第八話 ひと時の平熱を(脚本)
〇黒
『部屋は満がそのまま住んでくれてもいいし、引き払ってくれても構いません』
『私は出て行きます』
『次の日曜日の午前中に荷物を取りに行くので、その時間は外に出ていてください』
〇豪華なリビングダイニング
福地 理沙「・・・送りました」
福地 理沙「なるべく感情を入れずに、必要最低限のことだけ書きました」
坂本 敏明「それがいいと思います」
坂本 敏明「ここで情に流されては、きっと後悔します」
坂本 敏明「日曜日は私も一緒に荷物を取りに行きますから、心配なさらないでください」
福地 理沙「ありがとうございます・・・」
坂本 敏明「理沙さんはこれからどうされるんですか?」
福地 理沙「とりあえず、由紀の家に泊まらせてもらえるようにお願いしています」
福地 理沙「落ち着いたら、部屋を探そうかなと」
福地 理沙「本当は田舎の実家に帰ってもいいかと思ったんですけど」
福地 理沙「そうすると坂本さんとお会いしにくくなってしまいますから」
坂本 敏明「・・・理沙さん、一つ提案なのですが」
坂本 敏明「よろしければ、私の家に住みませんか?」
福地 理沙「え!?」
坂本 敏明「最初にお会いした時にもご提案したことですが」
坂本 敏明「一緒に住んでいただければ、いつでも体温を戻すことが出来て」
坂本 敏明「私としてもメリットが大きい」
福地 理沙「で、でも、そんな・・・」
坂本 敏明「空いてる部屋をお貸しするだけなので、もちろん家賃もいりません」
坂本 敏明「あの時は満さんの反対で実現できませんでしたが」
坂本 敏明「いまは気兼ねする必要もありません」
坂本 敏明「何より理沙さんといると、私はとても楽しいんです」
福地 理沙「・・・本当に、いいんですか?」
坂本 敏明「むしろ、こちらからお願いしたいです」
〇オフィスのフロア
江藤 由紀「きゃーー! やっぱりそうなったかー!」
江藤 由紀「何だかそうなる気がしてたんだよねー」
福地 理沙「ごめんね、せっかく泊めてくれる約束してたのに」
江藤 由紀「全然いいのよ!」
江藤 由紀「その代わり、いつか絶対、坂本さんに会わせてね」
福地 理沙「もちろん。とっても素敵な人だよ」
江藤 由紀「おーおー、満君と別れたと思ったらもう次の恋かー!」
福地 理沙「もう、そんなんじゃないって!」
江藤 由紀「・・・満君とはまだ連絡取れない?」
福地 理沙「うん、メッセージにも返信無くて」
江藤 由紀「今日も会社に来てないよね」
福地 理沙「・・・そうだね」
江藤 由紀「やっぱり、あの噂は本当だったのかな」
福地 理沙「噂?」
江藤 由紀「満君、会社辞めたって」
福地 理沙「え、そうなの!?」
江藤 由紀「少し前に満君から部長に電話があって」
江藤 由紀「一方的に辞めるって言ったらしいよ」
福地 理沙「そんなの、全然知らなかった・・・」
江藤 由紀「でも、もう一個気になる話があって・・・」
福地 理沙「何?」
江藤 由紀「電話で辞めるって言われた時に部長が」
江藤 由紀「どうして辞めるのか理由を聞いたらしいんだけど」
江藤 由紀「満君、笑いながら」
江藤 由紀「『やりたいことが見つかった』」
江藤 由紀「って言ってたらしいんだよね」
福地 理沙「やりたいこと・・・」
〇ゆるやかな坂道
福地 理沙(満が会社を辞めていた・・・)
福地 理沙(それに、やりたいことが見つかったって、どういうこと)
福地 理沙(自棄になって、何か危険なことを考えていなければいいけど・・・)
福地 理沙「・・・・・・」
福地 理沙(・・・誰かに、つけられてる?)
福地 理沙(ううん、きっと気のせい)
福地 理沙(ちょっと神経過敏になってるだけ)
福地 理沙(でも、もし気のせいじゃなかったら)
理沙は歩くスピードを上げた。
すると、足音もスピードを上げ、理沙を追ってきた。
福地 理沙(や、やっぱり、つけられてる!)
福地 理沙(いや、怖い!)
福地 理沙「誰か、助け──」
坂本の声「理沙さん!」
理沙が振り返ると、坂本が立っていた。
福地 理沙「坂本、さん・・・?」
坂本 敏明「そんなに慌てて、どうしました?」
福地 理沙「誰かに付けられていた気がして」
坂本 敏明「誰もいませんでしたよ」
福地 理沙「そう、ですか・・・」
〇豪華なリビングダイニング
坂本 敏明「それは満さんの問題です」
坂本 敏明「理沙さんが気に病むことではありませんよ」
福地 理沙「でも、かなり強く拒絶してしまったので」
福地 理沙「そのショックから立ち直れていないのかも」
福地 理沙「もしかしたら最悪の場合、自ら命を──」
坂本 敏明「理沙さん」
坂本が理沙の手を握った。
福地 理沙「さ、坂本さん・・・?」
坂本 敏明「もう満さんに縛られる必要はありません」
福地 理沙「・・・・・・」
坂本 敏明「あなたはたくさん苦しんだ」
坂本 敏明「これ以上、彼に人生を奪われてはいけません」
坂本 敏明「明日、荷物を引き取って、すべてを終わりにしましょう」
福地 理沙「・・・分かりました」
福地 理沙「それがきっと、満のためなんですよね」
〇中規模マンション
〇玄関内
坂本 敏明「お邪魔します」
福地 理沙「どうぞ」
福地 理沙「坂本さんのお家に比べたら、狭くて汚いところですけど」
坂本 敏明「とんでもないです」
坂本 敏明「綺麗に整えられていて、とても素敵ですよ」
福地 理沙「・・・あれ?」
坂本 敏明「どうかしましたか?」
福地 理沙「いえ、なんだか」
福地 理沙「家の中が妙に片付き過ぎている気がして」
坂本 敏明「片付き過ぎている?」
福地 理沙「満はあまり掃除が得意なタイプではなかったので」
福地 理沙「一人になったらもっと散らかっていると思っていたんです」
福地 理沙「それが、むしろあたしと住んでいた時より綺麗なくらいで・・・」
福地 理沙「まるで違う家に来てしまったみたい」
坂本 敏明「きっと満さんが理沙さんのために綺麗にしておいてくださったんですよ」
福地 理沙「そう、ですかね・・・」
坂本 敏明「・・・理沙さん、この間お渡しした物は持ってますか?」
福地 理沙「あ、はい、いつも肌身離さず持ってます」
坂本 敏明「何かあったら、すぐに使ってください」
坂本 敏明「そうすれば、何も怖いことはありませんよ」
福地 理沙「・・・ですね。ありがとうございます」
福地 理沙「少し勇気が出ました」
坂本 敏明「さあ、荷物の整理をしましょう」
〇明るいリビング
坂本 敏明「ふう、あらかた片付きましたね」
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