事変の序曲(6)(脚本)
〇keep out
猪苗代「むむむ・・・」
猪苗代「むむむむむ・・・」
猪苗代「むんがあッ!」
〇白
〇レトロ喫茶
猪苗代「このように、私はこめかみの一点に力を込める事により自在に鼻血を放出できます」
この物語はフィクションであり、実在の人間にそんな真似は出来ません
最上「笑顔で自慢する特技か」
伝八「こえーよ」
猪苗代「あとはメイクで痣を作ったり服を汚せば、短時間なら騙せるものかと」
猪苗代「少尉が職権を乱用し力ずくで私を凌辱」
最上「尋問」
猪苗代「尋問し逮捕すれば、それを手柄に天粕司令の懐にもぐり込む事が出来るでしょう」
猪苗代「また身柄を石塚警部の所に引き渡して頂ければ、私の身の安全も確保できます」
伝八「そう上手くいくもんかね」
猪苗代「大丈夫です。本番では、この三倍の鼻血を噴出してご覧にいれます」
伝八「まあ、貧血に気をつけてな」
最上「上手くいかせる」
最上「天粕の肚を探るには一度その中に飛び込むしかない」
伝八「大丈夫かよ。お前、色々顔に出るタチだろ」
最上「失敬な。本官は諜報暗躍のスペシャリストたる憲兵である」
最上「このようにズーッと鉄面皮を貫けば、さしもの天粕とて必ず騙しきれる」
最上「何なら髪型も変えようか?」
猪苗代「いっそ外人さんみたいに染めてみたら如何ですか?」
最上「おいおい、それはやりすぎだろう」
最上「わはははは!」
伝八「無表情で笑うな。逆に不自然だ」
最上「そして御堂組」
伝八「ああ、良くも悪くも奴らは蓬莱街の秩序。いざという時の切り札になる」
伝八「刑事の言う台詞じゃねえが今はまだ戒厳軍に潰させる時代じゃない」
伝八「貧民のガキでも使って、何人かのポッケにクスリでも入れさせりゃ取り調べの名目で組ごとしょっぴける」
最上「後は猪苗代君同様警部の監視下で保護する」
伝八「まあ、やり方は卑怯だがね」
猪苗代「申し訳ありません。こういう方法は」
伝八「大好きだ」
猪苗代「何よりです」
伝八「最後に来栖川」
最上「・・・」
伝八「ホラ。顔に出た」
最上「す、すまん」
伝八「今まで通り奴に近づけば、天粕を騙しきれない」
猪苗代「と言って放置しすぎれば天粕司令の手の者に何をされるか分からない」
最上「ああ、震災のドサクサで合法非合法問わず閣下の命を狙ってくるのは分かってる」
伝八「オオスギを殺したようにな・・・」
伝八「貧民窟には革命軍。帝都には戒厳軍」
伝八「御堂組同様、奴らの目を欺きどこかのタイミングで身柄を確保し接触する必要がある」
最上「ああ」
最上「天粕の野望を食い止められるのは男爵以外にない」
猪苗代「・・・」
伝八「どうした?」
猪苗代「本当にそうなんですか?」
最上「・・・」
猪苗代「この際忌憚なく言わせて頂きますが。彼は時代の遺物です」
〇西洋風の駅前広場
『彼もまた、合法非合法問わず秩序に抗う者の全てを公権力の下に弾圧した張本人』
『次の時代を夢見たあまたの思想家の根を詰み、時の流れを止めた男』
〇レトロ喫茶
猪苗代「むしろ、私が臣民にその危険性を暴露せんとするユートピア―ド計画の擁護者となるべき存在のように思えます」
猪苗代「たとえ天粕を食い止めても、あの男が軍に帰り咲けば同じことではありませんか?」
最上「違う!来栖川閣下は私情で動くようなお方ではない!この国の未来を憂う最後の侍である!」
猪苗代「天粕もまた憂国の志のもとに出世を望み、ユートピア―ド計画もまた国家の為に臣民を管理しようとするものです!」
猪苗代「『誰かの為』『何かの為』その考えこそが一番歯止めがきかないんです!」
最上「おのれの為だけに生きる者を認めれば最早秩序のテイを為さん!翻ってそれは国家というものの否定ではないか!」
猪苗代「極論です!」
最上「どっちが!」
伝八「お前ら、そんなに目立ちたいのか?」
「あ・・・」
伝八「折角監視の目を撒くに撒いての集いなのに通報されたらイーミナーイジャーン」
最上「す、すまん・・・」
猪苗代「いえ、私こそ・・・」
伝八「それに、熱い生討論に水を差して悪いがよ」
伝八「そういうのは多分、人間が集まる限り永遠に繰り返される話題なんじゃねえか?」
伝八「今更お前ら如きが訳知り顔で怒鳴りあって出るような答えじゃねえよ」
「ごもっとも」
伝八「ただ、今の軍部に天粕を越えるリーダーが必要だってのも確かだ」
伝八「それは来栖川以外にない。少尉はそう思うんだな」
最上「戒厳軍の・・・いや、秩序の暴走を食い止められるのは秩序を知り尽した人間だけだ」
伝八「そしてその秩序を知り尽くした男が、いま貧民窟で自由を学んでいる」
猪苗代「秩序の鬼が自由を学ぶ・・・」
伝八「そうだ。あんたはそれに賭けてんだろ」
最上「確かに閣下は変わった」
最上「魔王と呼ばれた来栖川義孝は、帝都震災で死んでヒモのクルちゃんになった」
最上「できればクルちゃんも既に死んでいて欲しいところだが・・・」
最上「とにかく閣下の中で、何かが変わったんだ」
最上「新時代と戦うため。新時代に抗うため」
最上「新時代を理解するため。そして・・・」
猪苗代「新時代で生きてゆくため・・・」
最上「その結論は閣下が出すだろう」
最上「俺はそれに賭ける」
最上「変わり続け、学び続ける男に賭ける」
猪苗代「・・・得心いたしました」
猪苗代「私も信じてみます。新しい時代の、新しい軍人とやらに」
最上「では始めよう」
最上「猪苗代麻呂美、お前を逮捕する!」
猪苗代「・・・!」
猪苗代「・・・はい」
最上「曲解してないか?」
猪苗代「好きにして~ん。一真」
〇古い競技場
最上(あと一息・・・)
最上(天粕にも根室にも渡さん)
最上(ここで閣下を逮捕して、そのまま陸軍省にお連れする)
最上(あとは貴方次第だ。来栖川義孝・・・)
最上「貴様を逮捕する!」
『お待ちください。最上戒厳少尉』
『その男の身柄は我々が拘束致します』
最上「お、お前は・・・」
最上「何故、お前が!」
つづく