聖夜に靴下を脱ぎ捨てたら(脚本)
〇玄関内
木下「ただいまー・・・」
一人暮らしのアパートの一室で、出迎えてくれる人は誰もいない。
木下「疲れた・・・さっさと飯食って風呂入って寝よ」
時計は夜11時を指していた。俺は年末の仕事納めに向けて、膨大な作業に大掃除のごとく追われているのだ。
夕飯はコンビニのおにぎり1個とお茶だけ。懐が寂しく、贅沢に買い込む気になれなかった。
それに食欲も湧かない。腹は減っているのに。
〇部屋のベッド
木下(寒いな・・・でも靴下は脱がないと)
足の冷えが気になって、風呂の後も靴下は履いたままでいた。
けれど寝る前には脱いでおきたい。後から蒸れると不快になるから。
木下(洗濯機まで持っていくの、面倒だな)
木下(明日でいいよな)
脱いだ靴下は、近くの床にそのまま放った。
木下(明日も、早く起きなきゃ・・・)
木下(・・・)
〇部屋のベッド
木下「ん・・・」
朝7時半、スマホに設定したアラームが鳴った。もう行きの支度をする時間だ。
木下(眠い・・・)
項垂れながらベッドから降りると、昨夜脱ぎ捨てた靴下が目に留まった。
面倒だなと思いつつ、拾って洗濯機まで運ぼうとする・・・
木下「ん? なんか重いな」
それだけじゃない。持ち上げた途端、ちゃらと金具のような音がした気がする。
変だと思い片方の中を覗く。そこには、
複数の10円玉が、小山のように積まれていた。
木下「な、何だこれ! こっちは・・・」
もう片方の中も同じだ。取り出して数えてみると、左右に7枚ずつある。
10円玉は靴に入れると消臭効果があると聞くが・・・
木下(気味が悪い。どういう当て付けだ?)
木下(警察に通報・・・いや、今はそれより会社だ!)
所詮ただのイタズラだ。これが遅刻していい理由になるはずがない。
木下(くそ、5分も無駄に・・・ん?)
ふと時刻の下に映る日付が気になり、スマホを二度見する。
12月25日(土)
木下(忘れてた。今日クリスマスなのか)
木下(ってことは、もしかしてこの”靴下”の中の10円玉は・・・)
木下(いや、まさか。だとしたら地味すぎるだろ)
支度を整え、玄関を出た。
〇オフィスのフロア
オフィスには平日と大差ない人数が集まり、各々が忙しなく仕事をしている。
俺もデスクワークに明け暮れていた。
けれど今日中にやるべき作業が、あと2時間あっても終わりそうにない。
もう、定時を迎えてしまう。
部長「木下くん、今日はもう上がりなさい」
木下「・・・はい? ですがB件の作業がまだ・・・」
部長「今日は休日出勤だったろう。若いのに遅くまでやらせても何だしな」
部長「後のことは樅野がやっておく。な、樅野?」
樅野「・・・はい」
部長「そういうわけだ、木下くん。明後日からまた頼むぞ」
木下「で、でも」
部長「何だ?」
木下「・・・いえ、分かりました。すみません」
俺は帰り支度を済ませ、オフィスの出入り口から室内に向けて頭を下げた。
木下「お先に失礼します。お疲れ様です」
声に振り向く人はいなくて、返しの”お疲れ様”だけが疎らに聞こえて、
居心地が悪くて、早足でその場を離れた。
〇警察署の食堂
木下「はあ・・・」
帰ってしまうことが忍びなくて、無人の休憩室で座り込む。
今オフィスに戻ったところで、居場所がないことは分かりきっているのに。
木下(部長はああ言ってたけど、要するに俺がお荷物ってことだよな)
近頃は何かあればすぐモラハラ、パワハラと言われる・・・そう嘆く部長を何度か見てきた。
部長は俺を人手として受け入れる以上に、若者として恐れているのだ。
木下(俺のせいで、先輩方にも苦労かけて・・・)
俺はどうせ独り身だ。早く帰っても時間を持て余すだけ。
でも他の人達は違う。俺にもっと仕事ができたら、より全員の負担を軽くできるのに。
ふと今朝の靴下事件を思い出す。
プレゼントに10円玉って、地味すぎるだろ
あの時の自分を殴りたい。
たかが脱ぎ捨てた靴下に何を期待していたのか。
見返りがあるだけでも奇跡と思うべきなのに。
木下(帰ろう。明後日からはちゃんと働くんだ)
立ち上がり去ろうとすると、壁沿いの自販機が目に入った。
何となしに近寄って売り物を見る。
木下(冬限定の缶コーヒーか。こんなのあるんだな)
木下(値段は・・・140円?)
既視感のある数字だ。確か今朝の靴下に入っていた10円玉の枚数は、
木下(左右に7枚ずつ。合計したら・・・)
木下「・・・」
俺はその缶コーヒーを1つ買って、
すぐにオフィスへ向かった。
〇オフィスのフロア
木下「失礼します。先輩」
樅野「木下。帰ったんじゃなかったのか?」
木下「あ、はい、そうなんですけど」
木下「これ・・・先輩にあげます」
樅野「え、どうした急に?」
木下「ささやかですけど・・・クリスマスプレゼントです」
木下「先輩には、いつもお世話になってますから」
樅野「あ・・・」
樅野「ああ、そういうことか・・・ありがとな」
樅野「でも気持ちだけでいい。これはお前が飲め」
木下「え、でも」
樅野「実は昨夜、俺の彼女にも同じ風に言われてな。飯も奢ってもらったんだ」
樅野「だからもう、十分というか・・・」
木下「す、すみません余計なことして! では、これは部長に・・・」
樅野「いいって。お前の金で買ったんだろ?」
樅野「自分の稼ぎくらい、自分の為に使ったらどうだ」
木下「俺の、稼ぎ・・・」
樅野「さ、もう帰っていいから。暖かくしろよ」
樅野「俺も体には気を付けるから」
木下「・・・はい」
木下「ありがとうございます、先輩」
樅野「ああ。お疲れ様」
〇オフィスビル
外に出ると、身を切るような寒さが迎えた。
俺は白い息を吐きながら、缶のプルタブを開けて口をつける。
仄かな温もりが、全身に染み渡った。
靴下の10円玉って誰が入れたんでしょうね?
仕事って大変ですが、主人公も周りの人もみんなお互いを思いやっててすごく温かい会社だな、と思いました。
先輩優しいです。
我が家にも脱ぎ散らかされた靴下が毎日あるのに、1回もプレゼント入っていた試しがありませんw
今後、靴下を回収するときに楽しみが出来ました。
一人占めしない主人公にとても心が温まりました(^▽^)/
誰がくれた10円だったのか、すごく気になります。それで、その高値を自分のために使おうとせず、さらにちゃんと警察に届けたという後日談まで…。今は仕事できなくても、これだけ人のことを考えられる主人公は、必ず伸びると思います!