読切(脚本)
〇シックな玄関
夫はだいたい、夜7時から8時のあいだに帰ってくる。
インターホンが鳴り、時計を見る。7時32分。今日もやっぱりそうだ。
「ただいま」
「おかえり」
その後に、夫の言葉は続かない。
「連れていってほしいの。あなたが内緒で会っている人の家に」
夫は動かない。じっと、私の目を見たまま――――。
夫の浮気を知ったのは、覚えのない香りを感じたとか、私のとは違う髪が落ちていたからとか、そんなことではなかった。
夫がスマホを仕事に持っていくのを忘れた日の午前中、何度もバイブレーションが鳴った。
もしかしたら、夫が私が取ることを期待してかけているのかもしれない。
近くにいれば、パスコードを打つ指の動きくらい覚えてしまう。
だから、夫の携帯を見ることは容易だった。
メッセージアプリにたまっていた通知。タップして、「A」という人物からの連絡だということに気づく。
「今日会える?」
「私は仕事6時に終わりそう」
スクロールしていく。夫も「A」さんも、絵文字やスタンプは一切使っていない
だからこそ、むき出しの愛のようにも思えた。
言葉なんて、最小限でいい、そんな切実ささえ感じた。
「誰かと会っていたことは、わかっているの。それを終わりにしてほしいとかじゃなくて、
ただ、その人がどんなところに住んでいるのか、それだけ知りたいの」
夫が何か言う前に、私はマンションの前まで走り出た。
「ちょっと待ってくれ、優子」
「どっち方面なの?とにかく、駅に行けばいい?」
「待って、待ってくれ」
私の手首を掴む夫の力は、強い。
「後できちんと説明させてくれ。でも、その人には、どこへ行っても会えない」
「どういうこと?」
夫は何も答えない。ただ、顔を動かし、ある一点を見つめた。
夫の視線の先を、私もたどっていく。
嘘だ、ありえない。
夫の見つめる先は、私の姉が住む部屋だった。
田舎に住む両親が、優子と大輔さんと同じマンションなら、敦子も安心でしょ、と姉が転職し上京してくるときに提案したのだ。
姉との仲は悪くなかった。だから、自分たちの部屋の真下に姉が住んでいても、別に気にならなかった。
涙なのか、めまいなのかわからない。視界がぼやけて、目の前が真っ暗になった。
不倫の可能性を探る優子さん、その感情がひしひしと伝わってくるようでした。そして、不倫相手がまさかの……、泥沼必至の展開ですね!
彼氏と親友を同時に失うパターンは辛くても乗り越えられそうですが、夫と姉を失うことは想像を絶する打撃でしょうね。夫の視線の先で相手が誰であるか気がつくというシーンで読者の緊張感がピークに達する展開がお見事でした。
なんて辛い現実を突きつけられたんでしょう・・。身内どうしで不倫となれば、どの関係も絶たれてしまいますね。彼女の心情、察すると胸が痛いです。