告解②心ノ拠リ所(脚本)
〇鍛冶屋
ロイド「いつもありがとうございます」
ニック「なに、この程度のこと朝飯前さ」
ニック「神父様にゃ、いつも世話ンなってる」
ニック「お互い前さ」
ニック「メンテナンスなら機械工ニックに お任せあれ、ってね」
無機質な声「ニック、ちょっといいですか?」
ニック「ああ」
ニック「悪いね、神父様」
ロイド「いえ、お気になさらず」
ロイド「またメンテナンスの折にお邪魔します」
〇雪山の森の中
旅人「おっと──」
ロイド「お怪我はありませんか?」
旅人「ありがとよ、平気さ」
旅人「この先が【ノーザンハイツ】かい?」
ロイド「はい、そうです」
ロイド「案内しましょうか?」
旅人「すまないねぇ」
〇西洋の街並み
旅人「ありがとよ、神父様」
ロイド「どうして私が神父だと?」
旅人「見りゃわかるさ」
旅人「それにしても──」
旅人「アンドロイドが多いねぇ」
旅人「【機工都市】と呼ばれるだけある」
ロイド「一目でアンドロイドを見抜くとは」
ロイド「機械工の方でしょうか?」
旅人「ただの流浪者さ」
旅人「治安の悪い地域も旅するせいか 人を良く見る性でね」
旅人「ヒトはあんなにも規則正しく歩けない」
旅人「規則はヒトがつくったものだって?」
ロイド「いえ、何も」
旅人「そう言いたげだったよ」
旅人「あんたの鼓動も規則正しい」
旅人「モーター音だ」
旅人「あー、気を悪くしねぇでくれ」
旅人「あんたを悪く言ったワケじゃない」
ロイド「では、どういう意味でしょうか?」
旅人「なに──」
〇空
旅人「ただの自虐さ」
〇田舎の教会
〇教会の控室
アン「おかえりなさいませ、神父様」
ロイド「ただいま戻りました、アン」
アン「浮かない顔をされておりますね」
ロイド「そうでしょうか?」
アン「ええ、それはもう」
アン「温かい飲み物をお持ちします」
ロイド「気遣いは無用です」
アン「いえ、これはお節介というものです」
アン「甘受するのが道理というものですよ」
ロイド「そうなのでしょうか?」
アン「ええ」
アン「それがヒトの『礼儀』というものなのです」
〇教会の中
シャルロット「神父様、ごきげんよう」
ロイド「ごきげんよう」
シャルロット「こちらを」
ロイド「これはこれは」
ロイド「焼きたてのバゲットですか」
ロイド「神に代わり感謝いたします」
ロイド「アン、こちらを」
アン「はい」
アン「芳醇な香りに柔らかな手触り」
アン「さぞ上等な小麦を使っていることでしょう」
シャルロット「フフ、料理長自慢の一品よ」
ロイド「礼拝される方にお配りしても?」
シャルロット「ええ、自由にしてちょうだい」
シャルロット「舌が肥えてしまっても責任はとれない けれどね」
ロイド「遠路はるばる祈りを捧げに来られるとは」
ロイド「貴方の信心深さに神も喜ばれること でしょう」
シャルロット「神、ね」
シャルロット「貴方の中に神はいるのかしら?」
ロイド「アンドロイドに信じる心はない ・・・ということでしょうか?」
シャルロット「いいえ」
シャルロット「貴方に心の拠り所は要らない という意味よ」
〇教会の中
〇黒
ロイド「神の慈悲を信頼し、貴方の罪を 告白なさってください」
シャルロット「私は彼のことを──アンドロイドのことを 何も理解していなかった」
〇大広間
彼の名はバートル
私が産まれる前から家に仕えていた執事よ
祖父の代から仕えていると聞いているわ
〇城の廊下
彼はとても優秀なの
手際が良くて、1人で10人分の家事を
こなすし
度胸もあって、腕も立つ
〇城の会議室
なにより、彼の焼いたパンは絶品なの
専属の料理長にも引けを取らないわ
〇華やかな裏庭
私に言い寄ってくる殿方は数多いたけれど
彼よりも優秀な殿方はいなかったわ
〇黒
──けれど、私は彼に酷いことを言った
〇貴族の部屋
彼は家の執事であると同時に私の
教育係でもあったの
だから、いつも口うるさく注意してくるの
〇城の会議室
特に、マナーに関しては人一倍
うるさかったわ
バートル「落第点です」
フォークの持ち方がどうとか
ナイフの持つ手はこっちだとか
とにかく耳がキンキンしてくるの
常に優秀な彼だけれど
鞭を振るう時だけは、彼の優秀さが
恨めしかったわ
〇貴族の部屋
それでこの間、私勉強がうまくいかなくて
わからないところがあったのだけれど
何度説明しても、彼は聞く耳なんか
もたなくて
バートル「落第点です」
一方的に私を叱りつけてきたの
私とても苛々して
つい彼に言ってしまったの
シャルロット「うるさいわね!」
シャルロット「ヒトの気持ちなんてわからないクセに!」
シャルロット「いいわね貴方は簡単に憶えられて!」
シャルロット「シワひとつできないその顔で 私を叱らないでちょうだい!」
彼は眉一つ動かさなかったけれど──
〇華やかな裏庭
今朝、彼は──失踪した
〇城の廊下
城内総出で探したけれど
ついに見つからなかった
〇モヤモヤ
私は赦されざることをした
相手が身内であれば
とても口にしないであろうことを
平然と口にした
悪いとさえ思っていなかった
彼がいなくなるまでは──
〇黒
シャルロット「神よ、救いがたい愚行を犯した私に どうかお赦しを」
ロイド「アンドロイドにとって、主は絶対です」
ロイド「貴方にとって、神が絶対であるように」
ロイド「主の命に背いて動くことは 決してありません」
ロイド「決して」
シャルロット「何が言いたいの?」
〇城の廊下
彼は命令系統に異常を来していたのでしょう
ヒトの脳に当たるメモリーか
あるいは心臓にあたるコアか
該当箇所が損傷していれば
アンドロイドは命令に背きます
〇貴族の部屋
貴方の説明に聞く耳をもたなかったのも
音声認識システムが損傷していたから
でしょう
彼は何世代も前の旧型ですから
定期的なメンテナンスを行ったとしても
コアの寿命が訪れれば
アンドロイドは──命を失います
〇モヤモヤ
メモリーを移植すれば
それまでの学習データを引き継ぐことは
できますが
それは同じ中身をもった別の人形です
貴方の知る彼ではありません
〇白
彼にも寿命が訪れたのでしょう
貴方は
貴方がたは
彼に天寿を全うさせることができました
それは誇ることであれ
悔やむことではありません
顔を上げ、前を向きましょう
貴方の中に彼は残り続けます
知識として、経験として、思い出として
〇黒
ロイド「胸を張り、誇り高く生きてゆくのです」
ロイド「辛い記憶も糧として」
シャルロット「・・・はい」
シャルロット「慈悲深き神よ、豊かな憐れみによって 私の罪を赦し、我が心をお清めください」
ロイド「神の御名において、貴方の罪を赦しましょう」
シャルロット「アーメン」
ロイド「神に立ち返り、罪を赦されしヒトは 幸せです」
ロイド「ご安心ください」
シャルロット「・・・ありがとうございました」
〇教会の中
アン「神父様」
アン「差し出がましいこととは存じますが」
アン「お付き合いいただけますでしょうか?」
〇田舎の教会
アン「シャルロット様」
シャルロット「アン」
アン「お恵みくださったバゲット」
アン「美味しく頂きました」
シャルロット「そう」
アン「まさに絶品」
アン「小麦の風味と弾力が口の中で混ざり合い」
アン「至高のひと時を味わうことができました」
シャルロット「・・・可哀想なヒト」
アン「何か仰られましたか?」
シャルロット「何でもないわ」
シャルロット「祈りは済んだわ、ごきげんよう」
アン「シャルロット様」
アン「せっかくですから町を見て回りませんか?」
〇雪山の森の中
シャルロット「・・・貴方は怖くないの?」
アン「何がでしょう?」
シャルロット「神父のことよ」
シャルロット「彼もアンドロイドでしょう?」
アン「素敵な方ですよ」
シャルロット「ええ、そうね」
シャルロット「だからこそ、よ」
シャルロット「どれだけ素敵でも私たちとは違う」
シャルロット「彼がいくつなのか」
シャルロット「どれだけ死に近づいているのか」
シャルロット「私は理解していなかった」
シャルロット「ヒトと同じ」
シャルロット「壊れたら死ぬ」
シャルロット「・・・悔やむな、なんて無理があるのよ」
〇西洋の街並み
〇鍛冶屋
シャルロット「ここは?」
アン「神父様が仰ったように バートル様には損傷があったのでしょう」
アン「ですが」
アン「壊れていたから命令に背き 失踪したわけではありません」
アン「壊れていたからこそ 命令に準じようと動いたのです」
シャルロット「どういう・・・こと?」
ニック「おお、アンちゃん」
ニック「今日はどうした?」
ニック「おや? 嬢ちゃんは、確か・・・」
アン「ニック様」
アン「今朝方、メモリーかコアに損傷の ある方がお見えになりませんでしたか?」
シャルロット「貴方、何か知っているのッ!?」
ニック「・・・ああ、そういうことか」
ニック「ついて来な」
〇古い倉庫の中
シャルロット「バートルッ!?」
ニック「こいつはな、俺ンとこ来てこう言ったんだ」
〇鍛冶屋
バートル「新型へとメモリーを移植して いただけませんか?」
ニック「正常に駆動しているように見えるが?」
バートル「近頃、演算回路の異常が散見されるのです」
バートル「クラッシュするまで時間の問題でしょう」
ニック「なるほど、ね」
バートル「せめてメモリーは・・・お嬢様に関する 知識だけは引き継ぎたいのです」
バートル「言い値で構いません」
バートル「このボディも下取りに出します」
ニック「構わないが・・・」
ニック「コアが変われば当然人格も変わる」
バートル「承知の上です」
バートル「それでも私は──役に立ちたい」
バートル「どんな形であろうと傍にいたい」
バートル「ヒトであろうと」
バートル「ヒトでなかろうと──」
〇古い倉庫の中
シャルロット「バートル・・・」
シャルロットがバートルの胸に触れる
ニック「彼のメモリーは取り出した」
ニック「彼にはもう、あんたとの思い出は──」
バートル「お嬢、様・・・」
バートルがシャルロットの頬を撫でる
シャルロット「バートル、バートルッ・・・!」
シャルロット「ごめんなさい!」
シャルロット「私、貴方に酷いこと言った!」
シャルロット「本当は貴方のこと、とても敬愛していた!」
シャルロット「貴方だけが心の拠り所だったの!」
シャルロット「感謝していたの!」
シャルロット「心の底から! 貴方だけを!」
バートル「・・・言葉遣いが、なって、おりませんよ」
シャルロット「こんなときまでッ!」
シャルロット「バートル?」
シャルロット「バートルッ!」
バートル「・・・及第点、です」
バートル「ふふ」
〇西洋の街並み
アン「やはり心臓──コアに心が宿っていた のでしょうか?」
ロイド「いえ」
ロイド「メモリーが無ければボディは動きません」
ロイド「コアにキャッシュが残っていたのでしょう」
ロイド「情緒もありませんが」
アン「そうでもありませんよ」
アン「頬を撫でるという行為」
アン「役に立ちたいというバートル様の願いとは 裏腹に」
アン「何の役にも立たない行為です」
アン「それを心と呼ぶのではないでしょうか?」
〇西洋の街並み
旅人「ただの自虐さ」
〇雪山の森の中
ロイド「彼のあの言葉」
アン「彼?」
アン「今朝、この町へとお連れになった 旅の御方でしょうか?」
ロイド「はい」
ロイド「彼は仰いました」
ロイド「私の鼓動は規則正しいモーター音だ、と」
ロイド「そして、それは『ただの自虐だ』と」
ロイド「今ならその意味がわかります」
〇西洋の街並み
あの御方はヒトのことを蔑んだのです
アンドロイドのほうが優れている、と
しかし、私はそう思いません
〇古い倉庫の中
アンドロイドのほうが
規則正しかったとしても
ヒトのほうが美しい
不規則な鼓動が、不安定な情緒が
不確定な運命が──美しい
〇教会の控室
ロイド「ありがとうございます、アン」
ロイド「彼女の心に寄り添っていただいて」
ロイド「私にはできないことです」
アン「神父様は十分寄り添っておりますよ」
アン「初めてお会いした、あの夜から」
ロイド「アン」
アン「メモリーとコア」
アン「脳と心臓によく似ております」
アン「たとえ規則的なモーター音だったとしても」
アン「神父様はここにおります」
アンがロイドの胸に耳を当てる
アン「この音が神父様なのです」
アン「とても・・・心地好い音」
ロイドがアンの背中へとそっと腕を回す
ロイド「アンは私のモーター音を心地好いと 言ってくれますが」
ロイド「私からしてみれば」
ロイド「アンから伝わる温もりこそが 何よりも心地好い」
〇貴族の部屋
私の拠り所なのです