私の影(脚本)
〇寮の部屋
夜刻、学園の敷地を照らす灯は薄暗く、生徒の声も聞こえない。
そんな中、一人鏡を見て驚愕の表情を浮かべている少女がいた。
否、少女では無い。彼の名前はノア・オラクル。
魔術連盟に対する組織、杭(コルド)の構成員でありリリスの兄。
そして、何よりも・・・・・・。
リリス・ミスティック「死んだはずの、男だ」
そう、彼は一度死んでいる。
魔術連盟の人間に見つかり失ったはずの彼の命は、リリスの身体を借りて再び生を得たのだ。
理屈は分からない、だがそれ以上に彼は三度の報復の機会を与えられたことに感謝していた。
リリス・ミスティック「メイ先輩は、無事なのか」
それは、彼と共に魔術連盟に潜入した女性の名前だ。
彼女はノアの教育係を務めていて、常に行動を共にしていた。
リリス・ミスティック「だが、その生存を確認する手段は無い。今俺がすべきことは・・・・・・」
寮の壁に掛けられた制服を見つめ、彼は考えるような仕草を見せる。
リリス・ミスティック「リリスは、プラネテューヌ学園に入学したのか」
リリス・ミスティック「どういった経緯でリリスがこの学園に入学することになったのか、それも気になるが」
これは、良い隠れ蓑になりそうだ。
制服に腕を通しながら、ノアは魔獣の潜む森へと消えていった。
〇ファンタジーの教室
リリス・ミスティック「ふぁああ・・・・・・眠い・・・・・・」
魔術の講義を受けながら、私は欠伸をしていた。
昨日はぐっすり寝たはずなのに、全然疲れが取れていない。
先生「それでは、実際に魔術の行使をしてみましょう。皆さん、それぞれ杖を構えて下さい」
先生の指示に従い杖を構えた他の生徒に倣い、私も杖を構える。
先生「行使する魔術は《星屑》です。まずは星詠みの基本である、魔力の収束から始めます」
先生「星屑」
先生の言葉を復唱し、杖の先端を空に向ける。
すると杖の先端には魔力が集まり、淡い光を放ち始めた。
リリス・ミスティック「おお・・・・・・なんか出た」
その光は徐々に大きくなっていき、やがて太陽のように辺り一面が光に包まれる。
鳴り響く轟音に耳を押さえたくなるが、ここで集中力を切らせばまずいことになりそうな予感がする。
先生がこちらを向き何かを訴えかけているような気がするが、声は届かない。
そうしてしばらく時間が経った頃、ようやく光が収まった。
先生「・・・・・・こんなことはシャーロットの時以来、初めてです」
講義室がざわめく中、先生は呟く。
先生「リリスさん、それに貴方達にも関係あることなので聞いておきなさい」
先生「魔力暴走について話すのはもっと先のことになると思っていましたが、今がその時のようです」
リリス・ミスティック「魔力暴走?」
先生「リリスさんは、自身の器以上の魔力を無理やり引き出してしまったのです。これが、魔力暴走」
リリス・ミスティック「私の、せいで・・・・・・」
先生「気に病まないでください。これは、私の失態でもありますから」
先生「そもそも、本来入学時点でそれ程の魔術を行使出来る者は存在しないはずです。余程、星に愛されていなければ」
「リリスさんは、そんなに凄い才能を持っているんですか」
先生「はい、この歳でこれほどの魔力を持つ人間は見たことがありません」
先生「ですが同時に、そういった類い希なる才能を持ち合わせた人間が破滅していく様もこれまで何度も見てきました」
先生「それが、先ほども言った魔力暴走。自らの持つ魔力を制御できず、魔獣と化してしまう」
リリス・ミスティック「魔獣って、森に居るって言われている危険な生物のことですか?」
先生「貴女達は、まだ知らされていないのですね。元々、あれらが人間であったことを」
リリス・ミスティック「え?」
先生「あれらは、魔力が暴走した人間の成れの果てです」
先生「森は、彼らを封じるための檻なのです」
先生「皆さんも、他人事ではありません。魔術を究めようとするならば、いずれ感じることになるでしょう」
先生「自らの限界を超えた魔力への、渇望を」
先生「ですが、その欲望に負けてはいけません。その先にあるのは、破滅・・・・・・破滅だけ」
先生「魔術は人間の手によって扱えて初めて、術と呼べるものになるのですから」
講義室が、静寂に包まれる。
永遠と思われるような時間は、終業の鐘によって終わりを迎えた。
先生「今日はここまでにしましょうか。皆さん、お疲れさまでした」
先生「リリスさん、放課後に職員室まで来るように。貴女には、話しておきたいことがあります」
そう言い残し、先生は教室を出て行った。
周囲の生徒の反応は、様々だ。でもその誰しもに共通しているのは、私から距離を取っているということ。
その空気感に耐えきれず、私は講義室を飛び出したのだった。
〇城の会議室
先生「はぁっ。まさか貴方だったとはね、彼女を連れてきたのが」
キース・マクゼス「やはり、私が見込んだだけのことはある。先生も、その目で彼女の力を見たでしょう」
先生「確かに、彼女は優秀な生徒だわ。けれど、あの力は危険すぎる」
キース・マクゼス「それは違いますよ。あの力は、我々の計画に必要不可欠なもの。そう、断言出来ます」
リリス・ミスティック「あの・・・・・・計画って何でしょう?」
私は放課後、職員室まで足を運んだ。
それから別の部屋に通されて、先ほどの講義を行ってくれた先生とキース先生と向かい合って座っている。
だが、どうにもおかしい。
説教でもされるものだと思っていたが、一向にその気配が無いのだ。
キース・マクゼス「これは、失敬。自己紹介がまだだったな」
リリス・ミスティック「え、キース先生。もう、名前は知っていますよ」
キース・マクゼス「いや、まだ君には隠していることがあってね。メイ、術を解いてみてくれ」
先生「やっとか、この格好は暑苦しくてかなわんからな」
リリス・ミスティック「え!?」
目の前に居たはずの先生の姿は一瞬にして消え去り、代わりに別の女性が姿を現した。
黒い衣装に身を包んだ彼女は、立ち上がると軽くこちらに向けて礼をして見せる。
キース・マクゼス「改めて、紹介させて貰おう。彼女は、メイ・アストラル。私の、部下だ」
キース・マクゼス「我々は、抗(コルド)と呼ばれる組織の人間でね。魔術連盟を崩壊させるために、日夜活動に励んでいる」
リリス・ミスティック「どういうことですか!? 魔術連盟って言ったら、この学園の運営じゃないですか」
リリス・ミスティック「それに先生達が杭(コルド)って・・・・・・訳が分かりません」
その発言に、二人は意外そうな顔をする。予想もしなかった反応に、私の方が戸惑ってしまった。
キース・マクゼス「昨夜、森で君の姿を確認した者がいる。覚えは無いのかい」
リリス・ミスティック「え、昨日の夜は・・・・・・私疲れてて、すぐに寝ちゃいましたけど」
顔を見合わせる二人だったが、やがて納得したようにこちらに向き直る。
キース先生は顎の前で手を組むと真剣な表情を浮かべながら俯き、ぶつぶつと独り言の様なものを呟き始めた。
そして顔を上げると、『俺』に向かって語りかける。
キース・マクゼス「ノア、そこに居るんだろう」
リリス・ミスティック「・・・・・・気づいていたんですか、俺の存在に」
キース・マクゼス「昨夜の魔獣との戦い振りを見て、まさかとは思っていたよ。しかし、どうして正体を隠していたんだい」
リリス・ミスティック「隠していたわけじゃ無い。今だってあんたの術が無かったら、こうして話すことも出来なかった」
リリス・ミスティック「通常は夜、リリスが眠っている間しか活動出来ないみたいなんだ」
メイ・アストラル「ノア、すまない。私が付いていながら、君をあの様な目に遭わせてしまって」
リリス・ミスティック「メイ先輩、それはもう良いですよ。それより、貴女だけでも無事で良かった」
リリス・ミスティック「話を、戻しましょう。俺にもどうしてリリスの身体に自分の意識が宿ったのか分からないんです」
キース・マクゼス「リリス君の、規格外な魔力の影響・・・・・・あるいは・・・・・・」
キース・マクゼス「既に彼女は、全ての願いを叶える力を手に入れているのかもしれないな」
リリス・ミスティック「え、それって・・・・・・魔術を究めたと言うことでしょうか? 入学して、次の日に」
キース・マクゼス「その自覚は、無いようだがな。だが、彼女の願いは兄であるノアの行方を探ることだ」
キース・マクゼス「その願いが叶ったと考えれば、今の状況にも合点がいく」
リリス・ミスティック「リリスは・・・・・・俺のことを、心配していたんだな。まあ、当然か」
キース・マクゼス「リリス君は、君が両親を殺された復讐のために杭(コルド)に入ったことを知らないのだろう? だとしたら、尚更だ」
リリス・ミスティック「そうだな、リリスは何も知らない。出来ることなら、俺たちの戦いに巻き込みたくは無かったんだが・・・・・・」
メイ・アストラル「彼女は、自らこの学園に足を踏み入れた。元々、巻き込まれる運命だったのよ」
リリス・ミスティック「運命・・・・・・か」
キース・マクゼス「ノア、君に頼みたいことがある。良いかい」
リリス・ミスティック「何だ。杭(コルド)の活動に関する事なら、協力するぜ」
キース・マクゼス「学園の生徒の中に、一人良からぬ動きを見せている人物が居てね」
リリス・ミスティック「そいつは、何者なんだ」
キース・マクゼス「名前は、エリス・グリモア。刈り人の代表だ」
リリス・ミスティック「派閥の代表とは言え、所詮一生徒だろう。そんなに、危険なのか」
キース・マクゼス「彼女は、裏で魔術連盟と繋がっている可能性がある。それを、調査して欲しいんだ」
リリス・ミスティック「駄目だ」
メイ・アストラル「どうしてよ、ノア。貴方ならこれくらいの任務、出来るはずじゃない」
リリス・ミスティック「リリスに、頼んでくれ。俺が学園内で嗅ぎ回るのは、無理がある。どうも、演技は苦手なものでね」
キース・マクゼス「確かに、学園内の調査には君は不向きかもしれないな」
リリス・ミスティック「だろう。それに、リリスなら上手くやってくれるはずだ。ああ見えて、頭も良い。きっと、期待に応えてくれるさ」
キース・マクゼス「分かった。君がそこまで言うなら、彼女に任せよう。それに、リリス君に術を掛け続けるのにも無理があったしね」
キース・マクゼス「睡眠系の魔術は、対象者に負担を掛ける恐れもある。出来れば、使いたくなかったんだ」
リリス・ミスティック「それじゃあ、また何かあれば呼んでくれ。俺は、眠る。夜には、やりたいことがあるしな」
キース・マクゼス「君も、独自に調査を重ねているようだね。口出しはしないさ、好きにやってくれ」
リリス・ミスティック「お言葉に、甘えて」
リリス・ミスティック「・・・・・・それと、もう一つ頼み事をしても良いか」
キース・マクゼス「何なりと」
リリス・ミスティック「リリスには、俺が死んだことを隠しておいてはくれないか。きっと、その方がリリスのためになるから」
返事を待たずに俺は、静かに目を閉じる。すると、すっと意識は闇に落ちていった。