋のはずだ。
  だけど、ジェント伯爵は僕に優しくしてくれている。
ハル「ん、あれは・・・・・・」
  邸宅の門の外に、一台の馬車が停まっていることに気づく。
ハル「誰か、来客かな」
  近くには、庭師が佇んでいた。幼い頃から、何かと面倒を見てくれている人だ。
ハル「あの、お客様ですか」
  声を掛けると、彼は慌てて礼をする。
庭師「って、ハル君じゃないですか・・・・・・驚かせないでください」
ハル「もしかして、誰か偉い人でも来ているの」
庭師「そうですよ、シュナイト侯爵が邸宅を訪れているんです」
ハル「シュナイト侯爵・・・・・・」
  噂には、聞いたことがある。それも、悪い噂だ。
  反抗するものは、例え貴族であろうと一家根絶やしにするという噂もある。
  そんな男が、わざわざこんな場所に何の用があると言うのか。
ハル「・・・・・・嫌な、予感がする」
  何か、良くないことが起こるのではないか・・・・・・そんな空想が、頭から離れない。
庭師「あの、ハル君。大丈夫ですか、顔色が優れないようですけど」
ハル「大丈夫・・・・・・って、いけない。パンを、買いに行くところだったんだ」
  僕は、門に手を掛けて邸宅を出ようとする。
庭師「シュ、シュナイト侯爵!!」
  だがその足は、庭師の言葉によって止められた。
  庭師が深く礼をし、跪いた。
  邸宅から歩み出て来るのは、シュナイト侯爵だ。
  その隣には、側近と思われる少年が寄り添っている。
  その手に握られた剣を見て、絶句してしまう。
  垂れた血が、草地を赤く染めていたのだ。
  シュナイト侯爵はそれを軽く払うと、腰に巻かれた鞘に剣を戻した。
ハル「ど、どういうことですか! 説明してください」
  気が付くと、馬車の前に立ち塞がっていた。
  遠くで庭師が叫んでいるが、何も聞こえない。
  それほどまでに、感情は昂っていた。
フミル「下がらなければ、斬るぞ」
シュナイト侯爵「待て、フミル」
シュナイト侯爵「聞こうじゃないか、我々の歩みを止めた理由を」
ハル「聞きたいのは、こちらです」
ハル「貴方たち、一体邸宅で何をしていたんですか」
シュナイト侯爵「何を、していたと思う」
ハル「・・・・・・まさか」
シュナイト侯爵「気になるなら、自分の目で確かめれば良い」
シュナイト侯爵「それか、ここで死ぬか。どちらかを選べ」
ハル「く・・・・・・」
シュナイト侯爵「柄にもなく、感情が乱れてしまったようだ」
シュナイト侯爵「退きたまえ、私は疲れているんだ」
  シュナイトは立ちすくむ僕を横目に、馬車へと歩み出す。
  見ているしか出来ない自分が、とても歯痒く奥歯を噛んだ。
  御者が、馬を走らせる。
  馬車が遠ざかっていき・・・・・・やがて点になり、消えてしまった。
庭師「ハル君・・・・・・!! よく、ご無事で」
  庭師の言葉を聞き流しながら、僕の足は邸宅の中へと向かっていた。
  シュナイト侯爵の、言葉を思い出す。
  一体、この邸宅で何が行われていたのだろうか。
  扉の前に立ち、覚悟を決めてドアノブを捻った。
  扉が、自然に開いていく・・・・・・。
  突然のことに驚き、扉から手を放し後退る。
  そこで、見慣れた人物の姿が視界に映った。
ハル「シャ、シャベルさん・・・・・・!!」
  彼女は何も語らない・・・・・・いや、語れないのだろう。
  全身に刻まれた切り傷は、想像を絶するほどの惨劇が起こったことを示していた。
  最後に、振り絞った力も尽きたようだった。
  扉が開ききるのと同時に、彼女の身体は、地面に崩れ落ちる。
  頭部が硬い地面に当たり、低く鈍い音が響いた。
庭師「ひっ・・・・・・ひぃいいいいいいい!!」
  恐怖に駆られたのか、庭師は門の外へ一目散に駆け出していった。
ハル「そ、そんな・・・・・・」

〇洋館の階段
  辺りに散らばる人・・・・・・人・・・・・・人。
  動くものなど、一つも無い。
ハル「ぁ・・・・・・あ・・・・・・あああっ!!」
  その場に膝を着き、泣き崩れるしか無かった。
  新鮮な血液の匂いが、鼻を突く。
  それが、ついさっきまでここで起こっていた惨劇を想像させた。
ハル「・・・・・・ご主人様」
  確信があった・・・・・・ジェント伯爵は、死んでいる。
  ただそれを確かめるためだけに、僕は死体を踏み越えて進んでいく。
  そして、彼の部屋の前まで辿り着いた。
  ゆっくりとドアノブを回し、部屋の中に踏み入る。

〇豪華な部屋
  そこには、血塗れの椅子に座ったまま息絶えているジェント伯爵の姿があった。
ハル「あっ・・・・・・あ・・・・・・あぁ」
  震える手で、その亡骸に触れる。
  既にその身体からは、体温を感じることが出来なかった。
  がくん、と力が抜けていく。
  視界は真っ暗になり、意識が飛びそうになる。
ハル「シュナイト!!」
  沸き起こった、怒りの矛先を見据える。
  許さない・・・・・・全てを奪い去った罪を、必ず償わせて見せる。
  呼吸を整え、冷静になるように努める。
  シュナイトの邸宅は、この街で一番目立つ高台にある。
  僕は壁に飾られたナイフを手に取り、シュナイトの邸宅に向けて歩き出した。

次のエピソード:【第二話】主君であり宿敵

コメント

  • ハルが鉄板を真っ二つに切断する最初のシーンはこれから始まる復讐劇の暗示でしょうか。シュナイトは邸宅の人間を皆殺しにしたのに、なぜハルと庭師を見逃したのか。そこがいちばんの謎でした。

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