明日、ふたりで駆け落ちできたなら(脚本)
〇美術室
「サキ わたしを描いてちょうだい」
──夕暮れの美術室
──たった二人だけの部室で
──静香さんは、いつもの
芝居がかった口調でそう言った
〇美術室
サキ「・・・ねぇ、静香さん?」
デッサン用の鉛筆を走らせながら、
わたしは思わず口を開いた
スケッチを始めて かれこれ約1時間
ツッコむまいと心に決めていたが
もう我慢の限界だった
静香「なあに、もう描けたの?」
サキ「・・・まだだけど」
静香「じゃあ しっかり描いてちょうだい クロッキーじゃ嫌よ、わたし」
サキ「いや、描くけどさ」
それでも わたしの意識は
絵のモデルである静香さんではなく
その彼女のそばに置かれた”それ”に
向かざるを得なかった
サキ「・・・どうしたの その桃」
──そう
いま わたしの目の前には
山のように積み上げられた大量の桃と、
その中央で、さながら桃の女王のように
ポーズをとる静香さんの姿があるのだから
静香「ふふ 似合うかしら?」
サキ「うーん」
改めて、静香さんと大量の桃を
まじまじと眺めてみる
サキ「なんか妖しい」
静香「妖しいって」
サキ「夜な夜な男の生き血とかすすって 若返ってそう」
静香「失礼すぎない?」
そんな軽口をたたきながら、
スケッチブックに鉛筆を走らせていく
シャッ シャッ
静香「でも 半分正解」
静香「この桃」
静香「昨日、男のひとからもらったの」
シャッ・・・
静香「・・・サキ?」
サキ「・・・動かないで」
静香「あ、はい」
シャッ シャッ シャッ
シャッ シャッ シャッ シャッ
静香「・・・まあ」
静香「実は その人は 八百屋のおじさんってオチなんだけど」
サキ「紛らわしい──ッ!!!!」
ツッコミのあまり、思わず
鉛筆を折り砕いてしまった
〇美術室
静香「昨日 うちに電話があってね」
静香「慌てて飛んで行ったら うちの弟 目元真っ赤にして正座させられてて」
サキ「なんでまた」
静香「店頭に並んでた桃を片っ端からつついて ダメにしたんですって」
サキ「そりゃ また破天荒な」
静香「もう全額弁償よ!? 子供のしたことに大人げないったら」
サキ「それで この状況」
静香「サキも たまには違ったモチーフで 描いた方が勉強になるでしょ?」
サキ「美大の受験に人物デッサンは いらないんだけど?」
静香「・・・久しぶりに サキに描いてほしくなったのよ」
静香「あ、描き終わったら二人で食べましょう」
サキ(さては部費予算から出しよったな)
とはいえ、ご相伴に預かれるというなら
わざわざ言及することもない
わたしも、桃は好きだ
少しだけヤル気になって、わたしは
より細部を描くために意識を集中させる
シャッ シャッ
髪、首筋、耳の形──
シャッ シャッ
桃の手触り、割れ目──
静香さんの、臀部──
サキ(・・・なんだか、お尻でいっぱいだな)
シャッ シャッ シャッ
サキ(静香さんのお尻は、なんというか──)
サキ(──広大だ)
静香「・・・・・・」
静香「・・・前から思ってたけど」
サキ「え?」
静香「サキって普通にスケベよね」
サキ「は、はぁ!!!?」
サキ「い、いきなり、ナニ、なにが!?」
静香「たまに目つきがエロい気が」
サキ「動かないで!!」
シャッ シャッ シャッ シャッ
静香「・・・・・・」
静香「・・・いまのは動いてなかったでしょ」
サキ「う、うるさいっ」
静香「ふふ わたしは好きよ サキがスケッチしてる時の目」
その言葉を無視して、作業を進める
シャッ シャッ シャッ
静香「じっと わたしを観察して」
静香「パーツごとにバラバラにして、咀嚼して」
静香「最後に サキから見た”わたし”が そこに完成するの」
静香「・・・素敵ね」
サキ「・・・」
静香さんは 時々こういう
気持ちの悪いことを言うけれど
その通りだと、思う
わたしは、わたしの絵が好きだ
わたしに描かれている時の
静香さんが好きだ
静香「”嘘”」
────
静香さんのその一言に、
それまで流れていた温かな空気が
まるで嘘だったかのように、凍る
静香「電話に出たの 母親なの」
静香「電話を受けるなり あの人 全部わたしに押しつけて」
静香「それで家に帰ったら 今度は 姉のわたしが躾けないからだ」
静香「お前のせいだ お前が悪いって 一晩中」
静香「・・・たかが桃なんかで くだらない」
まるで いつものことのように
どこか諦めたような口ぶりで
静香さんは淡々と話す
静香さんがいま なにを抱えているのか
わたしには分からない
静香さんも きっと
理解されたがっていない
そんなわたしが、出来ること──
静香「・・・ねえ サキ」
静香「高校を卒業したら、わたしたち・・・」
サキ「いいよ」
静香「・・・えっ?」
サキ「卒業したら」
サキ「ふたりで、東京に部屋を借りよう」
そんな あり得るかもしれない未来を語る
せめて、この美術室だけは
楽しい思い出であってほしいから
静香「・・・いやらしいわ」
サキ「い、いやらしくない」
静香「お風呂のぞいたらイヤよ?」
サキ「のぞかない!!」
静香「あっ わたしはいいけど 一緒に寝るならベッドのサイズは──」
サキ「シングルの二段!!」
くすくす、と静香さんはおかしそうに笑った。
静香「二段ベッドなんて、わたし初めてだわ」
静香「楽しみね」
美術室に、夕焼けが赤く差し込む
静香「約束ね サキ」
サキ「・・・・・・」
サキ「・・・うん 約束」
その日 わたしたちは
一生分の桃をふたりで食べ尽くして、
〇美術室
そして その日を最後に
静香さんは 二度と学校には来なかった
風の噂では、家出したとか、
男と駆け落ちしたとか
どこまで本当で、どこまでデタラメなのか
結局わたしには分からないけど
けれど それでいいと思った
だって あの日
美術室で
静香さんが
大量の桃とたわむれていたなんて
〇美術室
──きっと わたししか知らないのだから
なんだか会話してるだけなのに、妙に妖艶な感じがしました。
女の子同士の背徳感みたいなのを感じたからかもしれません。
お互いの心に残ったなら、それが一番いいことだと思いました。
美術室というシーンは変わらなくも、彼女達の背景にある物質的なことや内面的な事を想像させられ、頭の中に沢山のシーンが広がりました。最後の2人の瞬間が核となり留まるも、静かに遠い記憶になっていく、なにか優しい空気心地良かったです。
投票させていただきました。応募作221作を全部読みましたが、この作品が1位だと思います! 221作読んだ後でも鮮やかに記憶に残っている作品、本当に素晴らしいです!