第1話 『模倣犯』(脚本)
〇森の中
???「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
降りしきる雨の中を一人の少女が走る。
かつて、フリードリッヒ・ヴィルヘルム・ニーチェは言った
少女が振り向くと、背後には黒い大きな人影が迫っていた。
少女はさらに加速して逃げるが、木の根っこに躓いて転んでしまう。
???「!!」
怪物と戦う者は、自らも怪物とならないように気を付けねばならない
黒い大きな人影は少女へと手を伸ばす。
その左手には、金色に光るブレスレットがはめられていた。
なぜなら汝が深淵を覗き込むとき──
少女は怯(おび)えながら後ずさる。
そのとき一陣の風が吹き、少女の被っていたフードが外れた。
深淵もまた汝を覗き込んでいるのだから
〇高級マンションの一室
佐川アリス「・・・・・・」
佐川アリス「いつもの夢か」
〇街中の道路
スーツ姿に着替えた佐川(さがわ)アリスが歩いていると、二人の少年が駆けてきた。
湊「アリスさんっ! おはよ!」
佐川アリス「またお前たちか」
隆志「お菓子ちょうだい!」
佐川アリス「今日はない。帰りな」
湊「今日26日だよ」
佐川アリス「だから?」
湊「給料日すぐだから、昨日たんまり買い込んだはず」
佐川アリス「ったく、なんであたしの給料日をお前たちが把握してんだ」
湊「ちょうだいちょうだいちょうだい!」
佐川アリス「うるさいっ! どっかいけ!」
湊「そんな言い方してると、父ちゃんに言いつけてやるからな!」
隆志「湊くんの父ちゃん、偉い政治家なんだぞ!」
佐川アリス「あたしがそんな権力に屈すると思ってんのか! あんまりしつこいと逮捕すんぞ!」
湊「やべえ! 逃げろ!」
佐川アリス「・・・バカ」
〇警察署の入口
〇更衣室
亀井綾子「お疲れ様ですっ」
支度をしているアリスの元へやってきたのは婦人警官の亀井綾子(かめいあやこ)だ。
佐川アリス「お疲れ。どうした?」
亀井綾子「一課から応援要請かかったって」
佐川アリス「いつもの雑用だろ」
亀井綾子「でもアリスさんばっかり。 絶対あのオヤジの指名ですよね」
佐川アリス「上司にオヤジっていうな」
亀井綾子「署内の上司にしたくないランキング3年連続1位なんですよ、須藤(すどう)警部補」
佐川アリス「ああ、そう」
亀井綾子「ちなみにアリスさんは、上司にしたいランキングで男女共に1位です!」
佐川アリス「あー、もっと興味ないわ」
亀井綾子「でも手腕を買われて要請かかるわけですし、すごいです」
佐川アリス「たまたまだよ。 生安(生活安全課)が暇だと思われてんだよ」
亀井綾子「やっぱ今朝の事件ですよね。 三子玉川に中年男性の遺体上がったって」
佐川アリス「どざえもんか」
亀井綾子「?」
佐川アリス「水死体のことだよ。 水を含んだ遺体は何倍にも膨れ上がる」
亀井綾子「げっ。 朝ご飯吐きそうだから止めてください!」
〇川沿いの道
河川敷では、須藤清孝(すどうきよたか)と数名の警官が現場検証している。
須藤清孝「おー。来たか、アーちゃん」
佐川アリス「その呼び方は止めてくださいよ」
須藤清孝「そんなこと言っても、俺はアーちゃんがこーんな小さい時から知ってんだぞ」
須藤清孝「オムツだって何度も──」
佐川アリス「怒りますよ」
須藤清孝「怖っ」
佐川アリス「・・・そんなことだから、上司にしたくないって」
須藤清孝「ん?」
佐川アリス「なんでもありません」
須藤清孝「そうだ、今回アーちゃんと組んでもらう若手を紹介するよ」
須藤清孝「四ツ境警察署で生安にいる、犬伏徹(いぬぶしとおる)だ」
犬伏徹「・・・犬伏です」
佐川アリス「・・・初めまして。 だいぶ顔色悪いですけど」
須藤清孝「こいつエリートなんだけど、まだ遺体に慣れてないんだわ」
須藤清孝「で、朝ご飯リバース」
犬伏徹「警部補!」
須藤清孝「あー、わかってるよ。 早く成果出して、華の一課に戻るんだろ」
犬伏徹「警視庁の一課です」
須藤清孝「はいはい」
須藤清孝「ともかく同じ生安同士、アーちゃんと仲良くやってくれ」
犬伏徹「まったく・・・」
佐川アリス「ところで須藤さん。ガイシャは?」
須藤清孝「ああ。思ったより損傷が激しいな。 身元になるような持ち物も見当たらない」
佐川アリス「身投げ、ですかね」
須藤清孝「その線は薄いな」
佐川アリス「なぜです?」
須藤清孝「見ればわかるさ」
犬伏徹「また見るんですか!?」
須藤がブルーシートを剥がすと、そこには左手を切り取られた遺体が横たわっていた。
佐川アリス「!」
犬伏徹「おえっ・・・」
須藤清孝「どうだ? 左手が見事に切り取られているだろう?」
佐川アリス「・・・注視すべきは左手ではなく、右手ですね」
須藤清孝「?」
佐川アリス「右の拳についている拳ダコは、遺棄された後に出来たものではなく、生きている間に何かを激しく殴打して出来たものかと」
須藤清孝「犯人と揉み合いになった?」
佐川アリス「いえ、それにしては左手以外には人為的な傷は少ないかと」
須藤清孝「なるほど」
佐川アリス「考えられるのはガイシャが日常的に暴力を振るっていたということでしょう」
犬伏徹「そんなことまでわかるんですか!?」
須藤清孝「あー、言い忘れたけど。 お前の相棒はIQ170だから」
犬伏徹「170!?」
須藤清孝「そっ。三子玉署始まって以来の天才。 おまけに美人」
須藤清孝「なのに本人たっての希望で生安にいる」
佐川アリス「天才は言い過ぎです」
犬伏徹「・・・・・・」
〇車内
犬伏徹「・・・全然平気なんですか?」
佐川アリス「何が?」
犬伏徹「遺体ですよ。 あんなグロテスクなもん見て、よく平気な顔していられるなと」
犬伏徹「IQが高いと、そういうのも大丈夫なんですかね」
佐川アリス「けなしてるの?」
犬伏徹「どちらかと言うと、褒めてます。 この仕事慣れなきゃどうしようもないから」
佐川アリス「考え方だよ。 あたしは遺体を見るときはいつもこう考える」
犬伏徹「?」
佐川アリス「美しいか、美しくないか」
犬伏徹「・・・なるほど。 じゃあ今日のはどうでした?」
犬伏徹「美しかったですか? それともその逆?」
佐川アリス「あたしが今まで臨場した中では──」
犬伏徹「・・・・・・」
佐川アリス「最も醜い遺体だったな」
〇高級マンションの一室
薄暗がりの中でアリスがワインを飲む。
その顔はまるで獣のように冷たい。
佐川アリス(いつだって完璧な仕事をしてきた自負はある)
佐川アリス(だからこそ、中途半端な仕事を目の当たりにしたときほど、怒りを覚えるときはない)
アリスは空のワインに気づくと、立ち上がってワインセラーの前までやってくる。
佐川アリス(三子玉川に打ち上げられた男の遺体。 あれはあたしの模倣犯に違いない)
佐川アリス(だが、あたしはあんな醜い殺しはしない)
ピンポーン
佐川アリス「!!」
アリスは慌てて立ち上がると、宝物を隠すようにワインセラーの前に立つ。
そして鋭い目で扉のほうを睨みつけた。
新連載楽しみにしてました❤️
続きがきになる!!