〇大衆居酒屋
深川（ふかがわ）「今日も一日お疲れ様でした」
森園（もりぞの）「お疲れ様」
深川（ふかがわ）「ぷは～!! 生き返る!!」
森園（もりぞの）「──で、相談って何？」
深川（ふかがわ）「いやいや、まずは食べましょう」
深川（ふかがわ）「話はそれからです」
深川（ふかがわ）「あっ！ 森園さん、枝豆頼んだんですね」
深川（ふかがわ）「ちょっともらってもいいですか？」
森園（もりぞの）「やめて」
森園（もりぞの）「深川さん、焼き鳥頼んだでしょ」
森園（もりぞの）「それを食べればいいじゃない」
深川（ふかがわ）「森園さん、意外とケチだなあ」
森園（もりぞの）「ケチで結構」
森園（もりぞの）「いいから、さっさと用件を言って」
森園（もりぞの）「私は早く帰りたいの」
深川（ふかがわ）「・・・・・・」
深川（ふかがわ）「森園さん、最近元気ないですよね」
深川（ふかがわ）「だから、飲みに誘ったんです」
森園（もりぞの）「そんなことないけど」
深川（ふかがわ）「いいえ」
深川（ふかがわ）「こうして以前の生活に戻れても、ちっとも嬉しそうじゃない」
深川（ふかがわ）「むしろ、前の環境のほうが生き生きしてた」
森園（もりぞの）「──だったら、どうだって言うの？」
森園（もりぞの）「深川さんには関係ないでしょ」
深川（ふかがわ）「あります！ 大ありですよ!!」
森園（もりぞの）「はあ？」
深川（ふかがわ）「好きな人が元気じゃなかったら」
深川（ふかがわ）「気になるじゃないですか!!」
森園（もりぞの）「はあ・・・」
深川（ふかがわ）「あの、ここは顔を赤らめる場面ですよ！」
森園（もりぞの）「いや、ごめん」
森園（もりぞの）「私、深川さんにときめかないから」
深川（ふかがわ）「そんなにばっさり言わなくても・・・」
森園（もりぞの）「私に恋愛は無理なの」
森園（もりぞの）「だから、ごめんね」
深川（ふかがわ）「どうしてですか？」
深川（ふかがわ）「何で恋愛が無理なんですか!?」
森園（もりぞの）「私は、一人でいるほうが楽なの」
森園（もりぞの）「さっき、深川さんが言ったでしょ」
森園（もりぞの）「「前の環境のほうが生き生きしてた」って」
森園（もりぞの）「それ、当たってるの」
森園（もりぞの）「私、社会的距離を保つ世界のほうが生きやすかった」
森園（もりぞの）「あの世界では、飲み会も満員電車も回避できたし」
森園（もりぞの）「テレワークの御蔭で、家で仕事ができた」
森園（もりぞの）「それに、飲食店や映画館は座席が離れてたし」
森園（もりぞの）「観光客が少ない時に、のびのびと旅行ができた」
森園（もりぞの）「私にとって、あの数年間は快適そのものだったの」
深川（ふかがわ）「──けど、それはもう終わりましたよ」
森園（もりぞの）「そうだね」
森園（もりぞの）「世界が元通りになって困っているのは、私くらいじゃないかな」
深川（ふかがわ）「──俺は」
深川（ふかがわ）「「普段通りの生活」に戻れて嬉しいです」
深川（ふかがわ）「だって、こうして森園さんと飲みに行けるんですからね」
深川（ふかがわ）「以前なら「感染が心配」って言って、片端から断ってましたよね？」
森園（もりぞの）「まあ、そうだけど」
深川（ふかがわ）「俺は断然、こっちの世界のほうが好きです」
深川（ふかがわ）「また自由に行動できるんですよ」
深川（ふかがわ）「最高じゃないですか！」
森園（もりぞの）「深川さんみたいな人なら、過ごしやすいだろうね」
森園（もりぞの）「でも、私はつらい世界に逆戻りだよ」
森園（もりぞの）「「あの数年間は一体なんだったんだろう」って考えちゃう」
深川（ふかがわ）「それなら、これからは俺が傍で支えます」
森園（もりぞの）「いや、いいって」
深川（ふかがわ）「何でですか!?」
森園（もりぞの）「だ～か～ら～」
森園（もりぞの）「さっき言ったでしょ!!」
森園（もりぞの）「私は一人がいいの！」
森園（もりぞの）「これからも一人で生きていくの!!」
森園（もりぞの）「これ、お会計！ お釣りはいらないから！」
深川（ふかがわ）「──森園さんっ！」
深川（ふかがわ）「ああ、行っちゃった・・・」
深川（ふかがわ）「けど、森園さんとサシ飲みできた」
深川（ふかがわ）「これは大きな一歩だ」
深川（ふかがわ）「頑張れ、俺!!」