第一章 風が吹く草原で君と出会う(脚本)
〇黒
・・・・・・システム起動中
・・・・・・メモリチェック OK
・・・・・・ハードウェアチェック OK
Pease wait・・・・・・・・・・・
〇黒
ユニットセットチェック・・・OK
OSバージョンチェック・・・OK
プログラムバージョンチェック・・・OK
プラグインチェック・・・
気候コントロール・・・OK
環境コントロール・・・OK
嗅覚コントロール・・・OK
触覚コントロール・・・OK
サウンドコントロール・・・OK
アバターオプションセット・・・OK
Please wait・・・・・・・・・・・・
〇黒
ネットワーク状態チェック・・・OK
ファイヤーウォール・・・OK
ウイルスチェック・・・OK
Please wait ・・・・・・・・・
〇電脳空間
プログラム起動中・・・・・・・・・
Please wait・・・・・・・・・
〇電脳空間
==20XX C-No.0936445376 ==
==Cherry blossom memories ver2.0==
==Copyright Yukiya.T==
Program start・・・・・
〇草原
VR チェリーブロッサム・メモリーズver2.0 起動しました
〇草原
その草原はいつも爽やかな風が吹いていた
僕は今日もこの場所に立ち、甘い香りのする風に心をさまよわせ、青く透き通った空を見上げている
もしかしたら、君にまた会えるのではないか、と思いながら・・・・・・
〇花模様
〇美しい草原
初めて彼女と出会ったあの日・・・
僕はいつものように、草原の道を丘に向かって歩いていた
時折、見渡す限りの緑の海原に風が吹き渡り、さやさやと囁くような音を立てながら草の波を起こし、遠くへ去っていく
風は、そこかしこで咲いている山ユリの、甘い香りを含んでいた
〇美しい草原
草原を渡っていく風を見ていたら・・・
丘の麓に女の子が立っているのが見えた
〇美しい草原
Guest「こんにちは!」
Yukiya Tagami「こんにちは! 君は初めて見る顔だね」
Guest「ええと・・・ 初めまして!」
Yukiya Tagami「こちらこそ 初めまして」
Guest「ここは夏なんだね」
Yukiya Tagami「うん、今はね」
Yukiya Tagami「君のことは何と呼べばいいかな」
Guest「えーと・・・」
Yukiya Tagami「「ゲスト」のままじゃあ、味気ないよ ハンドルネームなんだから何でもいいさ」
Guest「そうだね 今、考える・・・」
Yukiya Tagami「うん」
Guest「あっ!もしかして・・・ ここのマスターさんですか!?」
Yukiya Tagami「そうだよ。ここは・・・」
Yukiya Tagami「このVR(バーチャルリアリティ)空間は僕が造ったんだよ」
Guest「すごいっ! すごいです! 花の匂いまでするし」
Guest「本物にしか思えないわ」
Yukiya Tagami「ありがとう 花の匂いはきっと山ユリだよ ここにはたくさん咲いているから」
Guest「山ユリ?」
Yukiya Tagami「うん 僕の好きな花なんだ」
Guest「そうなんだね ええと・・・」
Guest「じゃあ、ユリにする」
Yukiya Tagami「えっ!」
Guest「ハンドルネームは「ユリ」にする これからユリって呼んでね」
〇美しい草原
Yukiya Tagami「君は何歳なの?」
Yuri「17歳の高校2年生。 マスターさんは?」
Yukiya Tagami「同い年だね」
Yuri「わたしと同い年なのにこんな世界を創れるんだ!やっぱりすごいな!」
Yukiya Tagami「ベースになるVRパッケージがあるんだよ それをカスタマイズして創った」
Yuri「ふうん ぜんぜんわからないけど とにかくすごいと思う」
Yukiya Tagami「ははは。ありがとう」
Yukiya Tagami「ここはね。僕の思い出の場所を再現したんだよ」
Yuri「思い出の・・・場所?」
Yukiya Tagami「そうだよ」
Yuri「ということは、その場所はもう無いの?」
Yukiya Tagami「えっと。無いわけではないんだけど・・・・」
Yuri「・・・」
〇美しい草原
Yukiya Tagami「僕は・・・現実の僕は歩けないんだ 交通事故に遭ってね」
Yuri「えっ!」
Yukiya Tagami「外へ出られない・・・だからいつでもこの丘に来られるように、ネットワーク上にVRで再現したんだよ」
Yuri「そうなんだ・・・」
〇電脳空間
この場所は、現実に存在する風景を、僕がネットワーク上に再現した仮想現実空間だ
近年開発された技術では、匂いや手触りも再現できる・・・
だから対応した機器を装着してネットワークにログインすれば、まるで本物のようなリアルな世界を体験できる
今、僕はたちがいるこの草原のように・・・
"Cherry Blossom Memories ver.2.0" 僕はこの小さな世界にそう名付けた
〇美しい草原
ユリは僕が歩けないと聞いて悲しそうな顔をした
二人の間を風が通り抜けていく
Yukiya Tagami「きみはどうしてここへ来たの?」
Yuri「えっ!?」
Yukiya Tagami「ほら。見てのとおり、ここには僕たち以外には誰もいないだろう?」
Yuri「そういえば、そうだね でも、なんでかな?」
Yukiya Tagami「見渡す限りの草原と丘しか無いVR空間なんて、誰も興味を持たないからだよ」
Yukiya Tagami「誰か来たとしても大人ばかりで、僕やきみのような若い人なんて見たことがない」
Yukiya Tagami「来ても何も無くてつまらないからね」
Yuri「つまらないなんて、そんなことないよ!」
Yukiya Tagami「そう・・・かな」
Yuri「うん!とってもすてきだよ! わたしは好き!」
Yukiya Tagami「ありがとう!」
Yukiya Tagami「それで、さっきの質問なんだけど・・・さ」
Yuri「あ・・・うん あのね」
〇美しい草原
Yuri「『チェリーブロッサム・桜・VR』のワードでネット検索をかけたらヒットしたんだよ」
Yukiya Tagami「ああ、なるほど」
Yuri「それで、桜はどこにあるんだろう」
Yukiya Tagami「あそこにある」
僕は丘の上を見上げた
ユリも僕の視線の先を見上げる
〇木の上
丘の上には枝を四方に広げた大木がある
春になるとピンク色の雲のように見える桜の大木だ
〇電脳空間
幼い頃に、僕が家族と一緒に見た満開の桜を、頭に焼き付いている記憶を元に忠実に再現したのだ
この草原や、芳しい香りを放っている百合と同様に、誰が見ても本物にしか見えないはずと自負している
あの日、僕が見たオリジナルの見事な桜は
まだあの場所にあるのだろうか・・・
もう僕が二度と見ることが出来ないあの桜は・・・
〇木の上
Yuri「わあ! すごく大きいんだ!」
Yukiya Tagami「咲いたら、それはもう見事だよ」
Yuri「春が・・・楽しみだね・・・」
Yukiya Tagami(ん・・・? なんだ?)
Yukiya Tagami(なぜ悲しそうな顔を?)
Yuri「ここの時間の流れは、あなたが管理しているのね」
Yukiya Tagami「あ、うん」
Yukiya Tagami「そうだよ もちろん」
〇電脳空間
Yukiya Tagami「現実時間の2倍の速さで進むように、プログラミングしてある」
Yuri「えっ!ええと・・・」
Yuri「そうすると・・・1年の12ヶ月を春夏秋冬の4で割って・・・」
Yuri「ええと、ええと、そうすると一つの季節は3ヶ月ぐらいだから、それを2で割って、ええと・・・」
Yukiya Tagami「1.5だよ。一つの季節は現実の時間で1.5ヶ月なんだよ」
Yukiya Tagami「半年で春夏秋冬を一巡りするんだ」
〇木の上
Yuri「桜は・・・あとどれぐらい待てば・・・咲くかな」
Yukiya Tagami「えっ」
Yukiya Tagami(また悲しそうな顔だ なぜかな?)
Yukiya Tagami「今は・・・僕のVRは7月の終わり頃だから、現実の時間であと4ヶ月ぐらいだね」
Yuri「そうなんだ! 良かった!」
Yukiya Tagami「・・・」
Yukiya Tagami(良かった? どういう意味なんだ)
〇木の上
僕はこの時、ユリに聞くべきだったのだ。何か心配ごとでもあるのかと、聞くべきだった
僕いつも、手遅れになってしまってから気づく
〇美しい草原
Yuri「またここへ来ても・・・いいかな」
Yukiya Tagami「もちろんだよ! ここは誰でもアクセスできるオープンVRだからね」
Yukiya Tagami「いくら居ても構わない きみの好きなだけ居てくれていいよ」
Yukiya Tagami「たまにメンテナンス作業で一時的に閉める以外は、24時間、誰でもアクセスできるからね」
Yuri「ありがとう! わたしはここが大好きよ!」
Yukiya Tagami「ええと。その・・・ ありがとう。ユリ・・・」
Yuri「どういたしまして」
Yuri「そうだ。マスターさんの名前を教えて!」
Yukiya Tagami「えっ」
Yuri「いつまでも「マスターさん」じゃあ、味気ないでしょう?」
Yukiya Tagami「そうだね」
Yukiya Tagami「ユキヤ 僕はユキヤだ」
Yuri「すてきなハンドルネームだね!」
Yukiya Tagami「えっ! ええと・・・」
Yukiya Tagami(ハンドルネームじゃないんだけどな)
Yuri「また来るね! ありがとう!」
Yukiya Tagami「ああ・・・うん」
ユリがログアウトした
彼女のアバターのシルエットが透けて薄くなっていく
そして・・・僕の胸に小さな謎と優しい感触を残し、消えた