ふたりぼっちの学生くんと駅員さん

あいざわあつこ

第3話 きっと、夕日のせい(脚本)

ふたりぼっちの学生くんと駅員さん

あいざわあつこ

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〇田舎の駅
知里誠一(もう、寒いな)
  はあっと息を吐くと、うっすら白い。
  早朝の駅のホームはいつもより
  寒い気がした。
知里誠一(・・・あっというまに、 夏が終わっちゃった)
  そのことが名残惜しくもあるけれど、
  今年の夏は今までとはちがう。
  なぜなら、駅員さん――鉢呂さんとの
  思い出がきちんと作れたから。
知里誠一(満足感がある、なんて・・・ふふ)
  それに、夏休みが終わったから、
  また自然に毎朝、彼と会うことができる。
  不自然な理由付けなんて、
  もう要らないのだ。
知里誠一(・・・っと、鉢呂さん。 あれ? いないような)
  いつものベンチを観るが、
  そこに彼の姿がない。
  キョロキョロと見回すと、
  ホームの端っこに知った顔を見る。
知里誠一「あ」
知里誠一(・・・あれって、山中のおばちゃん。 向井のおばちゃんも・・・)
向井「んでね、お兄ちゃん」
鉢呂稔「はいはい」
山中「で、これ、いっぱいもらったのよ」
鉢呂稔「わあ、いいんすか!」
向井「うふふ、いい顔。 あたしもあと10年若かったらねぇ」
知里誠一(う・・・)
  鉢呂さんのまわりを、
  ぐるっと農家のおばちゃんたちが
  取り囲んでいる。
知里誠一(駅のお客さんってわけじゃないよな。 たぶん)
山中「そういえば、この間ねぇ」
鉢呂稔「えっ、そりゃ大変じゃないっすか! いいっすよ、今度俺やりましょっか」
向井「えっ、それならうちもねぇ!」
  きゃっきゃと盛り上がる
  おばちゃんたちを見て、思わず苦笑する。
知里誠一(なんか、鉢呂さん、 アイドルみたいだな)
知里誠一「・・・・・・」
知里誠一(誰にでも、すごく優しいんだよな。 ふふ・・・あの日だって)

〇広い改札
  ――6年前、札幌駅。
知里誠一「有紀! 有紀、どこ!? ゆう──」
知里有紀「うぇええんっ、ちいにいちゃぁんっ」
知里誠一「有紀!」
鉢呂稔「よかった! お兄ちゃん、ここにいたんだ!」
知里有紀「・・・ぐすっぐすっ」
鉢呂稔「よしよし! 泣くな、泣くな! もう、迷子になんなよ」
知里誠一「あ・・・っ」
  にっこり笑った“新人駅員”さんに、
  俺は恋をした。

〇田舎の駅
知里誠一(まさか、地元駅に勤務するように なるとは思わなかったけど)
  再会したときは本当に驚いた。
  もちろん、鉢呂さんはそのことを
  一切覚えてなんかいなかったけど。
知里誠一(でも・・・)
鉢呂稔「あははっ」
  あの、優しい笑顔は何も変わってない。
向井「うふふ、したっけね〜」
鉢呂稔「それじゃ、また!」
  去っていくおばちゃんたちを横目に、
  俺は深く息を吸った。
知里誠一(今日は、俺から挨拶したいな。 ・・・したい、じゃなくて、する)
  好きだ、という気持ちが高まって、
  鼓動が速度を上げる。
知里誠一(ドキドキして、苦しい。 でも、嫌な苦しさじゃないから)
  一歩、踏み出して鉢呂さんに近づく。
知里誠一(あ、落ち葉掃きの最中だったんだ。 ・・・ふふ、すごい山。 朝から、本当にマジメだよなぁ)
  一歩、一歩、歩くごとに、
  鉢呂さんが近づく。
  そんなアタリマエのことすら、嬉しくて。
知里誠一「すぅ、はぁ。 鉢呂さ──」
鉢呂稔「ん? あ、おはよー!」
知里誠一「!?」
鉢呂稔「へ?」
知里誠一「なんで話しかけるんですか!」
鉢呂稔「えっ!? えっ、なんで!? ダメだったの?」
知里誠一「ダメじゃないけど・・・!」
知里誠一(俺から話しかけたかったし)
知里誠一「やっぱダメ、です」
鉢呂稔「え、ええええ・・・」
  不満げに唇を尖らせた鉢呂さんを見て、
  俺はまた、明日こそは、と思う。
鉢呂稔「あ、そういえばさ〜」
  サッサッと箒を動かしながら、
  鉢呂さんが俺を見た。
知里誠一「はい?」
鉢呂稔「この間、来たよ。 キサラギさん?」
知里誠一「ああ、そうですか」
鉢呂稔「うん、なんかお菓子くれたー。 で、知里くんのこと、色々聞かれた」
  キサラギさん、は、夏祭りで出くわした
  俺の同級生の女の子だ。
  すごく可愛い子、らしい。
  ・・・俺には、よくわかんないけど。
鉢呂稔「やっぱさ、俺が思うに、 あの子は学生くんのことが好きだよね。 あんときも思ったけどさ」
知里誠一「そうですかね」
鉢呂稔「絶対そう」
知里誠一(そう、かな? ありがたいけど、でも)
  じっと鉢呂さんを見る。
  好かれるなら、あなたからがいい。
  なんて、口が裂けたって言えない。
鉢呂稔「まあさ〜・・・知里くん、 めちゃくちゃイケメンだもんな」
知里誠一「・・・ですか?」
鉢呂稔「うん。イケメン、つか、美人? すごい、美人」
知里誠一(うわ、照れる・・・)
  顔、赤くなったかもしれない。
  気づかれたくなくて、俺は視線を下げた。
鉢呂稔「いいな〜、俺もそんな顔ならな〜」
知里誠一「そんなに、ですか?」
鉢呂稔「うん、俺の好みってのもあるだろうけど」
知里誠一「このっ!?」
知里誠一(今、好みって言った・・・!?)
  心臓が、壊れるんじゃないかってくらい
  早鐘を打つ。
知里誠一(あ、ダメ、しんどい)
  話の流れを変えようと、口を開けた瞬間。
知里誠一「あ──」
鉢呂稔「あ、そういやさぁ」
知里誠一「は、はい」
鉢呂稔「知里くんって、出身は幌原?」
  突然、まったく変わった話題に、
  ホッとしたような・・・。
知里誠一(少し、残念なような・・・。 って、何考えてんだ、俺)
知里誠一「はい、ずっとこっちですけど」
鉢呂稔「あのさ、なんでこの駅名、 新幌原なの?」
知里誠一「なんで、ですか?」
鉢呂稔「うん。 だって、言ったらアレだけど。 ほら、アレじゃん? この駅」
  ぐるっと鉢呂さんが、あたりを見回す。
知里誠一「まあ、たしかにアレですね」
鉢呂稔「でしょ、よく言えば味がある。 悪く言うと、新ってつけるにはボロい。 だからなんでなんだろって思って」
知里誠一「あー・・・。んー、どうなんだろ。 でも、俺生まれたときからここ、 新幌原でしたし」
鉢呂稔「けどさ、幌原駅があるわけじゃないじゃん」
知里誠一「ないですねぇ」
  鉢呂さんはうーんうーんとうなりながら
  箒を動かし続ける。

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