第2話 それ、友だちって言えんの?(脚本)
〇田舎の駅
――とある夏の夕暮れ。
鉢呂稔「はぁ・・・」
先輩駅員「ハチ公、おつかれさん」
鉢呂稔「あっ、お疲れ様っす! ・・・あれ、今日本社じゃないんすか? こっち来るなんて珍しいですね」
先輩駅員「ああ、週末に祭りがあるだろ? それに向けて、乗降客数が増える からって、本部から・・・ホイ」
先輩から渡された書類に目を通しつつ、
頭を下げる。
鉢呂稔「了解っす。 ・・・あ」
先輩駅員「なんだよ」
鉢呂稔「この日、俺非番っすね」
先輩駅員「あー、マジか。 ま、じゃあ流し見だけでもしとけ」
鉢呂稔「うっす」
先輩駅員「お前、なんか悩んでんのか? さっき、ため息ついてたろ?」
鉢呂稔「ああ・・・聞いてくれますぅ?」
先輩駅員「聞かんでいいなら、聞かん」
鉢呂稔「ああああ、ダメです! 聞いてくださいぃ!」
俺は、ぱぱっと例の友だちになった
「学生君」について、先輩に説明する。
鉢呂稔「かくかくしかじか、そういうわけで」
先輩駅員「はぁ。 んー、この駅使ってる高校生と仲良く なったと」
鉢呂稔「5月くらいに友だちになりました」
先輩駅員「だけど、未だ名前も知らんと」
鉢呂稔「聞くタイミング、逃し続けてます」
先輩駅員「で、ずっと地元住みの俺の力を 借りたい、と。 お前、道南から来たんだっけ」
鉢呂稔「うぃっす。 先輩、幌原北高に通ってる男子学生、 心当たりありませんか?」
先輩駅員「あー・・・幌北ねぇ、秀才だな」
鉢呂稔「最近はすごくフレンドリーに話して くれるようになったんすよ」
鉢呂稔「なのに名前知らないとか、今更すぎて。 絶対、学生くん、傷つくじゃないすか」
先輩駅員「けどなぁ」
鉢呂稔「ちなみに、イケメンです。 すげい、美形です」
先輩駅員「美形。 びけ・・・あ?」
鉢呂稔「!? もしや、心当たりが・・・」
先輩駅員「ある。 あるけど──」
〇田舎の駅
――数日後の朝。
鉢呂稔「はぁ・・・」
〇田舎の駅
先輩駅員「自分で聞け。 友だち、なんだろ?」
〇田舎の駅
鉢呂稔(って、先輩は言うけどさ。 でもさぁ、だからこそ聞けんよね)
鉢呂稔(君の名前、何? なんて。 俺のことは、鉢呂さんって、 呼んでくれてんのに)
そのうえ、夏休みに入ってからは
めっきり会える頻度も下がっている。
鉢呂稔(まあ、それは当たり前か。 用もないのに駅なんて来ないし)
鉢呂稔「・・・・・・」
鉢呂稔(聞いてしまえば楽だとはわかってる。 けど、学生くんとはせっかく 仲良くなれたしな)
鉢呂稔(できれば、こうスマートに知りたい。 スマートって、自分でもよくわからんけど)
俺は正直この土地に縁もゆかりもない。
それでも、ここを希望して
赴任してきたのだ。
鉢呂稔(このへんの、のんびりした空気感や すぐそこに牧場がある感じとか、 なんかぜんぶ、好きなんだよな)
でも、赴任してきてからはや三年、
毎年毎年、廃線の危機に見舞われている。
鉢呂稔(だからこそ、あの「学生くん」の 存在は俺にとっても、 この路線にとっても、)
鉢呂稔(大事な──)
知里誠一「駅員さん」
鉢呂稔「うわぁっ!?」
突然声をかけられ、心臓が跳ねる。
鉢呂稔「なっ、ななっ、なんで!? 夏休みじゃ・・・っ」
知里誠一「あ、えと、驚かせてすみません。 学校に書類、取りに行くところで」
鉢呂稔「あ、なるほど・・・? わ、わあ、びっくりした」
知里誠一「そ、そんなにですか」
鉢呂稔(・・・ちょうど、君のこと考えてたとか 言えるわけないし!)
鉢呂稔「コホン。 大人だからね、ちょっと考え事 するときもあるよね」
知里誠一「なるほど、大人ですもんね。 色々ありますよね、すみません急に」
鉢呂稔(いい子・・・っ)
他愛ない会話をかわしながら、
いつもどおりのベンチに腰掛ける。
ペンキのはげかけたベンチは、
もともとはおそらく白かったのだろう。
鉢呂稔「――で、書類って、なんの書類ー?」
知里誠一「あ、えっと」
鉢呂稔「待って、当てる。 んー・・・」
知里誠一「ふふ、当てるんですか?」
鉢呂稔「うん。・・・わかった! 課題っしょ!? 課題、忘れたんだ! いやぁ、俺もよくやったなぁ」
知里誠一「あは、確かに鉢呂さんやってそう。 でもえっと違うんです。 実は・・・その」
鉢呂稔「ん?」
知里誠一「や、えっとなんでもないです。 それより今日は、あの、 鉢呂さんを・・・っ」
と、不意にホームに誰かが
駆け込んでくる。
鉢呂稔「お?」
知里有紀「はあ、はあ」
鉢呂稔(誰だろ、見たこと無い子だな。 つか、この子もイケメン・・・!)
鉢呂稔(なに、なんなの。 この辺、イケメンの産地なのか!?)
知里誠一「ゆ、有紀!? なんでここに?」
鉢呂稔「へ?」
知里有紀「なんでじゃねぇし。 忘れもんしたのは兄貴だろ」
鉢呂稔「兄貴・・・!?」
知里誠一「あ、あわ・・・っ。 ごめん、俺っ」
鉢呂稔「えっ、弟さん?」
知里有紀「ども」
鉢呂稔(・・・こ、これは! 名前をスマートに聞き出すチャンス なのではー!?)
中学生くらいに見える彼は、
言われてみれば確かに学生くんに
よく似ている。
鉢呂稔(美形の家系ってことか。 うらやましい)
知里有紀「ったく、しっかりしろよな。 このプリントないと、 書類、渡してもらえないんだろ」
知里誠一「あ、うん。 ありがと」
鉢呂稔「あ、アノー・・・」
知里有紀「? なんすか」
鉢呂稔「えーと、弟サン。 弟サンのお名前、は?」
知里有紀「は? なに、おっさん」
鉢呂稔「おっさ!?」
知里誠一「こら、有紀! 口が悪い」
鉢呂稔「あ、イインダヨ。 全然、イインダヨー。 で、えっと?」
知里有紀「有紀っす」
鉢呂稔(うおおおおお、名字! せめて名字、教えて!)
鉢呂稔「ゆ、ゆうきくんね」
知里有紀「あ、そっか。 あんたが最近兄貴と仲良いって、 駅員さん?」
鉢呂稔「あ、うん。たぶんね。 オトモダチ、させてもらってます」
ふうん、と言いながら、
俺を値踏みするように見つめる弟くん。
鉢呂稔(な、なに? 俺、そんな挙動不審だった!?)
知里有紀「あ、おっさん、 もしかして──」
鉢呂稔「へ?」
知里有紀「や、なんでも」
鉢呂稔「あ、ああ、そう?」
ふっと弟くんが視線を外す。
いかん。
このままでは、名前を聞けず終いになる。
鉢呂稔「え、ええっと! そのっ、君らって2人兄弟なの?」
知里誠一「え?」
鉢呂稔(うっ、訝しげな視線が痛い!)
知里有紀「ちいに・・・兄貴と2人っすけど」
鉢呂稔(ちい! ちい兄って言おうとした!? よし、名前は「ち」から始まるんだな!?)
知里有紀「・・・なんで笑ってんすか」
鉢呂稔「エ、べつに」
知里有紀「こわっ。 つか、暑すぎるし、俺帰るわ」
知里誠一「あ、うん。 ありがとね、有紀」
知里有紀「ん」
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