チキン売りのクリぼっち

でらお

チキン売りのクリぼっち(脚本)

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〇駅前ロータリー(駅名無し)
クリぼっち「チキンはいりませんか、チキンを買ってください」
  日が次第に傾いてきて、夜がそこまで近づいてきていることを感じさせられる、夕暮れ時。
  さながらマッチ売りの少女のように、僕はクリスマスチキンの出店のアルバイトをしていた。
クリぼっち「・・・うぅ。それにしても、寒い」
  時間が経てば経つほど、気温が下がっていくのが身に染みて分かる。
  世はクリスマスイブ。
  僕はバイト代の高さに目を奪われて、このアルバイトを選んだことをひどく後悔していた。
  完売させられればすぐに出店を撤収とのことだったが、それは売り切らなければ、時間の限り働かされるということでもあったのだ。
  チキンを売り始めてからそれなりに数は捌いたつもりでいたが、未だに大量の在庫が目の前には残っていた。
クリぼっち「これ、本当にぜんぶ捌ききれるのか・・・」
  目の前の大量の在庫を簡単に捌ける気はしなかった。
  ただ、夜遅くまでの戦いになったとしても、それは僕が苦しむだけである。
  クリスマスイブの今日、僕に特別な約束など予定されていなかった。───僕は所謂、クリぼっちというやつだった。
  目の前を通り過ぎるカップル達を憎みはしない。だがせめて、幸せのお裾分けとして、チキンを一つでも買っていって欲しい。
  なんて思いながら、僕はまた繰り返す。
クリぼっち「チキンはいりませんか、チキンを買ってください」
通りすがりの女「・・・あの」
  すると、一人の通りすがりの女が、出店にやってきた。
クリぼっち「いらっしゃいませ! チキン一つ600円です!」
通りすがりの女「あ、あの。そういうわけじゃあ、なくって」
通りすがりの女「なんていうか、その・・・」
  通りすがりの女は、どうやらチキンを買いに来たわけではないらしい。
  チキンを買わずして、一体、僕に何の用だろうか?
  よからぬ妄想が働いてしまうのは、クリスマスイブで浮かれている世間に、僕も影響されてしまっているからだろうか。
通りすがりの女「人身売買は良くないと思います!」
クリぼっち「・・・」
クリぼっち「・・・・・・え?」
通りすがりの女「?」
通りすがりの女「・・・えっと、チキンを売ってるんですよね?」
クリぼっち「クリスマスに勇気がなくて異性を誘えなかったチキンな僕を売っているわけじゃないから!」
通りすがりの女「あ、そうなんですね! 良かったです!」
クリぼっち「いや、普通そんな勘違いしないと思うんだけど・・・」
通りすがりの女「でもよく考えたら、どっちも売れ残りであることには変わりないですね」
通りすがりの女「価格設定、見誤ったんじゃないですか? そろそろ値下げして、おつとめ品シール貼ったらどうですか?」
クリぼっち「それってチキンの話だよね? 僕の話じゃないよね?」
通りすがりの女「え?」
クリぼっち「え?」
  なんなんだ、この女。見覚えはないし、知り合いではないことは確かである。
  クリスマスイブに出店のバイトをしている哀れなクリぼっちな僕を、嘲笑いにきた悪趣味な女なのだろうか?
通りすがりの女「ところでマッチ売りの少女って最後、どうなるか知っていますか?」
  すると今度は脈絡もなく、童話の話を持ち出してきた。本当に意味不明だ。
  まあ、チキンが売れず暇であることは確かだったので、僕は少し相手をしてみることにした。
クリぼっち「子供の頃に読んだっきりで、どんな内容か忘れちゃったな」
通りすがりの女「・・・まるでニワトリ。本当にチキンなんですね!」
クリぼっち「別に三歩歩いただけで忘れるわけじゃないから! 昔のことだから忘れたの!」
通りすがりの女「最後、死ぬんですよ。誰にもマッチを買ってもらえずに、自分でマッチを使い果たして死ぬんです」
クリぼっち「え? ああ、マッチ売りの少女の話? そ、そっか。そんな悲しい結末だったんだ」
通りすがりの女「なんでそんな他人事なんですか?」
クリぼっち「他人事だからだよ! チキン売りの僕に、マッチ売りの少女を投影しないでくれ!」
  この女、色々と大丈夫だろうか。今日初めて会った見ず知らずの僕でさえ、不安になってくる。
通りすがりの女「それにしてもチキン、チキンが意外と魅力的ですね」
クリぼっち「いま間違えてチキンを2回言ってしまっただけだよね? 僕のことをチキンって呼んだりしてないよね?」
通りすがりの女「売れ残っているのが不思議なくらい、活きがいいチキンですね。誰も要らないのなら、私が引き取ろうかしら」
クリぼっち「・・・活きがいいって、チキンに使う言葉じゃあないと思うんだけどなあ」
クリぼっち「・・・それに、あの、まだ出店閉めるわけじゃあないんで、これからチキンを買いにくるお客さんもいるかもしれないので」
通りすがりの女「じゃあ待ってるわ」
クリぼっち「在庫処分まで待つ客がいるか! いいやもうそんなの客じゃねえ!」
通りすがりの女「じゃあチキン、私はここで待っているから、早くチキンをすべて売ってしまいなさい」
クリぼっち「言われなくても・・・って」
  この女の言っていることは、どこか矛盾してはいないだろうか?
  たしかこの女は、売り残ったチキンを無償でゲットするためにここで待っているんだよな。
  それなのにこの女は今、チキンをすべて売ってしまいなさいと言った。
  じゃあ出店にあるチキンをすべて売ってしまって、それでも尚、売れ残っているチキンっていうのは・・・
  ・・・
  ・・・・・・
  ──なんて、考えすぎか
通りすがりの女「そんなんだからいつまで経ってもチキンって言われ続けるんですよ」
クリぼっち「チキン呼ばわりされたのは今日が初めてだっ!」
  結局、その女は売れ残ったチキンをすべて掻っ攫っていった。

コメント

  • まるで夫婦漫才のようなキレのあるボケとツッコミ笑
    初対面の人にここまで言われたら結構メンタルにきそうですが…、もしかしたらとてもいいコンビになれるかもしれないですね!

  • チキンぜんぶ掻っ攫っていくなんて、この不思議な女性、なんておっとこまえ〜♪勝手にこの男性をチキンと呼び始めたり(笑)意味わからない強引さがけっこう好きです。

  • クリぼっちの寂しさと、チキンの売れない虚しさと相まって、なんだかくすっと笑えました。
    お姉さん、確実にいじりにきてますよね!笑

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