エピソード1(脚本)
〇おしゃれな玄関
彼女はまるで我が家と言わんばかりに靴を脱ぎ、立ったままの俺を見たりせず、そのまま通り過ぎる。
──立っている。
一通り説明を終えた金髪の美少女が、夕焼けを背負いこの廊下に。
俺の存在なんて無視して、裸足で床の上に。
〇おしゃれな玄関
マリィ「ねえ置物さん。 ぼく、お腹が空いちゃった」
よく聞き取れなかった。
細く、見た目の割に低い声だったから、耳と脳がうまく繋がらない。
マリィ「聞こえてる? お腹が空いたって言ったんだけど」
聞こえている。
祖父と二人暮らしだった家は、祖父が亡くなった今もたった二人きりで
話す相手が一人なら、聞く相手も一人だ。
無口な祖父と、祖父しか話し相手がいない俺の二人。
今の俺は聞き役にしかなれないらしい。
マリィ「ねえ。ねえってば。 ぼくが見えてる?聞こえてる?」
マリィ「置物さん。 ぼく、野菜はあまり得意じゃないの」
あの小屋で置物らしく眠っていたのは何処のどいつだ。
生意気な口ぶりでそう言いながらマリィと名乗る少女はリビングを目指す。
〇おしゃれなリビングダイニング
「野菜っていうか。 その、・・・お前はアンドロイドじゃないのか?」
マリィ「アンドロイドが野菜以外の食べ物を食べたらおかしい?」
マリィ「オイルかネジでも食べたら満足?」
マリィ「お肉もお菓子もだぁいすき。ケーキも紅茶も、プリンも大好き」
マリィはそこが自分の席だとでも言うように、祖父が座っていた席の隣に座る。
祖父の向かいには俺が座る。
それを知っているようだった。
今まで一度も覗いたことがない物置小屋で眠っていたくせに、このアンドロイドを名乗る少女は全てを知っている。
マリィ「・・・置物くん?」
なんだ、人間らしい顔も出来るんじゃないか。
アンドロイドというのは嘘かもしれない。
それならば、あの物置小屋に隠れていて腹が空いただろう。
不審者だと疑うべきなのに、俺はキッチンに立ってしまった。
手は二人分の夕飯を用意している。
「勿体無いから食べて行けよ」
「お前に聞きたいこともあるし」
二人分の夕飯と言っても、料理する気も起きない。
もっと便利な夕食だって用意できるのに、俺はカップ麺を二つ食卓に置いた。
「俺はカレー味食べるけど、お前は?」
選択肢はシーフードか、いかにも辛そうな赤色のもの。
マリィは顔を顰めて、シーフード麺を選ぶ。
容器の中に湯を注ぎながら、まずは何から話すべきかと卓上に肘をついた。
〇おしゃれなリビングダイニング
「で、なんで物置小屋にいたんだ?」
葬式を満足に挙げられないような、そんな家だ。
アンドロイドを買う金なんてどこにもない。
祖父がどのような経緯でアンドロイドを隠していたのか、・・・それとも少女を誘拐したのか知りたかった。
マリィ「まだぼくがアンドロイドだって信じていないのかな」
そうだとすぐには答えられなかった。
カップ麺の好みを尋ねて、辛いものを選ばなかった少女をどうやったらアンドロイドと呼べる。
「なら証拠、・・・お前がアンドロイドだっていう証拠を見せてくれ」
マリィは左手をこちらにかざす。
小さく細い、少女らしい手だ。
マリィ「断面が見える?」
驚いたことに、マリィの左手は二本欠けている。
なぜ気づかなかったのだろう。
箸を握ったのは右手で、隠されていた左手には気づかなかったらしい。
マリィ「君たちに、こんな綺麗な中身がある?」
左手の薬指と小指。
血と肉では無い断面が、ほのかに光りながらこちらを見ていた。
見せつけ、うっとりとするマリィは人間ではない。
オイルもネジも見えない、この世で最も人間らしい機械──アンドロイドだ。
なら、なぜそんな高価なアンドロイドがうちの物置小屋なんかにいたんだ。
疑問に答えるようにマリィは身を乗り出す。
マリィ「物語は物置小屋から始まるものだよ」
いつのアニメだよ。
輝く瞳に、祖父の面影を見た気がした。
マリィの姿だけで画面の動きが全くないのに、物語の光景がありありと頭の中で想像できる巧な語り口でした。アンドロイドという存在の不気味さと神秘性について改めてしばし考えさせられました。
2人の会話が進むにつれて、ある世界にいざなわれる様な感覚を持ちました。どうして物置から始まったのか、どうしてそこに・・色々な疑問と好奇心が生まれます。