偽りの勲章(脚本)
〇養護施設の庭
エリスの調査。それが私に与えられた、次の雑用だった。
キース先生は、自らのことを杭(コルド)と名乗った。
聞いたこともない、組織の名前だった。
だが、先生が嘘をつく理由も無い。私は、キース先生を信じることにした。
その瞳には、確かな信念が感じられたから。
テイラー・マナ「それで、何で僕のところに来たのかな?」
リリス・ミスティック「ごめんね、テイラー。頼れる人が、他に居なかったから」
テイラー・マナ「そんな大事なことを見ず知らずの僕なんかに話して、大丈夫なのかな」
リリス・ミスティック「見ず知らずなんかじゃないよ! テイラーは、私の大切な友達だよ!」
テイラー・マナ「お、おう。ぐいぐい来るんだね。でも、確かに僕に相談したのは正解だったかもしれないな」
リリス・ミスティック「どういうこと」
テイラー・マナ「僕が、君の求めている答えを知っているかもしれないって事さ」
〇綺麗な図書館
テイラーに連れられて向かったのは、学園の地下にある大図書館。
噂には聞いていたが、実際に足を運んだのは初めてのことだった。
ここには古今東西、あらゆる書物が収められているらしい。
テイラーは迷うことなく、狭い通路の奥へと進んでいく。
やがて辿り着いた先には、学園の生徒が自由に使える個室が設けられていた。
リリス・ミスティック「目的地は、ここ? こんな場所に、エリスが居るの」
テイラー・マナ「し、静かに・・・・・・奴らに怪しまれてしまう」
リリス・ミスティック「奴ら?」
テイラーの視線の先には、緑色の制服を着た生徒たちがたむろしていた。刈り人と呼ばれる、エリスの所属する派閥の人間だ。
図書館なのだから当然なのかもしれないが、彼女らは一言も喋ることもなく個室の前に陣取っている。
その様子が異様に見えるのは、彼らが一様に暗い表情を浮かべていることと無関係ではないだろう。
リリス・ミスティック「あの人たち、何しているの」
テイラー・マナ「恐らく、見張りだろう。あの部屋の中には、誰も入れないつもりだ」
テイラー・マナ「この先に、刈り人の隠している秘密が眠っているに違いない。僕は、そう睨んでいるよ」
リリス・ミスティック「でも、あの数・・・・・・テイラーの力でも、さすがに対処しきれないんじゃ・・・・・・」
テイラー・マナ「当然、搦め手を使うさ。まあ、見ててよ」
リリス・ミスティック「えっ」
次の瞬間、彼女の姿が視界から消える。気づいた時には、刈り人達の目の前に立っていた。
驚く素振りを見せる彼女らに、彼女は得意げな顔を向ける。
テイラー・マナ「君たち、ちょっと良いかな」
「・・・・・・誰よ、あんた」
テイラー・マナ「失礼、僕はテイラー・マナ。この大図書館を私物のように扱う不届き者に、お灸を据えに来たのだよ」
「・・・・・・ふざけているの? ここは、私たちの縄張りよ。勝手に入るなんて、許されると思ってんの」
テイラー・マナ「別に、君たちの許可が必要だとは思わないけどね。ここは学園の生徒であれば、誰でも利用できる場所のはずだ」
「生意気な女ね・・・・・・覚悟は、出来てるんでしょうね」
一人の少女が立ち上がり、杖を構える。それを見た他の少女たちも、一斉に敵意を剥き出しにした。
しかし、テイラーは怯むどころか余裕すら見せながら彼女たちに一言を告げる。
テイラー・マナ「おっと、ここが魔術連盟にとってどのような場所か分かっているよね?」
テイラー・マナ「ここで魔術を使えば、大図書館の崩落だってあり得る。それでも、構わないと言うのかい」
「そ、それは・・・・・・」
刈り人達が、躊躇うのも当然だ。
この大図書館は、魔術連盟の人間が世界中から集めた書物が保管されている施設。
本来は魔術連盟の人間だけのために利用される予定であったが、それを善意で解放しているのだ。
もしそんなところで戦闘でも起こしたら、代表であるエリスの魔術連盟への加盟は絶望的になるだろう。
彼女たちも、どうやらそれだけは避けたいらしい。
「先輩、丁度良いですよ。彼女を、この部屋の奥に連れて行ってしまいましょうよ」
「そうですよ。今なら誰も居ないですし、こんな頭のおかしい奴は居なくなっても誰も気にしませんよ」
「そうね、このまま嘗められたままっていうのも性に合わないわ。エリス様の指示は無いけれど、牢にでもぶち込んでおきましょう」
何やら物騒な会話の後、テイラーは彼女たちに羽交い締めにされて何処かに連れ去られようとしている。
テイラー・マナ「やめろ、僕に何かしたら許さないぞ」
「あら、さっきまでの威勢は何処に行ってしまったのかしらね? 貴女達、さっさと連れて行きなさい」
このままではテイラーは、二度と戻ってこないかもしれない。
私は杖を強く握りしめ、彼女を助けるために一歩踏み出した。
だがその一歩を踏み出す前に、テイラーがこちらを振り向いて笑みを浮かべたのが見えた。
テイラー・マナ「リリス、来ちゃ駄目だ! 君まで刈り人の犠牲になる必要は無い」
言わなくても良いところを、テイラーは大声で私の存在を指摘する。
その発言に、全てを察した。ふざけた作戦だとは思ったが、今は彼女に合わせて演技するしかない。
リリス・ミスティック「テイラー、助けに来たよ!」
「ち、仲間が居たのか。仕方が無い、こいつも牢にぶち込んでおけ」
私は抵抗する暇も無く、狩り人達に捕らえられてしまう。
そしてそのまま、地下にあるという牢へと連行されてしまった。
〇地下室
個室の先に、地下へと続く階段のようなものが見える。
吹き出す冷気を顔に浴びながら、私たちは暗闇の底へと下っていく。
「それにしても、気味の悪い場所ね。こいつらが、黙ってしまうのも分かるわ」
猛獣が吠えるような叫びが、硬い壁に反響し続けている。
明かりと呼べるものは何も無く、壁から染み出すように滴る水の反射だけが辺りを照らしていた。
やがて私たちは最下層に辿り着き、一つの檻の前に立つ。
〇牢獄
リリス・ミスティック「ぐっ・・・・・・」
「ふふふ。計画には無かったけれど、貴女達を捕えたことでエリス様からの評価も上がるはずよ。ご馳走様」
暗闇の中、声だけが響く。どうやら、ここは牢らしい。
蝶番が軋む音が、静寂の中に響く。
しばらく、私たちは黙り込んでいた。遠くで僅かな光を零す、扉が完全に閉じきるまでは。
リリス・ミスティック「それで、ここからどうするの? テイラー」
テイラー・マナ「案外、度胸があるものだね。こんな状況になっても、声すら震えないなんて見直したよ」
リリス・ミスティック「それより、貴女の計画を聞かせてちょうだい。何か、考えがあるのでしょう」
テイラー・マナ「まあ、そう焦るなよ。それよりも、ここに来て何か気づいたことは無いのかい」
リリス・ミスティック「気づくって、何に」
テイラー・マナ「例えば・・・・・・猛獣のような、叫びが聞こえてくるだろう? あれは、魔獣だ」
リリス・ミスティック「やっぱり。でも、どうして? 刈り人が、魔獣を捕えているのかしら」
テイラー・マナ「違う。この声の主は、僕たちと同じようにここに連れてこられた人間なんだ」
リリス・ミスティック「でも、どうして・・・・・・魔力暴走が起きない限り、人間は魔獣にはならないのでしょう」
「それは・・・・・・私から、説明させて貰っても良いかしら」
突如、背後から女性の声が響いた。
慌てて振り返ると、そこには痩せ細った姿の生徒が一人項垂れていた。
その身体には無数の刺し傷のような跡があり、彼女の置かれた凄惨な状況が見て取れる。
彼女はゆっくりと顔を上げると、無理矢理こちらに向けて笑顔を作った。
ルーシア・エンチャント「自己紹介を、させて貰うわね。私の名前はルーシア・エンチャント。監視者の代表を務めていたわ」
リリス・ミスティック「ルーシア・・・・・・まさか、貴女が行方不明になったって言う・・・・・・」
テイラー・マナ「これこそ、リリスの求めていた紛れもない証拠じゃない。刈り人は、やっぱり代表のことを誘拐していたんだ」
テイラー・マナ「そして、ここは魔術連盟の管理する大図書館の地下でもある」
テイラー・マナ「これだけの情報を前にすれば、自ずと刈り人と魔術連盟の関係性が見えてくるだろう」
リリス・ミスティック「魔術連盟が、刈り人にこんな仕打ちをさせていると言うの!?」
ルーシア・エンチャント「彼女の、言う通りよ。刈り人は、魔術連盟の指示を受けてこの計画を実行した・・・・・・人間を、人為的に魔獣化させる実験をね」
リリス・ミスティック「そんな、どうして・・・・・・」
ルーシア・エンチャント「私にも、目的は分からない。でも、こんなことが許されて良いはずが無い」
ルーシア・エンチャント「他の生徒達は皆、魔獣化して別の場所に連れて行かれてしまったわ」
ルーシア・エンチャント「私も、たくさんの注射を打たれた。もう、動く気力も無い」
ルーシア・エンチャント「倒れる前に、貴女達の名前を聞かせて貰えないかしら」
リリス・ミスティック「そんな・・・・・・しっかりしてください。私は、リリス。そして、彼女はテイラーです」
ルーシア・エンチャント「そう、テイラー。貴女が、テイラー・マナなのね」
リリス・ミスティック「え、彼女のことを知っているんですか? まさか、知り合いとか」
ルーシア・エンチャント「いいえ。でも、噂に聞いたことがあるの。大魔術師、シャーロット・アルケミストが唯一採った弟子の事を」
リリス・ミスティック「シャーロットって、この学園の卒業生の方ですよね」
ルーシア・エンチャント「ええ、彼女はこの学園に入学する前から名を馳せていたの。孤高の魔術師として知られていたのだけれど・・・・・・」
テイラー・マナ「シャーロット様は、僕を弟子に採りました。それは、彼女が学園に入学する一年程前のことです」
リリス・ミスティック「テイラー、その話は本当なの」
テイラー・マナ「うん。僕はまだ幼かったから、彼女に付いて学園に入学することは出来なかったんだけど・・・・・・ある、約束をしたんだ」
リリス・ミスティック「約束・・・・・・」
テイラー・マナ「彼女は、星が落ちてくる日を予言していた・・・・・・その時に、僕にこの学園に訪れるように言ったんだ」
リリス・ミスティック「星が・・・・・・落ちてくる」
ルーシア・エンチャント「そんな話は、聞いたことが無いですね。そもそも、星とは何なのですか」
テイラー・マナ「星の正体は、誰も知らない。だけど、星が落ちてくる理由だけは分かる」
テイラー・マナ「それは、人間の行いに呆れた神の裁きのようなもの。鉄槌なんだ。僕は、それを食い止めるために、この学園に来た」
テイラー・マナ「シャーロット様も、今何処かで対策を練っている。きっと、その時になれば姿を現すはずだ」
テイラー・マナ「そのために、一つ鍵になる存在がある。今、目の前に居るルーシアさん。貴女だ」
ルーシア・エンチャント「あら、こんなぼろぼろの私に一体何が出来ると言うのかしら」
テイラー・マナ「貴女には、星詠みと同盟を結んで欲しい。魔術連盟を追い詰めるためには、貴女の力が必要なんだ」
ルーシア・エンチャント「・・・・・・それは、難しいかもしれないわね。アンナは、堅物だから」
テイラー・マナ「正直、僕一人の力ではどうしようも無いところまで来ているんだ。どうか、力を貸してください」
テイラーは、彼女に頭を下げる。
しかし、ルーシアは力無く首を横に振った。
ルーシア・エンチャント「無理よ。そもそも、この牢から脱出する方法すら分からない。私には、何も出来ないわ」
テイラー・マナ「それなら、勿論対策は練ってあります」
そう言うとテイラーは服の裏に隠していた杖を手に取り、呪文を唱えた。
すると彼女の持っていた杖は鍵の形に変形していき、牢の鍵穴に差し込まれた。
テイラー・マナ「さあ、行きましょう」