美蕾来山

山縣将棋

「選択」(脚本)

美蕾来山

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〇シックなリビング
  私の父と母は山登りが趣味だ。頂上に着いた時の新しい景色が何より感動するらしい・・が、私はいまいち理解できない。
佐々木 寿郎「なぁ!母さん明後日の休みに久しぶりに山でも登らないか?」
佐々木 吉子「いいですねぇ〜。久しぶりに行きましょう」
佐々木 寿郎「継実も用事が無かったらどうだ?」
佐々木 継実「う、うん考えとく・・・」
佐々木 寿郎「一緒に来るならお小遣いアップしてやるぞ!」
佐々木 吉子「一緒に来なさいよ!どうせ予定ないんでしょ?」
佐々木 継実「うっ・・・」
佐々木 寿郎「まぁ、考えといてくれよ!」
佐々木 吉子「ところでお父さん、どの山に行くんですか?」
佐々木 寿郎「美蕾来山という所で、ここからだと車で約1時間30分かかる。最近整備され、登りやすくなった山なんだ」
佐々木 吉子「みつらい山?初めて登る山ですね!楽しそう!」
佐々木 寿郎「きっと頂上はいい景色に違いない!」
  山の話しになると父と母は子供のように無邪気になる。・・・私が取り残されたような気持ちになっているとも知らず。

〇大きな一軒家
  山登り当日
佐々木 寿郎「準備できたか?」
佐々木 吉子「バッチリですよ!」
  けれど、私も愚かな人間で目先の欲に惑わされ父と母と一緒に山に行くことを選択した。
佐々木 吉子「それじゃあ出発しましょう!」

〇車内
  これから山に行くまでの1時間30分、車に揺られるのは、正直、気が滅入る。
佐々木 寿郎「楽しみだな!」
佐々木 吉子「ラジオでもかけましょう!」
  しかし、ラジオから流れて来る自分の知らない歌謡曲を聴くのは、ノスタルジックな感じがしてとても好きなのだ。そして・・・
  ハンドルを握ると真面目な顔つきになる父と、出発して10分程で眠りにつく母、ラジオの歌謡曲を楽しむ私。三者三様で安心する。
佐々木 寿郎「・・・──」
  しばらくして窓の外に目をやると、車は海岸線
  を走っていた。

〇海岸線の道路
ある家庭の子ども「ハハハハッ」
ある家庭の女の子「待ってよお兄ちゃん!」
  ペットと楽しそうな4人家族が手を繋いで通り過ぎ、
ある家庭の子ども「ハハハッ」
  3人家族が手を繋いで通り過ぎて、
とある青年「・・・」
  最後は1人の青年が通り過ぎた。

〇車内
佐々木 寿郎「そろそろ着くな!お母さん起きて!」
佐々木 吉子「ハッ!私ったらいつの間に寝てたの?」

〇田舎駅の駐車場
佐々木 吉子「本当にこの場所なの?」
佐々木 寿郎「場所は間違ってないはずだよ・・・」
佐々木 継実「奥に案内所みたいな所があるよ!」
佐々木 吉子「行ってみましょう!」

〇お土産屋
佐々木 寿郎「すいませ〜ん!」
とある老人「いらっしゃいませ」
佐々木 寿郎「美蕾来山に登りたいのですが、何処から登れますか?」
とある老人「裏手に登山用の入り口があるから、そこから登って下さいな」
佐々木 継実「へぇ〜お土産なんかも売ってるんだ!」
佐々木 寿郎「後で見てみような!」
とある老人「登山料は1人700円じゃが、登るかい?」
佐々木 吉子「えっ!お金取るの!」
佐々木 寿郎「まぁ、山の清掃代みたいなもんさ!」
佐々木 吉子「・・・そ、それならしょうがないわね」
佐々木 寿郎「5000円からで」
とある老人「ありがとうございます!整備されてから若者が多く登るようになったんですよ」
佐々木 寿郎「へぇ〜どんな山かワクワクするね、母さん」
佐々木 吉子「そうね」

〇林道
佐々木 吉子「みんなで手を繋いで登ってみる?」
佐々木 継実「恥ずかしいよ。お母さん」
佐々木 寿郎「ハハッ、誰もみてないよ!」
佐々木 吉子「決まり!」
  そう言って母は私と父の手を繋いだ。

〇山中の休憩所
佐々木 寿郎「よし!この辺りで少し休憩しよう!」
  30分程歩いて休憩しようとした所で、ある老婆に話しかけられた
とある老婆「家族で山登りとは仲がいいですね」
佐々木 寿郎「ええ、私の趣味に付き合ってもらってます。お一人で登られてるのですか?」
とある老婆「はい、でも私はここで山を降ります」
佐々木 吉子「頂上まで、あと1時間程ですけど・・・」
とある老婆「体力的な事ではないんですが、私はもう満足しました。貴方達は私より若いからもう少し楽しめると思いますよ」
佐々木 寿郎「そ、そうですか。気をつけて降りて下さいね」
とある老婆「ありがとうございます」
  後ろを振り向いて歩き出した老婆の口調と態度は何かを悟っていた感じだった。

〇山の中
佐々木 継実「鳥の羽ばたく音だ!」
佐々木 吉子「近くにいるのかしら?」
佐々木 寿郎「あっ!あそこの木の枝!」
鳥「・・・・・・」
佐々木 吉子「こちらを見てるわ!」
佐々木 継実「わっ!」
写真家「申し訳ない!大丈夫でしたか?」
佐々木 継実「はい、大丈夫ですよ!」
写真家「写真を撮っていると夢中になってしまって、私の悪いクセです」
  男性は手にカメラと携帯電話を持っていた。
佐々木 吉子「写真を撮られているのですか?綺麗な山ですものね!」
写真家「ええ、まぁ・・・」
写真家「昔はこの辺りは、山の名前通り美しい蕾のままの花が一面にあってそれが絶景だったのです。今は無くなってしまいましたが」
佐々木 寿郎「温暖化の影響ですかね?」
写真家「・・・自然の摂理ならまだ良かったのですが。蕾が無い理由が今日解ってしまって・・・写真を撮るのも今日で最後です」
佐々木 寿郎「理由?」
写真家「美蕾来山・・・美しかったのになぁ・・・整備されて変わってしまった。貴方達も引き返すなら早い方がいいですよ」
佐々木 寿郎「わ、私たちは、頂上を目指しますので・・・」
写真家「・・・そうですか、ではお気をつけて」
  そう言い残し、男性は静かに、虚に、山を下って行ったのだった。
佐々木 吉子「とりあえず!頂上まではあと少しだから頑張りましょう!」
佐々木 寿郎「そうだな!あともう一息だ!」
  父は母と私の手を強引に繋ぎ、再度ぐいぐいと山を登りはじめた

〇山中の坂道
佐々木 寿郎「よし!ここを登れば山頂だぞ!」
「えっ?」
酔っ払った老人「ひっく、あんた達、頂上いくのかい?」
佐々木 寿郎「は、はい」
酔っ払った老人「いやぁ〜悪い事は言わねぇからやめときな!」
佐々木 寿郎「何故です?」
酔っ払った老人「俺がガキの頃はこの山で、虫捕まえたり、秘密基地作ったりして遊んだのよ!」
佐々木 寿郎「はぁ・・・」
酔っ払った老人「それが、こんな事になっちまうなんてな・・・何も考えず進んで生きてきた俺への罰かな、美蕾来山──文明の発展と皮肉の象徴だぜ」
佐々木 寿郎「皮肉?罰?」
酔っ払った老人「ワハハッ!どうせなら、行けるとこまで、とことん進んでやろうか!」
佐々木 吉子「お父さん!は、早く行きましょう!」
佐々木 寿郎「あ、ああ──」
  私達は、酔っ払った老人を横目に急いで階段を素早く登った

〇白
「みんな、あと少しだぞ!」
「どんな景色が待っているのかしら?」
「・・・・・・」
  繋がれた手に力が入っているのを感じる
「よ〜し!着いたぞ!」

〇山の展望台
佐々木 吉子「わぁ〜凄い眺め!」
佐々木 寿郎「本当いい景色じゃないか!」
佐々木 吉子「山頂からみる町並も素敵ね!」
佐々木 継実「ねぇ?お母さん。あんな所に町なんかあった?」
佐々木 吉子「え?何言ってるのよ、継実ったら」
佐々木 寿郎「た、確かに継実の言う通りだな。あの辺りに町なんか無いはずなんだけど・・・」
佐々木 吉子「えっ?そんなはずないじゃない」
朝山 光里「凄ぉぉぉぉい!」
朝山 光里「よし!写メってSNSにアップしちゃおっと!」
「すいません」
朝山 光里「何でしょう?」
佐々木 吉子「すいまんねぇ、うちの主人と娘があんな所に町なんか無いって言い張って、そんな事ないですよねぇ〜」
朝山 光里「ああ〜」
佐々木 吉子「ハハッ何かの勘違いですよねぇ〜」
朝山 光里「無いですよ!」
佐々木 吉子「そうですよね、勘違・・・・・・えっ?」
朝山 光里「あそこに見える街並み全部模型ですよ!」
「え〜〜〜〜っ!」
朝山 光里「夜になるとライトアップされて超が付くほど映えるんですよ〜」
佐々木 寿郎「ばえる?」
朝山 光里「あと、この山の専用アプリがあってダウンロードするとこの山の生態系を読み取れるんです!」
佐々木 吉子「アプリ?、読み取る?」
朝山 光里「はいっ!そこにある木や鳥は人工的に造られた物で、バーコードを読み取ると、名前や種類が 記憶されるんです!凄くないですか?」
佐々木 寿郎「・・・人工物」
朝山 光里「あっ!あとこの山はARに対応していて、草むらにカメラを向けるとオリジナルの昆虫とか動物がでて来るんですよ!」
佐々木 吉子「・・A・・R・・?」
佐々木 継実「凄い〜そんな仕掛けがあったなんて知らなかった!私も今からアプリダウンロードしよっと!」
朝山 光里「さらに奥にはドローンとAI搭載ロボがあるの!ドローンで空から写真を撮影してもらえるのよ!」
佐々木 継実「そうなの?超未来的じゃん!」
朝山 光里「撮影した写真はアプリに送られてくるわ!」
佐々木 継実「凄い!凄い!」
「・・・・・・──」
佐々木 継実「ねぇ!お父さん、お母さん、早く行こうよ!」
佐々木 寿郎「・・・・・・」
佐々木 寿郎「お父さん達は、ここでいいから、継実行って来なさい」
佐々木 継実「えっ?これからが面白いのに?」
佐々木 吉子「・・・そうね、継実行っておいで!」
佐々木 寿郎「お父さん達は先に降りてるから、気をつけて行くんだよ」
佐々木 継実「う、うん」
  そう言うと、父と母は今まで繋いでいた手をゆっくりと離した。
朝山 光里「良かったら、一緒に行かない?」
佐々木 継実「もちろん!」
  私達は意気投合し、さらに奥の方まで進んだ。

〇田舎駅の駐車場
朝山 光里「楽しかったね〜!」
佐々木 継実「うん!夜のライトアップも見たかったなぁ〜」
朝山 光里「夜にもう一回登るから撮影したら写真送るね!」
佐々木 継実「もう一度あの山を登るの?」
朝山 光里「実はねこの山、頂上まで行けるエレベーターがあるの」
佐々木 継実「えー!知らなかった!」
朝山 光里「3分程で行けるのよ!」
佐々木 寿郎「どうだった継実?楽しかったか?」
佐々木 継実「うん。(エレベーターの件は内緒にしとこう)」
朝山 光里「じゃあ私はこれで、また一緒に遊びましょう!」
佐々木 継実「連絡するね!」
佐々木 寿郎「・・・さぁ、継実帰ろうか!」

〇車内
佐々木 吉子「あら、継実おかえり」
佐々木 継実「ただいま!」
佐々木 寿郎「よ〜し!家に帰ろう!」
佐々木 吉子「ラジオかけましょう!」
  車を走らせて10分。いつもなら寝ているはずの母が起きていて、口を開いた。
佐々木 吉子「今日、罰とか皮肉とか言っていた、酔っ払った老人がいたじゃない?」
佐々木 寿郎「ああ、いたな!」
佐々木 吉子「その老人が言ってる意味が少し分かる気がしてね・・」
佐々木 寿郎「私もだよ、蕾って、前途有望な若者を指こともあるだろ?山に広がる花の蕾を撤去し山を整備した事で、新たな蕾が山に来る」
佐々木 吉子「フフッ、彼が言う通り皮肉な山かもしれないわね・・・」
佐々木 寿郎「・・・だな、みんないつかは・・・」
  近い未来、私や朝に見た1人の青年が繋ぐ手は人間の家族かも知れないし、自立型のロボットの家族かも知れない。しかし──
  繋いでいた手を離す日は必ず来るだろう。その時は時代に線を引き、自分がどの時代と共に生きるのかを選択しなければいけない・・
  昔でも、未来でも、その「選択」は永遠に変わっていない。そして新たな蕾がやって来た時に受け入れる事も永遠に変わらない──
  例えそれが今は受け入れられないような時代の蕾であっても。
佐々木 吉子「・・・・・・・・・」
佐々木 寿郎「・・・・・・・・・」
  母は無表情で窓の外を見つめ、私はラジオから流れる歌謡曲を聴きなが目を閉じた。
  母と父はこれからも新たな山を登るだろうか?昔行った山を再度登るだろうか?──その答えに今は気付かない振りをしていよう
  美蕾来山。蕾が消えて新たな蕾が訪れる皮肉な山。生き様を教えてくれる優しい山、厳しい山──永遠の残酷さと美しさを教える山
  私は歌謡曲を子守唄代わりに、短い夢の時間へ──

コメント

  • いつも気にかけて頂き、ありがとうございます🙇
    これは視野の広い作品ですね‼
    2世代の感じ方の違いが現れていて、どちらも否定しないところが懐の深い作品だと思いました。俯瞰的な視点の広さがあります🤔
    山頂に何があるか引き込まれますが、よくあるホラー的なものではなく、時代の流れと引き返せないものについての相反する感情が描かれ、どちらかに偏るでもないのが新しいなと思いました‼ 

  • このお話は、本当に深いですね
    途中のおばあちゃん達がなぜ引き止めるのかわかった気がしますがそれは行かないと分からないですもんね

    あの娘さんのエレベーターがまだあるよってお話余韻がヤバすぎて鳥肌です
    凄い。未来への希望なのかでもその先の行き過ぎた未来を見るのが私には怖く感じます

    子供だったら受け取り方はまた変わるんでしょうね
    凄い作品です

  • 現在、世界中の自然遺産等の観光地で、整備・開発が進みすぎて様相が変わってしまったという話はよく耳にします。そして、近未来の技術等で一層変化していくのでしょうね。
    鋭い切り口から紡がれる物語と、「考える」ことをごく自然に促されているようなラスト、本当に心に残ります。

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