遅れてきた男〜エピソード2〜(脚本)
〇渋谷駅前
ザワザワザワザワ
ヤスヒロ「・・・遅い!」
俺は遅刻常習犯だ。
いや、威張れることでもない。
物事に夢中になると、時間を忘れてしまう性格だからだ。
前は読んでた話が面白すぎて、
ゲームしてたら止められなくて、
乗り過ごしたり、道を間違えたり。
だから、今日は、
他のことはしない。
アラームもセットした。
待ち合わせ場所にちゃんと来た。
ヤスヒロ「やっと憧れの先輩を 映画に誘えたってのに!」
ヤスヒロ「ミステリ研究会の先輩が 見たいって言った 話題のサスペンス映画のチケット やっと入手したのに!」
ヤスヒロ「なんで来ないんだよ! 俺、嫌われたんかな・・・」
アカリ「やっはろー! こんなところで、どないしたん?」
ヤスヒロ「あっアカリ! 先輩と映画の約束したんだけど、 全然来なくてさ・・・」
アカリ「じゃあ〜 ワタシと観る? 観たかったんだ〜! チケットちょうだいよ!」
ヤスヒロ「え〜ダメだよ〜 取るの難しくて 叔父さんに頼み込んで 譲ってもらっんだから!」
ヤスヒロ「そのために、 叔父さんのところで めっちゃ手伝わされたし!」
アカリ「叔父さんからなら いいじゃんか〜 スキあり!」
ヤスヒロ「あっこら! ダメだってば!」
アカリ「・・・ いつから待ってるの?」
ヤスヒロ「なんで?」
アカリ「これレイトショーチケットじゃん。 映画のスタートが 「夜の11時」からなんだけど・・・」
ヤスヒロ「まじかよ・・・ いま昼の11時になろうとしてるぜ・・・」
アカリ「なんで気づかなかったの?」
ヤスヒロ「今日こそは 間違えないようにと思って 気合い入れてきたのに!」
アカリ「まだ遅れてないし、いいじゃん! じゃあワタシに付き合ってよ。 行きたいところがあるんだ!」
ヤスヒロ「・・・しょーがねーな つきあうよ」
〇寂れた雑居ビル
ヤスヒロ「えっ、ココ?」
アカリ「そう〜 話題の本格ミステリーカフェ〜! なんかプレゼントもあるって!」
ヤスヒロ「ふ〜ん。面白そうじゃん」
アカリ「いこいこ〜!」
カララン
〇レトロ喫茶
店員さん「いらっしゃいませ!」
アカリ「お席予約してた杉野アカリで〜す! 二人お願いしま〜す!」
店員さん「ご来店!ありがとうございます!」
店員さん「来店プレゼントの冊子をお配りしております。コチラを持って奥の席へどうぞ。 メニューを一品お選びいただけます!」
店員さん「どうぞこちらへ」
アカリ「なんだか推理小説に出てくるような レトロな雰囲気でいいよね!」
アカリ「写真撮っておこう〜!」
アカリ「ウフフフ」
ヤスヒロ「でもなんか・・・違うような?」
アカリ「なにが?」
ヤスヒロ「酒の表示があるからさ‥」
ヤスヒロ「喫茶店なのにアルコールがあることが、 おかしいっていうか」
ヤスヒロ「普通、喫茶店て 酒を置いちゃ 駄目なんじゃなかったっけ?」
アカリ「さすがヤスヒロ! 目の付け所が違う〜!」
アカリ「ここは〜 本格喫茶店なんだけど、 最近は「珈琲酒」って コーヒー豆を漬けた お酒も出し始めたんだって!」
アカリ「そんでね!ここがポイント! 令和3年に法改正され 「飲食店営業許可」に統合されて 「喫茶店営業」て名称が廃止になったの〜」
アカリ「つまり! 「カフェ」も「純喫茶」も 「ファミレス」も アルコール提供ができるし カテゴリは同じ飲食店ってことなの!」
ヤスヒロ「なんだか オマエ詳しいな!」
アカリ「へへ〜!すごい!? だって将来、 喫茶店やろうと思ったから〜 調べた〜」
ヤスヒロ「二十歳前だから、 アルコールはダメだろ・・・」
アカリ「そんなこと言ったらレイトショーだって 未成年だからダメじゃん!?」
ヤスヒロ「あれは18歳以上からなの! 合法!」
アカリ「大人ってフクザツぅ・・・」
店員さん「ご注文は、お決まりですか?」
ヤスヒロ「えーと」
ヤスヒロ「じゃあ、もう珈琲でいいよな? すみませーん!珈琲二つ!」
アカリ「勝手に決めたなー!」
ヤスヒロ「アハハハ」
店員さん「珈琲お二つで よろしいですか?」
アカリ「えっと! ひとつは、ウインナーコーヒーで お願いします!」
ヤスヒロ「えっ!珈琲にウインナー入れるの!?」
アカリ「違うわよ! そのウインナーは、オーストリアの首都「ウィーン風の」珈琲ってことよ」
アカリ「ホイップしたクリームを浮かべた珈琲なの!」
ヤスヒロ「めっちゃ甘そう〜」
アカリ「だって生クリーム 大好きなんだもん〜」
店員さん「かしこまりました。 どうぞ、そちらの冊子をお読みになりながら、お待ち下さいませ」
アカリ「わー楽しみ! ドキドキー!」
パラッ
ヤスヒロ「なになに」
珈琲のレシピ。
ヤスヒロ「レシピ本?」
「生豆(きまめ)の収穫
→選別(ハンドピック)
→精製・乾燥→水洗い
→焙煎(ロースト)
→ガス抜き→挽く→ドリップ
アカリ「珈琲は、ね〜」
アカリ「すごく手間がかかるんだよ! チャント良い豆だけ選別しないと いけないんだから。 生豆のままだと毒があるっていうから」
アカリ「虫食いとか、傷がついたやつとか取り除くの。手で一個一個。 ほっておくとカビ毒もあるし」
ヤスヒロ「えっそうなの?初めて聞いた」
アカリ「だって植物の種子だもん。 種は植物は子どもだから、 大切な種子を動物に食べられたら困るでしょ?」
アカリ「だから、毒物を備えて自衛したり、硬い殻で覆われたりして守ってるの。 噛み砕かなければ無毒だよ」
アカリ「梅とか大豆とか、種はみんなそうだよ 生のまま食べるとお腹を壊しちゃう だから茹でたり塩で漬けたり 「毒抜き」するんだもん」
アカリ「だからね、チャント選別しないと、体に良くて美味しい珈琲は、飲めないの!」
アカリ「・・・って おばあちゃんが言ってた」
ヤスヒロ「へー」
パラッ
1、コーヒー豆
コーヒー豆は「コーヒーの木」から採れるコーヒーチェリーの中にある「種子」を取り出し乾燥させたものです。
ヤスヒロ「コーヒー豆ってサクランボみたいな 樹の実の「種」の部分なんだね! 知らなかった〜」
ヤスヒロ「ってことは、サクランボで珈琲できるのかな?」
アカリ「種類が違うから、 できないみたいだよ〜残念!」
2、珈琲の種類
珈琲には多種多様な種類と香りがあります。
代表的なコーヒー豆は3種類!
・アラビカ種
・カネフォラ種(ロブスタ種)
・リベリカ種
コーヒーノキ自体は、
植物学的に約80種類も確認されていますが、 実際に飲用コーヒーとして栽培されているのは3種のみ。
ヤスヒロ「へー。そうなんだ。アラビカ種って、よく聞くよね」
「世界三大コーヒー」
タンザニアの「キリマンジャロ」
ジャマイカの「ブルーマウンテン」
ハワイの「コナ」の3つ。
アカリ「これは‥ コーヒー博士の本かな?」
ヤスヒロ「たしかに読んでると ハカセになれそうだよな‥」
カトウ店長「おまたせしました。 私、バリスタのカトウと申します。 店長もさせていただいてます」
カトウ店長「コーヒー豆は一旦挽いてしまうと、 豆のままよりも、 何倍も早く鮮度が低下していきます」
カトウ店長「... お忙しいとは思いますが、 注文を受けてから豆を焙煎し 美味しい珈琲を飲んでいただきたいのです」
カトウ店長「通常は焙煎後にガス抜きと熟成を時間をかけて行うのですが、 独自製法で、変わらない風味を実現いたしました!」
バリスタは、
いくつかの珈琲豆の山が入った皿を眼の前に並べ、
豆の種類を選んで欲しいという。
ヤスヒロ「こんなにたくさん!? ここから選ぶの?」
カトウ店長「豆の挽き具合も段階があり、超細挽き~粗挽きまで13段階を選べます」
カトウ店長「焙煎(ロースト) 大きく分けると「浅煎り」「中煎り」「深煎り」の3段階ですが さらに細分化し8段階の焙煎度合いが選べます」
ヤスヒロ「同じ珈琲でも そんなにあるんだな」
アカリ「うん、びっくりした〜」
ヤスヒロ「う〜ん、どれがいいかわかんないな‥ 店長のオススメ、で選んでもらえます?」
カトウ店長「でしたら、アラビカ種コロンビア産 エメラルドマウンテンで、 焙煎度合いはシティローストにして差し上げましょう」
カトウ店長「少々お待ち下さい」
というとバリスタは
特殊な機械に豆を入れ始めた。
シャー
ガリガリガリ
シュー
コポポボ‥
ヤスヒロ「は、早い! もうできたの!?」
カトウ店長「熱いうちにどうぞ」
ヤスヒロ「あぁ、いい香りだな〜」
カトウ店長「お嬢様もどうぞ。 特製ホイップの ウインナーコーヒーで 御座います!」
アカリ「うわーーーー! めっちゃ嬉しーーーい! いただきまーす!」
カチャカチャ
覆い隠すようなホイップの蓋の
保温効果と
クリームの甘味、コーヒーの苦味、変化する味わい。
ほわわわ〜ん
アカリ「おいし~い! ありがとう!バリスタさん!」
カトウ店長「喜んでいただけて何よりです。 では、失礼します」
アカリ「なにげ めっちゃすごいね ココのお店・・・」
アカリ「思った以上に本格的だった!」
ハナエ「ココのビルのオーナーの趣味なんですよ。 コチラを差し上げますわ」
ヤスヒロ「チラシ? ココの地下にアイドル施設があるの?」
店員さん「そうなのです。 4階は、ビリヤード&ダーツバー 3階は、カード&ゲーム雑貨、 2階は、マッサージ店」
店員さん「1階は、ココの喫茶店 地下1階は、アイドル地下劇場 地下2階は、ミニシアター&音響ルーム に、なっています」
店員さん「それぞれ、オーナーと その子どもさんたちの ご趣味ですわ」
店員さん「もともとオーナーは 音響機器会社の社長さんですので その製品がたくさん置かれていると 思います」
ヤスヒロ「あーそうなんだ。 置いてあるスピーカーとか立派だし、音がいいと思ったよ」
バターン!
アカリ「なんの音?」
ヤスヒロ「向こうの方からだな!」
〇広い厨房
店員さん「キャア!」
ヤスヒロ「あぁ!」
アカリ「店長さんが倒れてる!」
店員さん「お客様は近づかないでください! お席にお戻りください! 指示があるまで、お席でお待ち下さい!」
ヤスヒロ「あぁ・・・ハイ」
〇レトロ喫茶
ヤスヒロ「・・・」
アカリ「店長さん、大丈夫かな・・・? 何があったんだろ?」
ヤスヒロ「なぁ、ここ、 ミステリカフェなんだろ? それも演出・・・だったりしないの?」
アカリ「なんかブログとか感想みると そういう体験型謎解きの 感じのお店じゃ、 なかったような・・・?」
アカリ「渡された用紙で謎を推理したり、 置いてある箱の鍵を開けたりとか、 そういう感じの謎解きのお店って」
アカリ「それを本格珈琲を飲みながら解く・・・ みたいな?」
ヤスヒロ「ふーん。 なんかヒントになることが、 どっかに書いてないかな・・・」
ヤスヒロ「なんかさ、こういう本とか 書類の束あたりから・・・」
ガサガサガサ
アカリ「コラ〜 勝手にその辺漁ったら ダメじゃない!?」
バサッバサバサッ
ヤスヒロ「なんか落ちてきた・・・」
アカリ「隙間に挟まれてたの! 新聞の記事かな?」
パラッ
「コーヒー液の抽出工程時における一酸化炭素中毒において〜
「・・・後日、行われた調査の結果、中毒の原因物質である一酸化炭素は、原料のコーヒー豆から発生していたことが判明した。
「原料のコーヒー豆は、数百度の高温でばい煎する際に水分を失って多孔質状態となり一酸化炭素を吸着し、
「その一酸化炭素がコーヒー原液を抽出する際に、一気に脱着して密閉状態の抽出容器内に溜っていたものである
アカリ「一酸化炭素中毒! じゃあ、それで気を失って・・・とか?」
ヤスヒロ「換気されてなくて、豆炭や煉炭でなるケースは聞くけど、密閉された焙煎機でもなることがあるんだな・・・」
アカリ「確かにガス抜きの工程はあるけど・・・」
パラッ
「記事 : 生コーヒー豆から、
アフラトキシンB1、オクラトキシンなどが検出される
「主な症状は、慢性疲労、不眠、環境に対する過敏症状などが代表的な症状です。
「これは解毒する際の
肝臓の機能低下で、新たな化学物質に非常に敏感になると考えられています。
「毒素が蓄積すると以下の疾患のおそれ :
慢性疲労症候群、線維性筋痛症、多発性硬化症、パーキンソン病、アルツハイマー病
アカリ「えー、怖・・・ 神経とか 脳に影響がある・・・のかな?」
「カビが発する毒素の総称で、これを取り込むと様々な体調不良や疾病の原因となります。
「熱に強いため、焙煎などの加熱処理で除去することができません。
豆の選別をすることで安全性を保っています。
アカリ「ねー、言ったでしょ? 選別が大事だって!」
ヤスヒロ「まだ、記事に続きがあるぞ」
カビ毒の発生のおそれのある
傷や痛みのある豆を「事故豆」と呼び
「輸入コーヒー豆の事故豆は、本来は焼却処分される。
○○商事は、事故豆を引き取り
焼却処分せず、再販売していた。
ヤスヒロ「あー、つまり 焼却処分しないといけないダメな豆を お金を貰って引き取った上に 勝手に再販して儲けてたって ことだろ?」
アカリ「えー、マジで・・・ 絶対にやったら ダメなやつじゃん!」
パラッ
「記事 :特殊焙煎機販売、
一般販売決定!
独自工程で焙煎から熟成までの時間を短縮!」
「良い豆と悪い豆も自動選別!
良い豆だけを厳選して焙煎!
安全で美味しい珈琲をあなたに!」
アカリ「あっこれ、さっき飲んだやつの機械じゃん!」
ヤスヒロ「発明者は店長さんだよね? これから売る予定だったんだろうね」
店員さん「お客様、ご心配おかけしました!」
アカリ「あっ!店員さん! さっきの店長さん、どうなりました!?」
店員さん「過労で倒れてしまった、との事で その後、ご連絡して車を呼びまして、 奥様と一緒に病院に行かれました。」
店員さん「お仕事が忙しかったようなので・・・」
店員さん「すみませんお客様。 そういうこともありまして、 本日は閉店とさせて頂きます」
店員さん「コチラが謎解きのセットと 本日のお代金です。 急遽、こんなことになり 申し訳ありません」
アカリ「いいえ、こちらこそ 美味しい珈琲 ありがとうございました! また!来ますね!」
店員さん「ありがとうございます! またお待ちしています」
〇事務所
プルルル
タクヤ「はい、柳瀬(やなせ)探偵事務所です。 私は所長の、柳瀬タクヤです」
タクヤ「・・・はい、はい。 わかりました、お待ちしています」
プッ
タクヤ「さて・・・」
ガチャ!
タクヤ「おや!?」
アカリ「やっはろー 叔父さん!例のお店! 行ってきたよ! はい、お土産です!」
ヤスヒロ「えっそれ・・・」
アカリ「だって叔父さんに、 頼まれてたんだもーん! ヤスヒロやっぱり役に立ったよー!」
タクヤ「どれどれ・・・」
パラ、パラパラパラ・・・
タクヤ「うん、バッチリだよ」
タクヤ「潜入捜査、お疲れ様! ほらバイト代!」
ヤスヒロ「えっ!潜入捜査!?」
アカリ「そう〜 最近、あのビルのオーナーがなくなって、 殺人事件で捜査されてて〜」
アカリ「お客様として、 ビルのお店を一軒ずつ訪ねて 調べてたの〜」
ヤスヒロ「はぁ・・・ 確かにアカリになら何か話しても 大丈夫と思うだろうな・・・」
アカリ「でしょ〜 だから報告しに来たの〜」
カシマ刑事「やぁ、君たち! 相変わらず元気そうだな!」
「カシマ刑事! いつの間に!!」
カシマ刑事「例の事件以来だな。 今日は遊びに来たのか?」
アカリ「えっとね〜 話題のサスペンス映画を観ようと思って〜 叔父さんにチケット譲って貰おうと思って〜」
アカリ(刑事さんには 捜査進めてること 隠しておいたほうがいいかな?)
カシマ刑事「あぁ、あの話題の! 警察署も撮影に協力したんだよ! 試写会に呼ばれてね」
アカリ「そうなんだ〜」
タクヤ「まぁ、そんな感じで チケットたくさん持ってるって 話もね・・・アハハハ」
タクヤ「レイトショーだけどね。 何枚かあげるよ。 お友達と行っておいで! はい!」
アカリ「ありがとー、叔父さん!」
カシマ刑事「ところで、 例のビルの殺人事件についてだが・・・」
タクヤ「あぁ、その事なんですが、 もう犯人はわかりましたよ!」
カシマ刑事「えっ!? 話してくれないか!」
アカリ「あ、あたしたち聞いてていいの? 不味くない?」
カシマ刑事「あぁ聞いてるのが君たちだし 我々は、特に発表されてる以上に 進展がないからな・・・」
カシマ刑事「何かあったら俺が逮捕してやるぞ!?」
アカリ「あ、アハハハ・・・」
カシマ刑事「冗談だよ。 さて、彼らにも 事件の概要を話してもいいか? それで犯人を教えてくれ」
タクヤ「ええ、どうぞお願いします。」
カシマ刑事「被害者はあの雑居ビルのオーナー、 徒労終(とろうおわる)だ。 オーナーは自室で倒れて亡くなっていた」
カシマ刑事「最初は、 一酸化炭素中毒で事故だと思われていた。 しかし検死の結果、シアン化合物、 毒物によるものだとわかったんだ」
カシマ刑事「飲んでいた珈琲に含まれていたらしい。 ドリップに残る挽いた豆カスから検出されたからだ」
カシマ刑事「自殺・・・の線も考えたが、 彼には恨みを買われる事柄が 沢山あった。 とても自殺するような人じゃない との証言も得たんだ」
〇豪華なリビングダイニング
ビルの五階はオーナーの部屋兼事務所になっていた。
彼は、そこで倒れていた。
第一発見者は、
長男の鱚(きす)君だ。
鱚(きす)「僕「鱚(きす)」って名前が 心底、嫌だったんです」
鱚(きす)「魚好きでロック好きな父が 勝手につけた名前ですから。 父は、やり手なのかもしれませんが、強引なやり方の僕は父が嫌いです」
〇シックなバー
長男の鱚くんは
同じビルの4階で
ビリヤード&ダーツバーの経営をしている。
鱚(きす)「父には1円も出して貰っていません。自分で稼いだ金と借金で店を出しました。このフロアの名義も僕のものです」
鱚(きす)「祖父が亡くなった際の財産分与で、 ビルの各階を相続しました。 相続税対策というか」
鱚(きす)「三階は弟の店で、 二階から下は父の名義ですが・・・」
鱚(きす)「正確にいうと、 父と母の名義です。 たぶん半分ずつ」
〇シックなカフェ
次男の品(しない)君は、
3階でゲーム&雑貨カフェを経営。
1階のカフェの謎などをプロデュース、
制作しているのも彼だ。
品(しない)「祖父も父も躾に厳しかった。 僕より兄は特に厳しかったから、父を憎んでいたでしょうね。 母が出ていった原因でもありますし」
品(しない)「母がいなくなってからは、 家は荒れました。 二階の華さんがいなかったら 僕たちは‥」
品(しない)「華さんには とても感謝しています」
〇部屋のベッド
2階は中国式マッサージ店。
店主の華さんは、“足踏み”式マッサージのプロ。
整体・鍼灸・整形外科等の先生も通うという。
マッサージ店主(華さん)「オーナーはネ、自分の好きなものの名前をツケたり、気に入った人をすぐ手に入れようとするデスヨ」
マッサージ店主(華さん)「長男の名前が「鱚」(キス)なのも、 魚釣りとロックが好きでツケたし、次男の「品(しない)」も剣道の「竹刀」らしいヨ」
マッサージ店主(華さん)「しょっちゅう家でも竹刀(しない) 振り回してたらしいヨ 怖いネ~」
マッサージ店主(華さん)「奥さんは家を出て、隣町で娘さんと暮らしているよ。時々、奥さん来るからサ」
マッサージ店主(華さん)「奥さん、よくワタシの施術、受けに来るヨ! ワタシのゴッドフット試してミル?」
〇レトロ喫茶
一階は本格カフェ。最近は謎解き要素も取り入れて、繁盛しているようだ。
店員さん「こんにちは。 カトウ店長と奥様は近くにお住まいで、 通いでコチラにいらしてます」
店員さん「ワタシは、 こちらの一室を借りて 住まわせて頂いています」
店員さん「事件当日は、みんな地下でパーティに参加していたと思います。 パーティの片付けのあとに オーナーが発見されて」
店員さん「救急車で運ばれたのですが 残念なことになってしまいました」
〇小劇場の舞台
地下一階は、アイドルの地下劇場。
殺害時間に、
新アイドルお披露目パーティが開かれ
ヤーチューブで「生放送」されていた。
その動画が証拠として、残っている。
このビルのオーナー以外のメンバーが、
その時間に「全員」映っている、
つまり全員にアリバイがある、
ということです。
〇映画館の座席
地下二階はミニシアター兼、音楽スタジオ。
管理しているのは、技師のヒロトさん。
オーナーと同期の音響システムエンジニア。
音響技師ヒロト「こんにちは。 僕はシアターの管理もですが、 地下劇場の音響や照明も 担当しています」
〇音楽スタジオ
立派な音響施設も備えている。
もともとオーナーが
音響機器会社の社長だからだ。
〇事務所
カシマ刑事「と、ここまでが概要だか、 犯人がわかったって?」
タクヤ「そうですね。 証拠は揃っています。 見たいですか?」
カシマ刑事「もったいぶらないで、早く教えろよ!」
タクヤ「まぁそう焦らないで。 その前に一杯いかがですか?」
カシマ刑事「珈琲か?じゃあ一杯だけ」
‥‥‥
タクヤ「どうですか?」
カシマ刑事「あぁ、美味いが? それがどうかしたか?」
タクヤ「それは毒入りです」
「ぶふー!ゲホッゲホッ」
カシマ刑事「お、お前なぁ‥」
タクヤ「冗談ですよ。 正確にいうと、 「毒豆入りだったはずの、珈琲」です」
アカリ「あー! それ喫茶店の焙煎機! 買ったの!?」
タクヤ「例のお店のね。 これでいつでも美味しい珈琲飲めるよ!」
アカリ「わーい!」
ヤスヒロ「それ、豆の自動選別付きなんでしょ? 焙煎する前に毒豆は除去されちゃうんじゃないの?」
タクヤ「そのとおり」
タクヤ「カトウ店長さんは焙煎機の開発者だが、 この焙煎機の特許を持っていなかった」
タクヤ「オーナーが特許、販売権を独占していたんだ」
タクヤ「これが契約の書類だよ。 まず1つ目の証拠」
ヤスヒロ「えー、じゃあどれだけ売れても 店長さんには 一銭も入らないの?酷くね?」
タクヤ「しかもオーナーは、 その「事故豆」を焙煎したあと、 お酒に漬けて販売しようとしてたんだよ」
アカリ「それって、珈琲酒!」
タクヤ「そう。 でも実際に分析したところ、珈琲酒には事故豆は、使われていなかった」
タクヤ「オーナーは機械については よくわかってなかったのかもね」
アカリ「ちゃんとした商品しか 売られてなかったってことね!」
タクヤ「しかし、事故豆の転売を知ってしまい 新聞社に密告した人物がいるという。 内情をよく知る人、それは・・・」
タクヤ「長男の「鱚(きす)」さん 次男の「品(しない)」さん、だった」
タクヤ「彼らは祖父の死後、 物件は相続したが それぞれのお店を出すために 資金がなく 多額の借金をしていたんだ」
タクヤ「それを補填するために 「事故豆」の処理を手伝わされた。 彼らも被害者だったのに 加害者になってしまった」
タクヤ「これらが2つ目の証拠。 借用書と、新聞記事と記事代の領収書」
タクヤ「父親からは支援されず、 他から借金をした、はずだった」
タクヤ「しかし、実は父親の陰謀であり 事故豆を扱うことで 更に逆らえなくなってしまった」
タクヤ「焙煎機に選別された悪い豆は使われなかった。 マスターのプライドも許さないだろう 偽物を売るなんて、ね」
タクヤ「だからこそ焙煎機で選別する機能を、 開発したのかもしれない」
タクヤ「そこから推測するに、 オーナーに脅されたかで 店長や息子たちは 事故豆を漬けた珈琲酒を 作るように命令されていた」
タクヤ「店長は焙煎機の権利を 人質にされていたかもしれない。 でも店長は従わなかった」
カシマ刑事「じゃあ、犯人は店長?」
タクヤ「いいえ。店長は事故豆を持っていません。 オーナーに従わず、 自ら全て廃棄したからです。 良い豆と混じらないように」
タクヤ「これが3つ目の証拠。 廃棄業者に頼んだ領収書」
タクヤ「しかし事故豆は 全て廃棄されておらず」
タクヤ「誰かが、隠し持っていたということ」
アカリ「でも、もしその事故豆を使っても 豆は焙煎機で選別除去されて 普通の美味しい珈琲になったはずでしょ?」
タクヤ「ええ、刑事さんが飲んだ珈琲になりますね」
カシマ刑事「なにを俺に飲ませるんだよ!」
タクヤ「刑事さんに飲ませたのは ちゃんとした豆に 決まってるじゃないですか!」
タクヤ「ですから、 オーナーの死因が 一酸化炭素中毒ではなく 事故豆から発生した 「シアン化合物」なのですよ」
タクヤ「シアン化合物は、水に溶けやすい一方、 熱で分解されると毒性が薄まるようで 毒としては 珈琲に入れるのが良いとは思いません」
タクヤ「そういえば、 アカリちゃんはウインナーコーヒーが好きなんですよね?」
アカリ「そう〜 生クリームたっぷり! 甘くて美味しい〜」
ヤスヒロ「喫茶店でも アカリがウインナーコーヒーを 頼むからさ そんなに砂糖で珈琲を甘くするのにさ」
ヤスヒロ「珈琲の味が本当にわかるのかよって、思ったんだよ」
アカリ「えーひどーい! 美味しい豆の珈琲のほうが もちろん美味しいんだからね!」
タクヤ「特に冷たいホイップは美味しいですよね?」
「あっ!」
タクヤ「そう。 ホイップに「シアン化合物」を入れたんですよ」
タクヤ「実は凄い甘党だったんですね。 コーヒー牛乳もお好きなようで」
タクヤ「特に、ご主人は「ナッツコーヒー」が好きだったそうで・・・ ピーナッツバターをホイップに混ぜて、飲んでいたようです」
タクヤ「また珈琲豆を豆のまま食べるのもお好きだったようで・・・ 焙煎した後の豆を砂糖漬けにして食べたりしていたようです」
カシマ刑事「ふむ、 死因はわかったが・・・ 犯人に結びつかないだろう?」
タクヤ「殺害時間には全員に アリバイがあります。 生中継されていた現場にいたという」
タクヤ「状況が室内の防犯カメラに 録画されています」
アカリ「えー、じゃあ 犯人は外から来た人? でも映ってないわよね?」
タクヤ「いいえ、犯人はあのビルの中にいます」
ヤスヒロ「えーだって全員 同じ時間にいたのが 確認されているんでしょ?」
タクヤ「そしてオーナーだけは パーティに参加せず 自室のモニターでその様子を 見ていたようですね。 それは、なぜでしょう?」
タクヤ「彼は、腰痛の持病を抱えていて 定期的に自室で、 整体の施術を受けていたからです」
「ええっ!」
アカリ「だってマッサージの華さんも パーティに参加してたじゃん!」
カシマ刑事「防犯カメラにも ヤーチューブにも 映っているのだが?」
タクヤ「映像音響技術者が中にいるでしょう? 仮に全ての「生中継」が予め用意された 「録画」だったとしたら・・・」
カシマ刑事「時刻表示の防犯カメラから 生中継のヤーチューブまで、 全ての映像が録画だって言うのか!?」
タクヤ「そして犯人は、 オーナーの自室に、 自由に入れる人・・・」
タクヤ「動画は、生中継のように見せかけた 「録画」だったのだろうとすると アリバイなんてありませんよね?」
タクヤ「技師はオーナーと同級生で 奥様を取られたと 長く恨みを持っていたようです」
タクヤ「彼自身もオーナーに弱みを握られていて 逆らえなかったようですし」
タクヤ「こちらが証拠でして。 家族ぐるみの付き合いだったのでしょう 彼もまた 被害者なのに加害者と言えるのかもしれません」
カシマ刑事「しかし検察ではクリームに毒はなかったし なぜフィルタに事故豆が入っていたんだ?」
タクヤ「「わざと」事故豆を残したのかも、しれません。事故豆の存在を示すために。 もしくは自殺に見せたかったのでしょう」
カシマ刑事「とすると犯人は! こうしちゃいられない! ありがとう!」
バターン
バタバタバタバタ
タクヤ「騒がしいですね」
〇事務所
「被疑者死亡のまま書類送検され・・・
「政府が大量輸入した珈琲豆による事故豆を加工再販売して、不当な利益を得て・・・
アカリ「例の件、 テレビでやってるよ〜」
タクヤ「どうやら・・・逮捕されたようですね」
ヤスヒロ「でもびっくりしたよ。 まさか犯人が!」
タクヤ「あの場所にいた「全員」が 共犯だなんて刑事さんは 思っても、みなかったでしょうね」
タクヤ「実行犯は、華さん。 オーナーの自室で毒による殺害。 計画を立てたのは長男と次男」
タクヤ「撮影にはアイドル達と技師。 そして別居中の奥さんも おそらく協力していただろう。 全員が協力しないと成り立たなかった」
タクヤ「しかし、 なぜオーナーは、自殺として 処理されなかったのか?」
タクヤ「彼は、音声に証拠を残したから。 オーナーが最後に残した言葉」
タクヤ「「お前たち、珈琲は美味しかったか?」 と訴えるように呟いたこと」
タクヤ「それだけが映像から 「消されていなかったんだ」」
アカリ「これで、 一件落着!?」
タクヤ「そうですね。 やっと僕も休みを取って 映画を見に行けるかな?」
ヤスヒロ「あっ!映画!」
ヤスヒロ「あー! やっべぇ! もうこんな時間じゃん!」
ヤスヒロ「映画!始まっちゃう!」
「行ってきま〜す!」
アカリ「あっヤスヒロ! まて〜!」
バタバタバタバタ
タクヤ「フフ あいからわずですね。 あの二人は」
〇渋谷駅前
シーン
ヤスヒロ「あ〜〜 結局、遅刻した・・・」
アカリ「しゃーないじゃん! 遅くなったし!」
ヤスヒロ「えー・・・そうだけどさ」
アカリ「ちょっと!付き合ってよ!」
〇レトロ喫茶
ヤスヒロ「なんだよ、イキナリ こんなところ連れてきて・・・」
アカリ「じゃーん! いらっしゃいませ!」
ヤスヒロ「ど、どうしたん!」
アカリ「えへ!似合う? 店長さんが期間限定で貸してくれたの! 代わりに営業したる! 元気だして!ハイ!珈琲!」
ヤスヒロ「あ、ありがとう。 俺を元気つけてくれるの?」
アカリ「そうよ!悲しんでるなんて らしくない! 事件も解決したんだし!」
ヤスヒロ「・・・」
ヤスヒロ「ま、いっか!」