〇おしゃれなリビングダイニング
水瀬真一「・・・ただいま」
母親「遅かったわね。 ご飯もう出来てるわよ」
水瀬真一「・・・いらない」
父親「何言ってるんだ、 いつも言ってるだろう」
父親「男なんだから、しっかり食わないと──」
水瀬真一「いらないってば!!」
父親「親に向かってその態度はなんだ！」
水瀬真一「俺・・・ もう部屋で休むから」
母親「ちょっと、真一！ 待ちなさい！」

〇男の子の一人部屋
　　ドアを閉めると、
　　すぐにその場にしゃがみ込んだ。
水瀬真一「今は無理だよ・・・」
水瀬真一「『俺』にはなれない・・・」
　　「本当に辞めちゃうんですか？」
　　数時間前に送ったその１文で、
　　irohaとのやり取りは止まったままだ。
水瀬真一「・・・既読、付かないな──」
水瀬真一「え・・・」
　　──現在、こちらのDMは閉鎖中のため、
　　お問い合わせは公式HPに記載されております・・・──
水瀬真一「そんな・・・」
　　自分の中で、ごちゃ混ぜになっている
　　『僕』『あたし』『俺』。
　　本当の『あたし』と話してくれるのは
　　irohaだけだった。
水瀬真一「・・・もう」
水瀬真一「誰とも話せないんだ・・・」

〇黒
？？？「・・・くん」
？？？「・・・起きて」
？？？「・・・水瀬くん！」

〇教室
水瀬真一「・・・村上さん」
村上「もーやっと起きた」
村上「いっつも寝てるんだから！」
水瀬真一「・・・起きてても、いいことないし」
村上「・・・？」
村上「水瀬くん、大丈夫？ なんか変だよ？」
村上「朝からずっとぼんやりしてるし、 今だって──」
水瀬真一「いや、平気」
水瀬真一「・・・それで、どうしたの」
村上「あのね、今日は応援旗の作業 休みにしたいんだ」
村上「だから帰っていいよって 伝えようと思って！」
水瀬真一「休み？ なんで？」
村上「えっと・・・」
村上「今日は用事があるの！」
水瀬真一「そう」
水瀬真一「それならちょうど良かった」
村上「どういうこと？」
水瀬真一「・・・こっちの話。気にしないで」
　　話を切り上げるように、僕は帰りの準備を始める。
水瀬真一「──いたっ・・・」
村上「どうしたの!?」
水瀬真一「ちょっと紙で切っただけ」
村上「血が出てる！ 私、絆創膏持ってるよ」
水瀬真一「別に大丈夫だから・・・」
村上「いいから！ 待って、確かポーチに──」
村上「あ・・・」
水瀬真一「?」
村上「・・・手貸して」
水瀬真一「え、ちょっと」
　　村上さんは僕の手を取ると、
　　指先に絆創膏を巻いた。
水瀬真一「絆創膏なんて大袈裟な・・・──」
水瀬真一「・・・・・・」
　　絆創膏を思わず
　　まじまじと見つめてしまう。
村上「・・・やっぱり変かな」
村上「私がこんなの持ってたら・・・」
水瀬真一「え、いや・・・」
水瀬真一「──ほら」
水瀬真一「僕が付けるにはさ・・・」
村上「あ、そうだよね！」
村上「男の子なのに恥ずかしいよね」
水瀬真一「・・・うん・・・」
村上「血が止まるまでは 我慢して付けておいてね」
村上「それじゃあ、私急ぐから」
村上「バイバイ、水瀬くん！」
水瀬真一「・・・恥ずかしい、よね」
　　絆創膏が貼られた右手を
　　ポケットに突っ込んだ。

〇渋谷の雑踏

〇綺麗なコンサートホール
　　iroha LIVE TOUR
　　「PALETTE」
水瀬（これで終わりなんて・・・）
水瀬（もうirohaは見られないんだ・・・）
　　ポケットからチケットを取り出した。
　　それと同時に、指先の絆創膏が目に入る。
水瀬（・・・村上さん）
水瀬（絆創膏出すの躊躇ってたな・・・）
水瀬（別に堂々と出せばいいのに）
水瀬（そうすれば、あたしだって 気にしないふりするのにな）
水瀬（・・・本当は気付いていても）
水瀬（気にしない、ふりを──）
　　──あたしは、咄嗟に周りを見渡した。
水瀬（本当は・・・）
水瀬（『あたし』のこともみんな気付いてる？）
水瀬（おかしいって思っても、 口に出さないだけで──）
水瀬（『あたし』・・・）