星の歯車

jloo(ジロー)

忘失と幻想(脚本)

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〇地下室
  誰も居ない、大図書館の地下。私はその廊下を、ひたすらに進んでいた。
  視界の端に移り消える影は、亡くなった生徒の亡霊か。
  そんな幻想を抱く私自身に、思わず笑ってしまう。
  これまで、非道と知りながらも加担してきた。もう戻ることの出来ないところまで来てしまったのだ。
エリス・グリモア「早く、目的の物を回収しないと」
  この計画に加担していた、決定的な証拠にもなり得る代物。
  運良く未だ見つかっては居ないようだが、それも時間の問題だろう。
  私が危険を侵してまで、この地下牢に回収へ訪れたのはそのためだ。
  魔獣の、唸り声が聞こえる。
  『影隠し』の呪文を使わなければ、一瞬で私も派閥の生徒と同じ目に遭っていたことであろう。
  私は生まれ来る感情を押し殺し、目的の部屋まで辿り着いた。
  扉を開けようとした時、中から話し声が聞こえてくる。
  そんなはずは無い・・・・・・こんな場所に、誰も居るはずは無いのだ。
  次第に音量を増すその声はいつしか怒号となり、耳を劈くような悲鳴と共に消えていった。

〇地下の部屋
  しばらくの刻を空け、扉を開く。
エリス・グリモア「うっ・・・・・・」
  吐き気を催すほどの、臭気。
  部屋の中央に置かれたベッドの上には、身体の一部が醜く変形した生徒たちが横たわっていた。
  恐怖と苦痛に歪む彼らの顔は、まるで死んでいるかのように生気が見られない。
  いや、実際に彼らは死んだのだ。そしてその命と引き換えに、魔獣を生み出した。
  実際に、このような光景を見るのは初めてだった。
  何故なら、私はいつも彼女たちを送り出すところまでしか知らなかったから。
  途端に弱気になる、自身の心に気づいた。
  震える足を何とか諫めながら、部屋の中を見渡す。
  ここに、あるはずなのだ。
エリス・グリモア「あった」
  やっと恐怖から解放される、その喜びから無意識に身体が跳ねてしまう。
  部屋の隅に無造作に重ねられた書類の山の中には、私が理事長と交わした契約書があった。
エリス・グリモア「これで、ようやく終わるんだ」
  そう思った瞬間、私の心は安堵に満たされていた。
  これで、全てが解決する。後は、地上に戻れば・・・・・・。
  だが、足が動かない。地面に磔にされたように、そこから一歩も動けなかった。
エリス・グリモア「どうして・・・・・・どうしてなの」
  見下ろした先には、見覚えのある姿。
  派閥の生徒たちだ。きっと、私を迎えに来たに違いない。
「エリス様ぁ・・・・・・どうしてぇ・・・・・・」
「どうして、助けてくれなかったのですか」
  怨嗟の声が、頭に直接響き渡る。
エリス・グリモア「違う・・・・・・仕方が無かったのよ!」
「嘘・・・・・・嘘だ・・・・・・!!」
エリス・グリモア「きゃぁああああっ!!」
  悲鳴を、上げてしまう。それを聞きつけたように、辺りを徘徊していた魔獣が部屋に押し寄せる。
エリス・グリモア「た・・・・・・助けて・・・・・・」
  気づいた時には、手遅れだった。
  周囲を囲むように、魔獣たちが一斉に飛びかかってくる。
  逃げ場など無い。その現実に、絶望するしかなかった。
  鋭い爪先が、私の首に迫る。そして、血飛沫と共に私の意識は途切れてしまった。
エリス・グリモア「・・・・・・え?」
  ・・・・・・はずだった。
  私の前に立つ、一人の少女。彼女には、見覚えがある。
エリス・グリモア「リリス・ミスティック」
リリス・ミスティック「へぇ、妹の事を知っているのか」
エリス・グリモア「妹? 何を、言っているの」
リリス・ミスティック「いや、何でも無い。それよりも、この魔獣を何とかしないとな! この数は、さすがにキツい。手助けして貰えると、助かるんだが」
エリス・グリモア「でも、足が・・・・・・」
  足下を見ると、既にそこには誰も居なかった。恐怖心が見せる、幻影だったのだろうか。
  私の心の中にはただ、底無しの穴だけがぽっかりと口を開いている。
エリス・グリモア「大丈夫、やれるわ」
  杖を手に、立ち上がる。
エリス・グリモア「『土人形(アースゴーレム)』ッ!!!」
  呪文を唱えると、足元から巨大な石の腕が伸び上がる。
  それは瞬く間に魔獣たちを薙ぎ倒し、蹂躙していった。
  しかし、数が多すぎる。いくら倒しても、キリが無いのだ。
リリス・ミスティック「仕方が無いな・・・・・・俺もやるか」
  リリスが眼前に手をかざすと、そこに漆黒の槍が浮かび上がる。
  それを軽々と掴み取ると、彼女は軽快な身のこなしで魔獣達を蹴散らしていった。
  単純に、魔術の実力だけでは無い。
  その動きからは、想像を絶するほどの鍛錬の跡が見て取れた。
エリス・グリモア「あなたは一体、何者なの・・・・・・」
  思わず、言葉が漏れる。
  それに応えるように彼は魔獣の血を払うと、こちらを振り向き一言呟いた。
リリス・ミスティック「俺は、お前を殺しに来た」

〇綺麗な図書館
  戦闘を終え、私たちは地上に戻ってきていた。
  誰も居ない大図書館の机を囲み、彼女は事情を話し始めた。
リリス・ミスティック「俺の両親は、魔術連盟によって殺されたんだ」
エリス・グリモア「どういうこと? 貴女の両親も、この学園の生徒だったの」
リリス・ミスティック「いや、両親は魔術連盟の一員だった。だが彼らの非道な行いを知り、縁を切ろうとしたんだ」
エリス・グリモア「それで、どうしたの」
リリス・ミスティック「その後、逃げ出した二人は結婚して子どもを授かった。それが俺だ」
リリス・ミスティック「母は俺を産んだ後、すぐに死んでしまった。出産の際に無理をしたせいだと聞いている」
リリス・ミスティック「正直、母のことはあまり覚えていないんだ。俺も、幼かったしな」
リリス・ミスティック「その後父は再婚し、リリスが生まれた」
エリス・グリモア「ちょっと、待って。貴女はリリスよね? 一体、どういう訳なの」
リリス・ミスティック「まあ、多重人格のようなものだと思ってくれ。ここにいる俺は、ノア。リリスの兄だ」
エリス・グリモア「何だか、複雑な事情がありそうね。まあ、とりあえず無視して話を聞いてあげるわ。続けて」
リリス・ミスティック「俺たちは新しい母親と共に、楽しく暮らしていた。だけど、そんな幸せも長くは続かなかったんだ」
リリス・ミスティック「ある日俺の目の前で、両親は殺された。それが魔術連盟の仕業だということは、すぐに分かったよ」
リリス・ミスティック「モラン・ハルバート、俺の両親を殺したのは奴本人だ。少し調べれば、特定するのは容易だった」
リリス・ミスティック「それからは、ずっと復讐のために生きてきた。魔術連盟を壊滅させるために」
エリス・グリモア「・・・・・・それで、魔術連盟に加担する私のことも殺そうとしたって訳なのね」
リリス・ミスティック「ああ、その通りだ。だけど、気が変わった」
エリス・グリモア「あら、それは何故かしら」
リリス・ミスティック「エリス、君はまだ引き返すことが出来る。共に、魔術連盟の悪事を止めようじゃないか」
エリス・グリモア「本気で、言っている? 自分で言うのもなんだけど、私は生かす価値も無い人間よ」
リリス・ミスティック「ふん、変わった奴だな」
エリス・グリモア「それに、私はモランと契約を交わしている。魔術連盟に加盟する約束をする代わりに、彼の目的に付き従うと」
リリス・ミスティック「そんなもの、破れば良いだろう」
エリス・グリモア「簡単にはいかないのよ。魔術師同士の契約は、とても強いものだから」
リリス・ミスティック「なら、これでどうだ。お前を生かすことは、俺が決めたことだ。だから、死ぬことは許さない。俺に、従え」
エリス・グリモア「ぷっ、何それ。まるで、口説いているみたい。契約のつもり」
リリス・ミスティック「ああ、そうだ」
エリス・グリモア「良いわ、貴方の条件を呑んであげる。運の良いことに、私が魔術連盟に加盟することを放棄すればあの契約は破綻する」
リリス・ミスティック「エリスは、それで良いのか」
エリス・グリモア「ええ。実際に彼らが行っていたことを目にして、愛想が尽きてしまったわ」
エリス・グリモア「私がこれまで行ってきた事は、許されるものでは無いと思う」
リリス・ミスティック「確かに、その通りだな。だが、俺も似たようなもんだ。これまで、数多の人間を死に追いやった」
リリス・ミスティック「魔術師連盟を崩壊に追いやるためには、必要な犠牲だと思っていたから」
リリス・ミスティック「だが本当は死んでも良い人間なんて、誰一人居ない」
リリス・ミスティック「例えそれが、他者の権利を奪い尽くすような倫理観の欠如したような人間であってもだ」
エリス・グリモア「今なら、私もその意味が分かる気がする。きっと、それが人間に与えられた時間の意味なんだ」
リリス・ミスティック「善であろうが悪であろうが、時間は平等に訪れる。それこそが、人間の持つ権利の本質だ」
エリス・グリモア「私たちは考えないといけない。この手で奪った、命の意味を。永遠に・・・・・・」

次のエピソード:三つの柱

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