エピソード56(脚本)
〇教室
薬師寺が俺の前から姿を消してもう1カ月が経つ。
俺はと言うと、すっかり薬師寺が現れる前の日常に戻っていた。
ホームルームの終了を告げる号令が響き、帰り支度を整えた生徒たちが続々と教室を飛び出す。
由比隼人「お疲れー! また月曜な!」
茶村和成「おう、お疲れ・・・」
諏訪原亨輔「・・・茶村、どうかしたか?」
茶村和成「あ、いや。考え事してて」
由比隼人「最近ずっとボーッとしてるよな」
由比隼人「・・・薬師寺さん、まだ帰ってこないのか?」
茶村和成「・・・ああ」
茶村和成「あ、でもそれはどうでもいいんだけどな」
茶村和成「あいつがいても面倒ごとが増えるだけだし」
諏訪原亨輔「・・・茶村」
茶村和成「あー・・・」
茶村和成「まあ、連絡くらいよこせとは思うけど」
由比隼人「・・・・・・」
由比隼人「こっちから連絡は取れないのか?」
茶村和成「携帯を携帯しないからな・・・」
茶村和成「実家にいることはわかってるんだけど」
由比隼人「実家? 帰省してるってこと?」
諏訪原亨輔「・・・それでも1カ月間なんの音沙汰もないのは奇妙だな」
由比隼人「たしかに。 だって薬師寺さん、あれだけ茶村に・・・」
茶村和成「・・・なんだよ」
由比隼人「・・・別にぃ」
茶村和成「お前な・・・」
茶村和成「ま、どうせ薬師寺のことだからひょっこり帰ってくるだろ。 そんなに心配はしてねえよ」
茶村和成「それじゃお疲れ。また週明けな」
諏訪原亨輔「・・・あ、茶村・・・」
由比隼人「う〜ん・・・、ちょっと、心配だな」
〇高層マンションの一室
稽古終わりにスーパーで買い物を済ませ、ひとり分の食事を作って食べる。
食器を洗い終えたあと軽くシャワーを済ませ、ベッドに寝転がったとき時刻はまだ21時前だった。
茶村和成「・・・まだこんな時間か」
さすがに1カ月も経てば、誤ってふたり分の食事を作ることもなくなった。
毎日湯船に浸かることを譲らないあいつのために、お湯を溜めるくせも抜けた。
俺の生活を浸食していた薬師寺の証が、少しずつなくなっていく。
・・・それに、違和感を覚えている俺がいる。
茶村和成「はあ・・・」
薬師寺がいることが日常になっていたなんて、絶対に認めてやるもんか。
茶村和成「・・・・・・」
茶村和成「さっさと帰ってこいよ・・・」
茶村和成「・・・はっ!? 今のは違う!! あー、もう!!」
誰に向けてなのかもわからない言い訳を呟き、枕に顔を埋める。
そのままいつの間にか、眠ってしまっていた。
〇玄関の外
数日後、放課後。
いつものように俺は空手の練習を終え、薬師寺のマンションへと帰ってきた。
そして薬師寺家の扉を開けようとしたとき、ある違和感に気づいた。
茶村和成(あれ…? 鍵が開いてる? ちゃんと閉めてから出たはずだけど・・・)
茶村和成(・・・まさか)
俺は急いで扉を開けると中に飛び込んだ。
〇高層マンションの一室
茶村和成「おい! 薬師寺! 帰って来るなら一言ぐらい連絡を・・・」
茶村和成「!?」
???「遅かったな。ああ、武術の稽古があったのか」
茶村和成「え・・・」
そこには薬師寺ではなく、以前俺のことを尾行してきた少年が立っていた。
茶村和成(こいつは、あのときの・・・!)
キビキビとした動作で距離を詰めてくる少年に、思わず身構える。
しかし少年は俺の前で立ち止まると、姿勢を正して勢いよく礼をした。
???「先日は悪かった」
茶村和成「・・・へ?」
???「改めて名乗らせてもらう。 俺の名は榊原総二郎(さかきばらそうじろう)」
???「薬師寺廉太郎の従兄弟だ」
茶村和成「え・・・、ええ!?」
???「勝手に上がらせてもらってすまない。 突然だが、茶村和成。お前に用がある」
〇高層マンションの一室
茶村和成「えっと、それで・・・、榊原・・・さん?」
榊原総二郎「総二郎でいい。俺も和成と呼ぶ」
茶村和成「あ、はい・・・」
茶村和成「・・・じゃあ、総二郎。なにか飲むか?」
榊原総二郎「む、気がきくな」
榊原総二郎「ではそうだな・・・、ココアはもらえるか?」
茶村和成「ああ。ホットでいいか?」
うなずいた総二郎を横目に、ココア缶を棚から取り出す。
この缶も、もう1カ月以上手にしていなかった。
茶村和成「ん、どうぞ」
榊原総二郎「感謝する」
榊原総二郎「ぬ・・・、少し甘みが足りないな」
茶村和成「・・・砂糖、追加で入れるか?」
榊原総二郎「ありがたい。よっと・・・」
どさり、とスプーンいっぱいの砂糖をカップの中に投入する姿が薬師寺と重なり、首を振る。
茶村和成「それで俺に用っていうのは?」
榊原総二郎「ああ・・・」
榊原総二郎「予想はついているだろうが、廉太郎のことだ」
茶村和成「・・・・・・」
榊原総二郎「・・・あいつは今、本家に監禁されている」
茶村和成「!」
茶村和成「・・・監禁だって?」
榊原総二郎「ああ。 和成がなにをどこまで知っているのかはわからんが・・・」
榊原総二郎「まずは俺が知っていることを話す」
榊原総二郎「正直、今のままじゃ俺のことを信用できないだろう?」
茶村和成「それは・・・」
榊原総二郎「隠す必要はない。当たり前だ」
榊原総二郎「信用を得るためには腹を割らねばなるまい」
榊原総二郎「ふう・・・」
榊原総二郎「・・・廉太郎を監禁しているのは、薬師寺家の現当主である吾妻(あづま)という男だ」
榊原総二郎「正確に言えば当主代行だが・・・。 実権を持っていることには違いない」
榊原総二郎「監禁の理由は、代々本家の選ばれし者が受け継ぐ”狐”の力をあいつが持っていることにある」
榊原総二郎「吾妻はその力を虚世の結界の崩壊を防ぐために利用しようとしているんだ」
茶村和成「”狐”の力・・・、虚世・・・」
榊原総二郎「当初の計画はテケテケを用いたものだった」
榊原総二郎「テケテケを実験体として復活させ、怪異として成長させることで六柱に値する力を持たせようとした・・・」
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