藤倉四姉妹の事情

深山瀬怜

奏の話(脚本)

藤倉四姉妹の事情

深山瀬怜

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〇綺麗なダイニング
  一度家族を捨ててしまった私に、
  幸せな家庭など築けるのだろうか。
  第5話「奏の話」
藤倉藍「・・・その、さ。 奏が望んでないなら、私は奏が思うようにすればいいと思うんだよ」
藤倉藍「誰が何と言おうと、実際産むのも育てるのも奏なんだし」
藤倉奏「ありがとう。藍がそう言ってくれるってだけで、ちょっとホッとするかな」
藤倉奏「藍だけは私の味方でいてくれるって」
藤倉藍「いや、雫も茜も、それからお母さんたちもみんな奏の味方だよ?」
藤倉奏「わからないわよ。今はそうだとしても・・・例えば私がすごく悪いことをしたなら」
藤倉藍「逆に、私は何でそんなに信用されてるのかって話だけど」
藤倉藍「それに奏が悪いことをするとは思えないけど」
藤倉藍「奏は悪いことをする才能がないもん」
藤倉奏「悪いことをする才能・・・藍は面白いことを言うわね」
藤倉藍「私は男運がないからクズ野郎はいっぱい見てきたし、それでも好きになってしまったりしたけど・・・奏は違うと思う」
藤倉奏「自信がないのよ。藍はそう言ってくれるけど・・・私は、一度家を捨てた人間だから」
藤倉藍「奏・・・でもあれは」
藤倉藍「あのときのことを言ってるなら、あんなの捨てたうちに入らないよ」
藤倉奏「お母さんたちもそう言ってくれてるのはわかってるの」
藤倉奏「だから・・・私が私を許せないでいるだけなのはわかってるの」
藤倉藍「奏・・・」

〇住宅街の公園
  ―17年前―
藤倉奏「おうち、帰りたくないな・・・」
藤倉奏「でも、このままここにいても見つかっちゃうよね・・・」
  クラスメイトに陰口を叩かれたのをきっかけに、学校を飛び出してしまった。
  色々さまよっているうちに夜になってしまって、奏は近くの公園のベンチに座り込んだ。
  お母さんたちは優しい。
  でも、怒られてしまうかもしれない。
  そう思うと動けなかった。
藤倉奏「どうしよう・・・」
???「あ、いた!」
藤倉藍「お姉ちゃん!」
藤倉奏「藍・・・お母さんたちも」
  あっさりと見つかってしまった。
  けれどこのまま家に帰りたくはなかった。
藤倉藍「一緒に帰ろ、お姉ちゃん」
藤倉奏「・・・帰りたくない」
藤倉藍「え・・・?」
藤倉奏「家に帰りたくなんてない! 私は、もっと普通の家に生まれたかったの!」
  藍の後ろに立っていた両親が、傷ついたような顔をする。
  愛されていることはわかっていた。
  両親が何も間違ったことはしていないことも。
  でも、自分の家が誰かにからかわれるような家なのは嫌だった。
  普通の家の子なら、自分はこんな目には合わなかったんじゃないかとすら思った。
藤倉奏「もうこんな家嫌なの! ほっといてよ!」
藤倉藍「お姉ちゃん!」
  ひたすら走って、どこまでも逃げた。
  どこをどうやって走ったかはわからない。
  気がつけば私は意識を失っていて、
  次に目が覚めたときには祖父母の家で
  しばらく過ごすということが決まっていた。

〇綺麗なダイニング
藤倉奏「お母さんたちが結婚するのは大変だったし、子供を作るのだって大変だったってわかってるの」
藤倉奏「法律ではできることでも、偏見だってまだまだあるし」
藤倉奏「でも、私が男の人を好きになって、その人と付き合って、結婚とか子供のことを考えるときには何もないの」
  それが「普通」だと、かつては思われていたから。
  子供の頃の自分が両親に投げつけた言葉が、棘になって自分に刺さっている。
  ただ性別が同じだったというだけで、家族になるための手続きはいまだに煩雑なのだ。
  簡単に家族になれる人たちと、そうではない人たち。
  両親にあんな言葉を言ってしまった自分が、簡単に家族を作れるという現状がゆるせないでいるのだ。
藤倉藍「正直な話、お母さんたちは忘れてる可能性すらあるけどね」
藤倉奏「だから、許せないのは私自身だってわかってはいるのよ」
藤倉藍「・・・その話、相手の男にはしたの?」
藤倉奏「うん。自分としては結婚して子供を育てたいけど、最終的に決めるのは私だって」
藤倉藍「まあそれはそうなんだけどさぁ・・・」
藤倉雫「あれ、奏姉と藍姉起きてたの?」
藤倉奏「ちょっと二人で話してたの。雫はどうしたの?」
藤倉雫「んー、ちょっと喉渇いちゃって」
藤倉藍「──ねぇ雫、ちょっと聞いて欲しい話があるんだけど」
藤倉奏「ちょ、ちょっと藍!」
藤倉藍「雫だってもう大人なんだし、聞いてもらおう。茜にも・・・これは多分、私たち家族の問題だから」
藤倉雫「なんか真面目な話みたいだね。聞くよ」

〇線路沿いの道
  結局朝まで話したけれど、結論は出なかった。
  全員──張本人の奏ですらわかっているのだ。
  迷っている理由は、ただ奏が奏を許せないだけなのだ。
藤倉雫「しかしなぁ・・・罪悪感とか一番難しい感情だよ・・・」
藤倉藍「それは物書きの見解?」
藤倉雫「そう。こればっかりは主人公がどれだけ説得してもどうにもならないもん」
藤倉藍「・・・あれだけ悩んでるってことはさ、本人は本当は結婚もしたいし子供も産みたいんだと思うよ」
藤倉茜「私もそう思うなぁ・・・」
藤倉茜「なんかこう、奏姉が自分を許せるようになるような何かがあればいいのにね」
藤倉藍「何か、ねぇ・・・」
藤倉雫「あの調子じゃ、お母さんたちがいいって言っても気持ち変わらないだろうし・・・」
藤倉藍「今から一瞬で世の中変えるのは無理だしね・・・」
藤倉茜「そもそもお母さんたち、奏姉の発言に傷ついたの?」
藤倉藍「傷ついたには傷ついたんだよ。というより、自分たちが子供にそんな思いをさせてしまったなんて・・・みたいな」
藤倉雫「・・・つまるところ、むしろ奏姉が今のままだとお母さんたちは傷付きっぱなしなんじゃ?」
藤倉藍「・・・言われてみれば確かに」
藤倉茜「でも、だからどうしろと?って感じだよね」
藤倉雫「だよねぇ・・・」
藤倉藍「お母さんたちのとんでもないイチャイチャっぷりを見たら、もうどうでも良くなったりしないかな・・・」
藤倉雫「それだよ!!」
藤倉藍「え?」
藤倉雫「さすが藍姉! 自分だけが幸せになっても・・・って悩んでるってことは自分以外も幸せならいいじゃん!」
藤倉藍「そんな簡単に行くかなぁ・・・」
藤倉茜「やってみる価値はあるよ!」
藤倉茜「お母さんたちに連絡してみよう!」

〇海沿いの街
藤倉由里香「あら、藍から連絡が来てるわ」
藤倉由里香「なになに・・・『ママたちが幸せそうなところを動画で送ってほしい』だって」
藤倉いろは「何のためなのかさっぱりわからないね・・・」
藤倉由里香「でもいいじゃない。今日はここに寄港してゆっくりできるみたいだし」
藤倉いろは「それもそうだね。じゃあ・・・早速送ってみようか」
藤倉由里香「ちゃんと楽器持ってきてる?」
藤倉いろは「いや、さっき船に忘れそうになったの由里香だろ・・・」
藤倉由里香「そうだったっけ?」
藤倉いろは「ふふ。まあ結果的に忘れなかったからどちらでもいいよ」

〇噴水広場
藤倉由里香「みんな、見てる? ママたちは今、噴水広場にいまーす!」
藤倉由里香「ここに自由に演奏していいスペースがあったので、今から一曲披露したいと思います!」
藤倉由里香「〜♪♪」
  ソプラノ歌手の藤倉由里香と、アコーディオン奏者の藤倉いろは。
  旅行で立ち寄った先で、気まぐれに演奏するという二人の密かな夢を叶えた瞬間でもあった。
  その映像は藤倉家どころか全世界に配信され、瞬く間に話題になったのだった。
藤倉いろは「ご清聴ありがとうございました」
藤倉由里香「楽しかったのでもう一曲やります!」
藤倉いろは「何にも打ち合わせしてないけど!?」
藤倉由里香「いけるわよ、私たちなら」
藤倉いろは「じゃあアンコールとしてもう一曲──」

〇綺麗なダイニング
藤倉茜「お母さんたち、めっちゃ満喫してるじゃん」
藤倉雫「コメントもめちゃくちゃついてるよ」
藤倉雫「ママは相変わらず自由だし」
藤倉藍「楽しそうでなによりだね」
藤倉奏「・・・ねえ、これは藍たちが考えたことなんでしょ?」
藤倉藍「な、なぜバレた・・・」
藤倉奏「ゲリラ配信の日時を何で藍が知ってるのかなって」
藤倉雫「迂闊だったねー、藍姉」
藤倉雫「最初に言ったのは私だけどね」
藤倉藍「過去に色々あったとしても、お母さんたちは今幸せだし、その幸せがたくさんの人に受け入れられてるんだよ」
藤倉藍「前にさ、駅の誰でも弾けるピアノとか見て、「こういうところにふらっと立ち寄って楽しく演奏したい」って言ってたんだ」
藤倉茜「つまり夢を叶えたってことだよ!」
藤倉藍「だからさ・・・その・・・」
藤倉奏「・・・そうね。もう、気にしなくてもいいのかもしれない」
藤倉奏「自分のことは今でも許せないし、自信もないけど・・・お母さんたちは楽しそうでよかったなって思うわ」
藤倉奏「ありがとう、みんな。 ・・・まだ何となくだけど、踏ん切りがついた気がする」
藤倉藍「それならよかった」
藤倉奏「お母さんたちが帰ってきたら、海斗さんと一緒に話すつもり」
藤倉茜「お母さんたちびっくりするだろうなぁ」
藤倉雫「それを想像すると面白いね」
藤倉藍「でもママは意外に落ち着いてそうじゃない?」
藤倉茜「あーわかる。そこは落ち着いてるんだ・・・ってとこで落ち着いてるもんね」
藤倉雫「お母さんがパニクってるときは特に」
  仲良く話している妹たち。
  自分のために色々頭を悩ませてくれた三人。
  いつの間にか大人になっていたのだと、私は妹たちを愛おしく思う気持ちを噛み締めた。
  みんな、それぞれ事情を抱えている。
  でも、なんだかんだで楽しく暮らしている。
  きっとこれからも大変なことはたくさんある。
  でも、きっと大丈夫。
  最後には笑うことができるはずだ。
  第5話「奏の話」・終

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