とあるクリスマスの贈り物(脚本)
〇ダイニング(食事なし)
空から白い雪が降り注ぐ。
白く、白く染めなくては、と。
もろびと、こぞりて、主はきませり。
正しき者に者には贈り物が与えられる日。
それでは私は何を与えてもらえるのだろう?
今、手元に両手で抱えるぐらいの大きさの箱がある。ずっしりと重い。
これは私へのプレゼントではない。
しかも目の前にいる女にそれを悟られてはいけない。この女は敵ではないが、決して味方ではない。
そしてとある事実を知ったら、きっと私の敵となるだろう。
「ねぇ、そのプレゼントあの子からなの? 中身は何かしら?」
「お義母さま、期待して見られても開けませんよ。クリスマスに変わる深夜に開けようと約束したんですから」
「まぁ残念。でも良い夫でしょう? 奥さんへのプレゼント忘れないんだから。あの子の父親である主人なんてねぇ・・・」
雑談とも愚痴とも区別がつかない話を姑は続けている。
私の家は姑が週二日通っているカルチャーセンターから歩いて三分の場所。
だからお稽古の帰りにお茶をしにやってくる。
正直、面倒なのたが、これまで融資してもらった額を考えると無碍にはできない。
しかし今日だけはとにかく早く帰ってほしい。
いつもの会話を長々と訊いているのに必死に苛立ちを隠していた。
さらに姑の言葉に反論したい気持ちはいっぱいあった。
(良い夫? どこが・・・・・・結婚前から浮気していて、問い詰めてもしらばっくれていたくせに)
(プレゼントなんてもらったことないわ。不倫相手の女にはせっせと贈り物をしていたくせに。
クリスマスだって帰ってこないつもりだったのよ)
姑の話を苛立ちながら聞いていた私は何度目かの「お茶のおかわり」を促す。
これが穏便に姑を早く帰らせる方法だと最近気づいたのである。
何度もトイレに立つのが億劫なのか、帰り際に一度だけトイレを
済ませて姑は帰るのだ。だからトイレに行きたくなるようにすればいい。
その甲斐あってか、姑は「お茶はもういいわ。そろそろお暇しようかしら。お手洗いお借りするわね」と言って席を立った。
姑がトイレに立った私は、ほっと一安心した。
ようやくこれでこの「プレゼント」をあの人のところに届けられる。
だが、その時にふとした不安が過った。
トイレは浴室のすぐ傍にある――まだ浴室は十分に片付けていない。
もし姑が気になって覗きでもしたら・・・・・・。
「あら、これは何かしら?」
床に落ちていたものに気づき、姑は腰をかがめて拾っている。
「お義母さん・・・」
「ねぇ、これあなたのかしら? 床に落ちていたから拾ったわ。綺麗ね。でも何か汚れが・・・ぅぐっ!?」
姑は床に落ちていた指輪を握ったまま、息絶えた。
指輪を拾うと、それを姑のポケットの中に入れる。
そう、これは私宛のプレゼントじゃない。見つけなければ死なずに済んだのに。
私は浴槽を開き、バラバラにした「夫だったもの」の身体をダンボールに詰めて、車に運んだ。
姑は少し小柄だから、夫のスーツ用の袋にすっぽりと収まった。
凶器も閉まって車を走らせてとあるマンションの一室を訪れる。
合いカギは夫から奪ったから問題ない。
マンションの一室には、女が一人倒れている。夫の「愛人だったもの」だ。
その部屋に夫のバラバラ死体、姑の死体、凶器、愛人用に買っておいた指輪も忘れずに。そして重たいプレゼント箱を置いておく。
夫の浮気で離婚問題になった時、私は夫に離婚の条件と共にとある手紙を書かせた。
『やはり愛する人と生涯を共にしたい。君とは別れる』と。
これを私宛に夫は書いたつもりだろう。まちがいない直筆の文だ。
けれど愛人の死体の傍に置いておく。
夫との別れ話に逆上した女は、夫を殺害。私は姑に夫の不倫のことを相談。姑は夫のことを問い詰めに行った先で女に殺された――。
こうして私は悲劇の妻、被害者となるだろう。
12時を告げる鐘の音が聞こえた。
私は仕上げにプレゼント箱を開く。
その姿はサロメの欲したヨカナーンの首の如く。
自分を愛した女たちの死体に囲まれた「夫だったもの」の顔があった。
「さぁプレゼントよ。賑やかなクリスマスになりそうね」
数ヵ月後、クリスマスはもう遠い季節になった頃、私の手には遅ればせながら夫からのクリスマスプレゼントが届いた──
「生命保険金」という名のプレゼントが。
うーん怖かったです!ヨナカーン、なるほど…。
いつも通りに義母が帰るのを待っていたことで、夫を殺してしまっていることの衝撃が増しました。オチも淡々としている分恐ろしさを感じられました。
この女性から完璧主義という印象を強く受けました。理想通りにならない現実を自分の手で確実に変化させる強情さ。女性独特の恐ろしさが最後まで読者を引き寄せてくれました。
淡々と進む物語、淡々と殺害し処理していく主人公。ストーリーが平板に進められたことで一層の恐ろしさがひしひしと伝わってきます。