ハードボイルドガール

月暈シボ

エピソード8(脚本)

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〇学校の体育館
保井マユミ「ん~、やっぱり特に思い当たることはないですね」
保井マユミ「私は先輩ほど美人じゃないですし、特に最近は膝を痛めていて軽い練習しかしていないのでちょっと太っています」
保井マユミ「例え犯人が、変態さんでも私には見向きはしないんじゃありませんか?」
  被害者の一人である保井マユミ(やすいまゆみ)はレイの質問に苦笑を交えて答えた。
  彼女は高等部の一年G組に所属しており、俺達の後輩に当たる。
  同じ寮の生徒なので俺も何度か保井の姿を見掛けたことがあった。
  その時は特に気にしていなかったが、改めて観察すると保井は女子としては背が高いし、
  顔つきは幼さが残っているものの、逆にそこがチャームポイントになっていて可愛らしい。
  彼女は決して男子が見向きもしないような少女ではなかった。
  もっとも、保井の目の前にはレイがいる。この誰もが美人と認める先輩と比べれば自分なんてと思ってしまったのだろう。
麻峰レイ「そうか? 私からすると君は普通に可愛らしいし、太ったと言うが、その大きな胸は魅力的だ。むしろ羨ましい。そうだろ? 君?」
「え、ええ?! た、確かにそうかも・・・」
  レイに質問役を任せていた俺は急に振られた話題に困りながらも、その意見には正直に同意する。
  Tシャツと短パンの軽装ということもあり、保井のボディラインは露わになっている。
  その胸の膨らみは一目瞭然だった。明らかに平均的なレイよりも大きいのである。
  レイとしては自分にない保井の魅力を褒めたつもりだったのかもしれないが、
  同意を求められた俺としては、どうしてもレイと保井の胸を比べなければならず、
  Tシャツの下を見透かすような視線を受けた保井と彼の間に気まずい気配が流れる。
麻峰レイ「いずれにしても、思い当たらないのなら仕方がない」
麻峰レイ「もし、何か思い出したことがあったら先程交換した連絡先に報せてほしい」
麻峰レイ「時間を取ってくれてありがとう。では、部活をがんばってくれ」
保井マユミ「・・・いえ、こちらこそありがとうございます」
  その場の空気を業務用冷凍庫並に凍らせたレイだったが、
  他の女子バレー部員達の姿が増え始めたこともあり、お礼を伝えて会話の終りを宣言する。
  それまで困ったような顔を浮かべていた保井も応援の言葉を受けたことで笑みを浮かべ返礼を行なう。
  レイのおかげで、嫌らしい視線で胸を見る先輩のレッテルを張られそうになった俺だが、
  保井はそんな俺にも会釈で別れを示してくれる。どうやら先程のことは不可抗力であったと理解してくれたようである。
「集合!」
  やがて部長と思われる女子生徒の掛け声が体育館に響き渡る。
  これから本格的に始まる練習を前にして、部外者である俺とレイは急ぎ足で体育館を出た。

〇渡り廊下
麻峰レイ「可愛い子だったな。あのようなタイプが男子に一番モテるのではないか?」
  渡り廊下に戻ったところでレイは後ろを軽く振り返りながら俺に問い掛ける。
「・・・一番とは言わないけど、あの子はそれなりにモテるだろうね。まあ、俺はレイのおかげで危うくセクハラ野郎になりかけたけど」
  質問には答えつつも、俺は先程のやりとりについてレイにしっかりと抗議を行う。
麻峰レイ「ふふふ、悪かったよ。私もそこまでデリカシーがないわけじゃない。あれは彼女の反応を見るためにちょっと試してみたんだ」
麻峰レイ「演技をする人間はどうしても客観的になる。なので、予期もしていないことが起こると反応に若干のラグが出るんだ」
麻峰レイ「あの様子だと演技や隠し事もなく、本当に何も思い当たらないみたいだ」
「え? そんな、いやそこまで?!!」
  レイの説明に俺は慌てて声を上げる。先程のやり取りは彼女の計算された行動の結果だと判明したからだ。
麻峰レイ「ああ、暇つぶしではあるが、やる以上は本気でやる!」
麻峰レイ「ミュンヒハウゼン症候群のように、被害者と思われた人物が実は犯人や当事者だったという可能性もゼロではないからな、」
麻峰レイ「自作自演の嘘を吐いている可能性も考慮しないと」
「た、確かに・・・。あれ? も、もしかして俺の反応も探ってた?」
麻峰レイ「ふふふ・・・それは・・・想像に任せるよ。じゃ、もう一人の被害者に会いに行こう」
  俺の問い掛けにレイは含み笑いではぐらかすと、早速とばかりに次の行動に移る。
  ちなみにミュンヒハウゼン症候群とは、ほら吹き男爵症候群とも呼ばれる症状で、
  一言で言えば、自作自演で自分を被害者に仕立て上げ周囲の関心を惹こうとする端迷惑な行為のことである。
「・・・とんでもない女に関わってしまった・・」
  俺は今更ながら自分の前を歩む美少女が只者ではないと自覚すると、その背中に向って蚊の羽音のような小さな声で呟く。
  だが、その顔には満更でもない笑顔が浮かんでいるようだった。

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