エピソード1:墓参り(脚本)
〇墓石
両親の墓参りに訪れ、使い終えた桶と柄杓を備え付けられていた場所に戻しているときだった。
???「こんにちは」
高齢の男性が後ろから声をかけてきた。
手には桶を持ち、その中には水と柄杓が入っている。
彼もまた、誰かを弔いに来たのだろう。
「はい、こんにちは」
返事を返すと、彼は目の皺を深くして笑んだ。
おじいさん「綺麗ですね」
確かに、住宅地に近い発展した場所にある集合墓地のためか、山の方にある墓地と比べれば綺麗な方であった。
以前に両親と行った祖父母が眠る墓地は山深い場所にあり、石は苔むし、夏には蜂やら蝉やらが飛び回り
そうでなくとも、蜘蛛の巣はいつでも張られ、少しでも立ち尽くしていると蟻が足を上ってきた。
ここは冥福を祈る人々が足繁く通うのか、供えられた花も枯れていない。
「そうですね、綺麗ですね」
おじいさん「ええ、ええ、綺麗ですね 綺麗に咲いております」
「ああ、花ですか。そうですね、皆さんよくいらっしゃるのでしょうね
私は久しぶりなもので、お恥ずかしいことです」
おじいさん「そう仰っしゃらず 本日いらしたのでしたら綺麗な花を添えてくださったのでしょう」
そう言って彼は墓場をちらりと見て、ああ、納得したような声を上げた。
おじいさん「ああ、ああ、あの桃色の花と黄色い花ですねぇ 元からおります白が賑やかになりますので、良いことですねぇ」
「え、ええ・・・
よくおわかりになりましたね」
先ほど供えたばかりの花の色を当てられ、一瞬たじろぐ。
この人はよく来るから変化に気付いたのか、あるいは、気付かなかっただけで随分前から近くにいて見ていたのかもしれない。
おじいさん「わかりますとも いつもよく見ていますからね わかるものです」
「そうでしたか」
おじいさん「自分の子供か孫のようなものです 皆、顔が違うでしょう」
「はあ、花が顔ですか」
おじいさん「ええ、ええ 今日も元気で嬉しいものです」
おじいさん「私も老い先短いですが、この子たちはもっと短い けれど、老いて崩れるばかりの私よりも美しいものです」
おじいさん「ですから、私がここに立てる間はね、綺麗でいてもらいたいのですよ 食い潰すばかりの私よりもいいものです」
おじいさん「小遣いをやるような子もおりませんし、いずれ来るそのときまでの楽しみなのですよ」
彼はそれは愛おしいものを見るように、花の供えられた墓場を見つめる。
その目がまたこちらに返される。
おじいさん「あなたもいつか美しく咲くでしょうから、楽しみですね」
そう言って彼はゆったりとした足取りで、墓へと近付いていく。
端から端まで、両親の墓にも、その隣にも、一つずつ近付いては供えられた花を愛でて、時々桶から柄杓で水を掬い、花瓶に注ぐ。
ここは、彼の庭なのかもしれない。
この世から切り離された者たちが眠り、切り取られた花が生けられたこの場所は、彼にとって自分の最後が来ても続く庭園。
彼が花たちの世話をしているから、枯れた花がないのだ。
だから、久々だというのに両親の墓の花も枯れていなかったのだ。
けれど、甲斐甲斐しく水をあげただけで花が全く枯れないなんてことはないはずだ。
彼があげているのは、本当に水だけだろうか。
両親には申し訳ないが、来年、墓参りを覚えていたとしても、またしばらくは来ないかもしれないと思った。
この正体不明の「おじいさん」、違和感を覚えてしまう発言内容や行動、とても心にひっかかりますね。読後心に重いモヤモヤ感がずっと残りました