脱げないハイヒール

敵当人間

脱げないハイヒール(脚本)

脱げないハイヒール

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脱げないハイヒール
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〇シックな玄関
  相変わらず、私はこの男に翻弄されている
  日付が変わる前に追い出されるのは、冷え込む時期も変わらない
渡瀬 京也「お疲れ様」
  後ろから声がして振り返ると壁にもたれ掛かりながら、私を見送る男がいる
  ──────渡瀬 京也
  この男のおかげで、私は生き延びている
  
  某感染症の影響で、お金に困った私は夜の街へ降りるしかなかった
  夜の街と言えど、この不況でお金が手に入る筈もなく身も心もすり減っていた時、この男から本指名が入った
「ご指名ありがとうございました」
  私はそう言うと静かにこの男の部屋を後にした

〇住宅地の坂道
  明日はイヴだと言うのに、私は何をやっているんだろう?
  そう、何度問いかけたことか
  だが、何度問いかけたところで状況が改善するはずがない
  都会に行けば仕事があると当てにした私が浅はかだったのだ
  ハイヒールで坂道を登りながら周囲の幸せそうな声を聴いていると、ふと泣きそうになった
  踵に靴擦れが出来たせいにしよう
  痛いから、涙が溢れ出そうになるんだ
  そう思わなければ、益々自分が可哀想な人間に思えて仕方がなかった
  小指が押し潰されて、霜焼けになりかかっている
  踵はヒリヒリと熱を帯びて、それでも私はハイヒールを脱げない
  まるで、裸足で歩くと自分がもっと惨めな人間になってしまいそうで・・・
  もっと大切に扱われない存在になりそうで・・・

〇線路沿いの道
「終電は、ないのか」
  駅の方まで出てきたものの、電車が動いている気配は無かった
  お金に余裕があれば、タクシーでも掴むが、このご時世だ
  いつお金が必要になるか分からないし、この仕事も長くは続けられない
  吐く息が白く濁る
  私の心も濁っている
「死にたい・・・」
  ふと、後方から自転車のベルの音がして、慌てて端に寄った
  が、どうやら自転車も同じ方へ移動したらしく、ブレーキ音が鳴る
通行人A「大丈夫でしたか!?」
  気の弱そうな青年は、そう声をかけてきた
  
  私は静かに会釈して、その場を立ち去ろうとした
通行人A「待ってください!」
  青年は鞄をしばらく漁ると、『あった!』と声を漏らし、私に絆創膏を渡してきた
通行人A「靴擦れを起こしてますよ」
  今時、絆創膏を持ち歩く人など居たんだと、思わず驚いてしまった
  サンタからのなけなしのプレゼントだろうか?
  その絆創膏を受け取った瞬間、私は思わず泣き始めていた
  堰き止めていた何かが外れてしまったのだ
通行人A「あ、あの、大丈夫ですか? 痛むならお部屋までお送りしましょうか?」
  なんだか、もう、どうだって良い気がする
  目の前の男性に甘えてみよう
  私は静かに、何度も何度も頷いてみせた

〇高級マンションの一室
渡瀬 京也「酷い雨だな 雪だったら良かったのに・・・」
  今日は、クリスマスイヴだ
  ここ最近、気に入っている嬢がいて、ほとんど毎日指名してしまっている
  なんでも借金を抱えていて、夜の仕事に落ちたらしい
  ギャンブルやらホストに貢いでいるんじゃないかと思っていたが、
  こちらで色々と調べるうちに、より彼女を支えてやりたいと思うようになり、今日の貸切の際にその旨を伝えるつもりだった
渡瀬 京也「神様とやらも空気を読めよ 普通はホワイトクリスマスだろ?」
  俺が天気予報を見ながら文句を言っていると、この近辺のニュース番組に変わってしまった
「今日未明、T県Y市にて25歳女性の遺体が発見されました。女性は身分証明書から小田川幸来さんと見られ、絞殺された後が・・・」
  俺は呆気に取られていた
  
  Yukiだった
  黒髪の方が似合うと、ハイヒールなんか辞めてしまえと、俺が何度も伝えていたYukiだ
  都会に来たからには、オシャレを楽しみたいのだと背伸びをして、男の扱い方など全く知らなくて、
  ブランドのハイヒールを男に買わせずに自分の財布からお金を出してしまうような、無知で純粋なあのYukiだった
小田川 幸来「私、自分の名前嫌いなんです だって、名前の通りに人生が進まなかったから」
  彼女は初めて会った時、そう言っていた
  
  だから、彼女の名前の通り、幸せを運ぼうと決めていたのに・・・
  突如インターフォンが鳴り、俺は慌てて玄関の扉を開けた
「久しぶり! すげー雨だから、雨宿りさせてくれない?」
渡瀬 京也「歩武か、待ってろ」
  俺は、扉のロックを解除した
  俺の気持ちも知らずに、歩武は笑顔で家の中に入ってきた
須外 歩武「いやー、マジで参ったよ! こんな大雨になるなら、買い物しなきゃ良かったなぁ」
須外 歩武「お前、今日、女の子何時から来るの? その子が来る前にお暇するわ!」
渡瀬 京也「いや、良いんだ キャンセルになったから」
須外 歩武「キャンセルって・・・普通男がするもんじゃないのか?」
渡瀬 京也「色々事情があるんだよ それより、今日は暇なのか?」
須外 歩武「おい、彼女いないの知ってる癖に聞くんじゃねーよ!」
渡瀬 京也「いや、良かった・・・ 実は俺、今日は一人で居たくなかったんだ・・・」
須外 歩武「どうした?俺で良ければ話を聞くぞ?」
  俺は自分の思いを全て友人に伝えることにした
  窓を打ちつける雨粒の音が次第に大きくなっていく
  気が付けば、テレビでブランド物のハイヒールの広告が流れていた
  彼女は、背伸びすることを辞められたのだろうか?
  俺は、ふと、そんな事を思いつき、雨音に耳を傾ける

コメント

  • 三回も読んでしまいました😲www
    Yukiってこんな見た目だっけ?って思って読み返したら最初に姿を見せてなかった事に気付いて何かすごいトリックに引っ掛かった気分になりましたw
    面白かったです!

  • 何故殺されてしまったのか…。
    クリスマスに指名って、やっぱり気があったのですかね…。
    色々と複雑そうですが、不況ってよくないですよね…。

  • これってもしやもしやのそういうことですか?いやだけどなんで彼女は殺された?邪魔だったから消されたってことでしょうか。2回よんでも謎が残ります。彼は、彼のことが好きで、一緒に過ごしたかった的な感じで合ってるんでしょうか。そうだとしたら無邪気さがよけい怖さをひきたててますね。

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